三十一夜「屑の足」
天谷の顔には、鮮血がかかる。
その生温かに、天谷は腹の奥からなにか湧き上がるものを感じた。
「……えっ……」
鼓動が、いつもより早く感じる。
胸の奥で激しく脈打つ音が、脳まで響き渡った。
視界が激しく揺らぐ。
自分の体が動いていないはずなのに、平衡感覚が崩れていく。
「不動……っさん……」
ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
目の前の現実はそれほどまでに理解しがたい現実だった。
言葉が詰まる。
たどたどしくなった。
「あはははっ♡」
ラブは、不動が致命傷を喰らったことを理解する。
気分がよさそうに声を弾ませた。
「嘘だ……」
「………ぃ」
久遠と氷月も同様だ。
空間には動揺が走っていた。
「……だいじょうぶ……かよぉ……あまやぁ」
痛みに顔を歪めながら、不動は引きつった笑みを浮かべる。
それは、天谷に対する気遣いだった。
この場で、最も倒れてはいけない存在。
その存在が致命傷を負ったという事実。
その恐怖は、確かにこのチームに暗い影を与えていた。
「やった!やった!ラブの愛情効いちゃったぁ!!!」
不動の胴体には、太い棘が深々と突き刺さっていた。
頭部や、心臓といった急所はかろうじて守ることができた。
だがそれ以外はいくつもの穴が開いていた。
膝をつき、不動は倒れる。
「……あ」
口から血が零れ落ちる。
どう見たって致命傷だ。
地面の上で、不動はうごめく。
壁を上るように、やっとの思いで地面に力を入れていた。
「やっぱりなまったなぁ……俺は……」
「ひっ」
日比野が口を抑える。
氷月はただ茫然として、絶望の顔を浮かべていた。
言葉がでなかった。
だがやるべきことは理解していた。
「不動さんっ!!天谷!!!」
久遠は遅れながらも動く。
彼らを助ける。
少しでも力になる。
今の自分ならできるはずだ。
「くんな!!!久遠!!!」
「っ!!!!」
傷だらけの体で、どうやってその声と威圧感を出しているのだろう。
死に瀕しながら、不動は限界まで仲間のことを考えた。
「天谷……走れや……それくらいできんだろ。久遠と合流しろ」
不動が倒れ、天谷も動けずにいる。
この場で、天谷をもう一度守れるのは自分だけ。
どうせ不動が倒れたら、半壊に近しい状態だということは理解している。
この状況で、自分は何を選ぶべきだ。
久遠は思考に襲われる。
「……俺はぁ……」
天谷は茫然と、不動のことを見つめる。
不動は気を失っていなかった。
血まみれの体を押さえつけ、立ち上がろうと必死にもがいている。
だが、その中でひとつ通常とは明らかに異なるものがあった。
ラブはそれに気づいたように目を細め、楽しげに微笑んだ。
「なぁんだぁ……やっぱり君も……もう人間やめてるじゃない」
ちぎれたはずの肉が、繋がっている音。
ぶちゅ……ぶちゅっ……。
きいたこともないその音に激しい嫌悪感が胸を突く。
これが人間から漏れ出る音なのか。
「こんなとこに何年もいたら……段々人から離れていることを……自覚する」
「うんうん♡」
血は確かに大量に出ていた。
それなのに、不動は動いている。
穿孔の開いたはずの胴体は、歪な形で修復を始めていた。
「うごけるか……天谷」
「いや……俺は……」
逃げる気はない。
そう言いたかったが、言葉がでなかった。
そんな天谷の顔をみて、不動は優しい笑みを浮かべた。
それは父性に近しいものだろうか。
あるいは過去の自身を見つめているような顔だった。
不動はゆっくりと立ち上がり、ぽんと天谷の頭に手をおいた。
「……逃げろよ。……俺が……守るからよ」
不動は、傷だらけの体で再びラブの前に立ちふさがった。
だが、そんなことはラブにとってはどうでもよいことだった。
「あらぁ……尊いねぇ……でも壊しちゃう!ラブの趣味じゃないから♡」
自己愛の怪物は、自己犠牲の精神など意に介さない。
