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ヒグレのクニ  作者: L
二章 らぶきゅんのときめきワールド
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三十話「溢れ」


それは遠い過去。

心の中から離れない記憶。

でもそれは曇っていた。


「……は、アイドルになるのか」


うん、そうだよ!

みんなを、明るくするアイドルになるの!

お父さんも呼ぶね!!!


「それは楽しみだなぁ……」


お父さんの笑顔が、いつも好きだった。

本を読むのが好きなお父さん。

でも、私がテレビをつけるといつもそばにいて。

話をきいてくれた。

私はそんなお父さんの笑顔が好きだった。


「……聞いて。お父さんはぁ……あんたと私を置いて……どっか行っちゃ……た……」


お父さん?

どこ?

わたしのことおいていったの?

お父さん帰ってくるよね。

もう帰ってこないのかな。


「おかあさんだってねぇ!!!外にでたいの!!」


おかあさん。

待って。

おいていかないで。

おなかすいた……。

鍵をしめないで。

誰といるの?

わたしは?

私のことはどう思っているの?


「……ちゃん、今日はここでお泊りしようね」


ママは……?

どこにいるの?

ママ。

寂しいよ。

会いたいな……。

わたしには『かち』がないの?


「……っさん!!!僕とつきあってください!!!」


あ、私には価値があるんだ。

私より頭がいいはずの彼がこんなに顔を真っ赤にして告白するんだ。

私の方がうえなんだ。


「え?きみかわいくない?」

「えー?本当?」


やっぱり私には価値があるんだ。

大事にされるだけのものがあるんだ。

けど飽きられるのは、嫌。

すてられるのも、嫌。


「お茶したいんだけど……」


まだ足りない。

まだ欲しい。

私がなりたいものになるためには、まだ足りないんだ。

この空っぽを埋めないと、私には【価値】がない。


「あんたうざいんだよ!!!!もっとみんなに合わせろ!!!ひとりばっか頑張ってるアピール!!?」


私は間違ってない。

アイドルになるなら、必要な過程なんだ。

でも、何を信じればいいのかわからない。


「君の眼には、暗さがある。それを無くさなければアイドルになんてなれないよ」


馬鹿いうなよ。

なに、わかりきったふりして。

馬鹿みたい。

私にはなれる。

私には価値があるんだから。

でも、本当に私がまっくらだったら。


「ここにいけば、次のオーディション受かるかもよ。俺は場所をいっただけだからね。君の解釈だから」


ねぇ?

本当にここにいけば、受かるんだよね。

大丈夫。

大丈夫。

あの人が紹介してくれたんだ、きっと。

今やっていることは無駄じゃないんだ。


「服、そこにおいて」


あってるんだよね。

私がいましていることって絶対に報われるんだよね。


「だいじょーぶだいじょうぶー」


ねぇ、貴方たちがみてる私って本当に私なの?

