二十九夜「変貌②」
「【黒腕】」
右腕を一気に硬質化させる。
黒い腕は、血管を脈動させる。
ミスをしたら、二人が死ぬ。
血まみれになって倒れる二人を想像してしまった。
身震いする。
緊張で倒れそうだ。
でも。
「僕ならできる」
『そう、君ならできる』
背後からいつも聞こえる【彼女】の声がする。
支えてくれているような気がした。
右腕をバレーのスパイクのように叩きつけた。
腕になにか当たった感触がする。
ジンジンと激しい衝撃だ。
「えっ……」
ラブの顔に明らかな動揺が見えた。
どうなった。
地面を見た。
「あっ……」
まるでなにか怪物が暴れたかのようにその地面は削れていた。
ラブが金切り声をあげる。
「ふざけないで!!!人間にそんなことできるはずない!!!ましてや能力に目覚めたばかりの君が!!!!」
「さぁな……でもできたんだからしょうがねぇ」
「!!!?」
その声は、すぐ背後から聞こえた。
不動がいつのまにか至近距離にいた。
気配すら感じさせずに。
ラブは、即座に住民に指示する。
「盾になれ!!!」
高速で、住民が割り込む。
不動の振り下ろす腕。
ダブルスレッジハンマーのような一撃。
住民がそれを受け止めた。
そして、水風船のようにラブの目の前で弾けた。
「これは……っ。【重力】……っ?」
「半分あたりで半分外れだ」
不動の拳がラブの鳩尾に、深々と突き刺さる。
「俺のは、縦も使える」
「ぐあっ……!!!」
ラブは悶絶し、その場に膝をついて倒れ込んだ。
「力の保存。力の強化。それが俺の能力だ」
不動の顔と腕に、黒く渦巻いたようなあざが纏わりつく。
それは、能力の使用の証だった。
不動がラブの腹を指さす。
「腹効くだろ?内臓がどうなっているのか俺にはわからねぇけど……そこに力を保存してある。俺の打撃が10なら、5から7ぐらいの打撃が常にまとわりつく感覚だ。お前がクニの主じゃなきゃとっくに気絶している」
「うぇっ……うぷっ……」
「えげつな……」
天谷が、その説明を聞いて青白い顔をしていた。
やはり身体的な暴力に関しては天谷の方が理解しているようだ。
「くっ……うううっ!!思い知らせてやる!ラブが一番だってっ……」
不動が、首を鳴らしながら散歩でもするかのようにラブに接近する。
流石は一番の経験者だ。
敵を目の前にして、緊張の欠片もみせない。
「お前さ、喧嘩したことないだろ」
「えっ……?」
「能力もそうだが、自分で戦う気がないっていうのはわかる。人の後ろに立って揶揄うのが好きなタイプだ」
不動が、にやりと笑った。
「残念だったな。俺は殴るのが好きな屑だ。屑どうし仲良くしようぜ?」
「……っ!!!!」
天谷がずっと感じ取っていたのはこれか。
天谷が嫌悪するもの。
天谷の血の中にずっと流れていて離れない呪い。
【暴力の才能】。
不動はそれを使いこなしている。
「いま……これを使う気はなかったけど……っ」
「うぐっ……」
「レイ!!?」
久遠の体に違和感が巻き起こる。
「久遠くん!?」
「大丈夫?」
日比野と、氷月が心配して駆け寄る。
でも今の久遠に近づくのは危険だ。
「駄目だっ……離れて」
「負けるなんて許さないっ」
右腕の浸食がすすんでいく。
右腕から肩。
そして胴体。
泥が身体に纏わりついてくる。
「そしてダメ押しっ……ぐみんちゃん……」
ラブがさらに【扇動】の能力を全開にした。
久遠は自身の能力が急激に強くなったような錯覚に陥る。
住民化の速度が、さらに加速した。
「あっがっ……」
思考が蝕まれていく。
ココはダメだ。
いま暴れたら、ラブを逃してしまう。
衝動が溢れる。
壊したい。
暴れたい。
全てを取り込みたい。
そんな欲が。
このクニの住民であることに心が呑み込まれる。
「待て……嫌だっ……」
「そのちゃんのほうが先に手に入れたかったけど……この際順番なんてどうでもっ……君から【ぐみん】にしてあげちゃう……っ」
「その前にっ……お前をっ」
完全な住民化が追える前に、不動はラブに追撃する。
天谷もそれに合わせた。
「ぐみんちゃん!!!」
「くそっ!」
だが大量の住民が目の前にでる。
いくら潰してもきりがない。
「阻害ならいくらでもできるの!!!もう忘れた!!?」
「間に合わねぇ!!!」
天谷の顔が焦りに歪んだ。
このままでは、久遠が住民になる。
そうなったら、前と同じだ。
それに、ヒグレのクニに適応しきった今暴走したら前より凶暴な可能性がある。
ラブの【扇動】の能力を受けたいま、それがどう影響するかわからない。
「ふざけんな!ラブ!!俺とやれ!!!!」
「なんできみなんかにあわせなきゃいけないの!!!わたしのものなんだから!!!!」
そのとき、目の前に不思議な光景が現れた。
「あれっ……?」
「え?」
「誰だ?」
比喩ではない。
透き通るような肌をした女性が、久遠の目の前に立っていた。
そしてそれは久遠だけが知る女性だった。
幽霊のように透き通る姿で見える。
そしてそれは、不動たちも同様だった。
「君はっ……」
夢の中でいつも話す女性。
いつも後ろから声をかけて支えてくれる【彼女】だ。
「辛いの?レイ?」
「……うん」
「それは嫌だね」
住民化がぴたりと止まる。
胴体までは進んでいた黒い泥が、それ以上広がるのをやめた。
まるでダウンロードを中断するかのように。
「ねぇ。ラブちゃん。おいたはダメだよ?レイは……私のなんだから……」
「なんで……!?貴方がっ!?」
【彼女】が優しく微笑みながら手を振ると、住民全てが消し飛んだ。
「あぇ……あっ……?あれ?」
「うーん、これ以上は無理だ」
そう言い残し、【彼女】は静かに姿を消した。
ラブは一瞬呆然とした後、顔を真っ赤に歪めて絶叫した。
「貴方はいつもそう!!!大事なタイミングで邪魔をして!!!なにがしたいのかラブわかんなぁい!!!!!」
絶叫。
その空間が激しく揺れた。
「私がっ……私が……っ!!!一番なんだから!!!」
偶像を目指した少女が、吐いた言葉は。
最後に願った言葉は、祈りでもなく。
救済でもなく。
只の呪いだった。
「私をみろよ!!!!」
変化が起きる。
泥が集積する。
「……なんだ?」
その空間の温度が一気に下がったような感覚。
重力が増えたようだ。
その異様な雰囲気に呑まれて、その場にいる全員が動けなかった。
「溢れたんだ!!」
「!?」
不動はその状態について知っているようだった。
不動に問う。
「なんですかっ!あれ!!!」
「俺らはあれを【オーバーフロー】って呼んでる」
「オーバ……フロー?」
適応者は、原液と水のかき混ぜる。
でもその調整がうまくいかなかったら。
大量の原液を取り入れたとしたら。
「簡単だよ。文字通り溢れた。コップの縁から漏れだしたんだ。この世界の力が。もっと簡単に言ってやるよ。第二段階だ」
「!!!!」
そこには怪物がいた。
紅いドレスを着た。
無貌の怪物が。