ただ雑魚同士のなれ合いを。
目の前で踏み潰したいだけのように見えた。
実際そうなのだろう。
そして、不動の威圧感が一層隆起する。
「やってみろよ、糞女」
不動の全身が黒い入れ墨のように染まる。
能力をより強力に、強度を高める。
先ほどの攻撃で、既に準備はできている。
「力の保持は終わって……っ!」
だがダメだった。
塞がりかけていた傷が、能力の使用に耐えきれなかった。
決壊する。
既に能力の耐久上限は超えていた。
「うえぇ……」
再び倒れこむ。
ラブは、それをじっと見下す。
「ほんとにダメそ?」
らぶきゅんは、高く腕を上げた。
「じゃ……止めさすね?」
「……ふざけんなぁ!!!!!!」
「……天谷?」
不動が止めを刺されようとしたその瞬間。
天谷の口から、思わず声が漏れた。
当然、ラブも動きを止める。
「なぁに?ピヨピヨ可愛いヒヨコちゃん?」
「……」
ラブは、天谷のことを煽り立てる。
脅威として見られていない。
眼中にすら入っていない。
ラブにとっての天谷はそんな存在だった。
「やっぱり俺は屑だ……!!」
「……うん?」
いつだって勝気なくせに、いざってときには縮こまってしまう。
この足は、固まって動かない。
前に進むことすらできない。
俺は、屑のままだ。
久遠を助けられなかったあのとき。
逃げて泣いて、氷月に縋った。
能力を得た今、何が変わったというのだろう。
「あんときとなんも変わってねぇ!!!」
だが、能力はこれでいい。
籠手を纏った拳で、自らの震える太腿を強く殴りつけた。
鎧はさらに広がっていく。
天谷の足を、金属が包んだ。
「【屑の足】!!!!」
天谷がラブの元へ走り跳躍した。
そして、親友を信じて叫んだ。
「合わせろ!!!レイ!!!」
「……!!ああ!!!」
二人にもう迷いはなかった。
お互いを信じ、前に進むことを選んだ。
「いまさらなに!!?」
天谷は本能で、この能力の本質を理解していた。
そして、右足に全身の力を込める。
「能力開放」
ラブの腕を、思い切り蹴りつけた。
しかし、ラブには何の反応もない。
「だから……きかなっ……」
変化が訪れたのは、数秒後だった。
ラブの腕が、だらりと垂れ下がる。
水分を失ったように萎み、縮んでいく。
「なにこれっ……!?」
自身の変化に、ラブは初めて怯えをみせる。
それは、劣化。
肉体そのものが腐食していく感覚だった。
「お前の足引っ張ってやるよ。ラブ」
「なにそれ!?どういうこと?」
後ろから、黒い結晶のようなもので腕を切り裂かれた。
それは、背後から腕を伸ばした久遠の攻撃だった。
「俺だけに集中してっと……こうなるってこと!!」
天谷は、ラブのことを煽りたてる。
既に怯えは消えていた。
天谷の頭にはどう勝つかしか残っていない。
「……っぅ!!!!」
ラブは理解する。
そもそもの身体の耐久性が一気に劣化していることに。
今度は久遠の方に意識が向く。
「れいきゅん……!酷いじゃない!!!」
久遠は、地面に腕を突き刺して地面から結晶化した身体の一部を伸ばしていた。
久遠の肉体は、住民化がかなり進行している。
初めて住民と化したときと近しい動き。
それをそのまま行使することができた。
「ラブの愛情君にもあげちゃう!」
複数の黒い棘が、久遠を襲う。
久遠は即座に腕を硬質化に切り替える。
不動ですら耐えきることができなかった攻撃。
どう対処すればいい。
久遠がそう考えたとき、後方から声がする。
「久遠くん!!!【共有】する!!!!私を信じて!」
「!!!!」
それは、日比野の声。
だから信用した。
「ああ!!!!」
視界が【共有】された。
それは、未来の光景を先読みしているかのように思えた。
圧倒的な情報量の奔流。
自身に向かってくる棘の動きを即座に理解した。
「【黒腕】!!!」
久遠は即座に腕を硬質化へと切り替え、自身を狙う棘だけを力任せに打ち砕いた。