それとも【価値】のない空っぽの……。

脂ぎった汗が顔におちた。

鼻から匂いが離れない。


「えへっ……」


鍋のそこにこびりついた汚れみたいに。

落ちないんだ。

擦っても擦ってもそれは落ちなかった。

どれだけ爪で抉っても、血を流しても、とれない。

ずっと私の中に張り付いている。


「私をみろよ!!!!私のことを!!!!」

「ラブちゃん……」


涙をながして、彼女は叫んだ。

それは魂の叫びだった。

隠し続けていた心のうちを吐露した。

日比野は涙を流す。

彼女の叫びにどこか心が痛みを感じていた。


「私をっ!!!!」


器はもう限界だった。

コップの中に、もう泥は入りきらない。

ヒビは音もなく広がり、崩壊を待つばかり。

でもいま、割れた。


「かわいい【ラブ】のことを!!!」


泥が肥大していく。

それはラブにまとわりつき、形をなしていく。

怪物へと変化した。

それは顔のない怪物。

真っ白な相貌が、恐怖を更に煽りたてる。

紅いドレスを着て、長い鎌を携えていた。

高いハイヒールで、ステージを踏み砕く。

その白い顔には、目も鼻も口もない。

ただ、底知れぬ虚無だけが、そこにあった


「もういらない。わたしなんて……」


自己愛の怪物。

無貌へと果てた、哀れな偶像。

鎌をふるい、暴風を巻き起こした。


「私を否定するもの全て!価値なんてないの!!!」



旋風が吹き荒れ、観客たちの顔が無造作に切り裂かれる。

血が飛び散り、壁に赤黒い筋を描く。

旋風により、久遠の顔が切れる。

拭った腕には、血がついていた。

周囲の客席、壁には細かい傷がついていた。


「直接食らうわけにはいかない……っ」


ただのかすり傷でも、鋭い痛みを持っている。

直接攻撃を貰うことがあれば、身体は真っ二つに割かれるだろう。

でも死ぬわけにはいかない。

彼女を乗り越えることに、不思議な使命感が湧いていた。


「【イツツの花】!!!」


氷月は氷の結晶を展開し、かろうじて壁を作った。

背後で日比野を庇う。

だが自分の体にも無数の傷が刻まれ、血が滴る。

もう、限界は近い。


「防ぎきれないっ」

 

ラブは甲高い声で、嗤う。


「あはははっ!!!!」


狂い果て、人としての姿を捨てた彼女は怪物そのものだった。

鎌を振り回し、投擲する。


「うぉ!」


天谷が身をよじらせ、それを回避した。

ステージも、客席も、すべてが無意味に切り刻まれ、血と肉片が飛び散る。

さっきまで最も危険だったのが、日比野だった。

ラブの弓を用いる狙撃。

遠距離攻撃に狙われる立場だった。


「っ……!!!」


だが今は違う。

接近した二人。

不動と天谷が、最も危険な場所に立っている。

不動と天谷が、怪物に最も近い。

死の領域に踏み込んでいた。


「天谷ぁ!前にでるな!!さがれっ!」

「……っ!!わかってるっす!」


だが下がれない。

鎌を振り回し接近する敵。

それに対してどう対処するべきか。

天谷には、それがない。


「まずは不愛想な貴方!!!」

「能力開放」


不動が再び両腕に、能力を纏う。

力の保持。

不動の肉体が隆起する。

ラブが、鎌を振り下ろす。


「おせぇな!!」


不動の拳と、ラブの鎌が衝突する。

鎌を一撃で粉砕した。

力の保持、その力の強化。

それは、破壊力一点の能力。

武器の破壊は容易だった。

鎌が歪な形にねじ曲がっていく。


「一度寝とけ!!!」


不動の拳が、ラブの腕に命中する。

連撃がラブの胴体や腕に突き刺さる。


「あはっ……こんなのきかない♡」

「【残響】」


拳を中心に渦巻くように肉が捻じれた。

骨が唸るように音を鳴らして変形していく。

折れた腕をラブは、そのまま不動にたたきつける。


「【不動】」


受けた力をそのまま保持する。

衝撃を体内に貯めこんだ。


「っうう!!!」


それでも衝撃は全身に来る。

ラブの鳩尾に再び蹴りを決めていく。


「っ……かてぇ!」

「ぜんぶぜんぶぅう!!!あたしのものぉ!!!!」


怪物化したラブの体は、異常な耐久力を発揮していた。

不動の攻撃など、ほとんど意味を成さない。

むしろ、痛みすら快楽に変換しているように見えた。


「あはっあぁ……♡」


住民たちが、液状に溶けていく。

元々不定形だった泥の塊が、客席から流れ落ちていく。

そして地面をつたい、ラブの元へとたどり着く。


「!!!」


そしてそれは、ラブの身体に収束していった。

ラブの体に大量の泥が纏われていく。

姿はより巨大に、醜く変えていく。


「きゃははははっ、壊れちゃえ!!!!」


ラブは、身体から十個の球体を放出する。

それらが一斉に膨らみ、鋭い棘を雨のように降らせる。

日比野の眼が、円状に発光する。


「久遠君!!!二人がやばいっ!!!!」

「天谷!!!!」


久遠は間に合わない。

天谷はその場に凍りつき、目を固く閉じた。


「……」

衝撃は、来ない。

代わりに、熱い血が、顔に滴り落ちてくる。

恐る恐る目を開ける。


「えっ……」


血まみれの不動が、静かに立っていた。

その背中は、無数の棘に貫かれ、赤黒く染まっていた。

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