二十六話「らぶ①」
「るーちゃん……」
姿を消した少女のことを考える。
彼女は、この世に存在しないものだった。
厳密にいえば、ヒグレのクニが生み出した虚像そのもの。
「……」
空っぽになった手のひらをみる。
先ほどまで握っていたはずの小さな手はそこにはなかった。
あるのは、彼女に手渡されたチケットだけ。
ぎゅっと、それを握りしめる。
ポケットのなかにしまった。
「日比野。いつから気が付いていた」
「えっと……」
日比野の様子はおかしかった。
最初からじゃなくても、途中からは彼女はるーちゃんとその父親がこの世に存在しないものだと理解していたからだ。
「……うん、であって能力を使ってから。明らかに挙動がおかしかった。ルーちゃんがいるはずの場所になにもうつっていなかったんだから」
「……そうか」
当然彼女も困惑していたはず。
それなのに、自分に伝えなかったのは彼女自身整理する時間が欲しかったからだろう。
だが少し自分も、考えを整えたい。
「……日比野からするとあれは何だと思う?」
「わからない……この場所が私にとって異質すぎてなにもいえない」
「そうだな」
現実では、起こりえない出来事。
幽霊をみたとでもいうしかないのか。
しかしるーちゃんの存在によって、繋がりかけていた点と点がやっとつながった。
再び、日比野の眼をじっとみる。
「いや、日比野。本当は気付きかけているよな?」
「え?」
「るーちゃんのこと。いま、誰のことを思い浮かべている」
自分以外の確信がほしい。
そしてそれを得ることができるのは、一人しかいない。
「あっ……」
拘束されている間、ラブは日比野といたはずだ。
そしてるーちゃんと過ごした時間。
彼女も既に、確信には近づいているはずだ。
それを断言するのが怖いだけで。
あの目の前にいた少女が、どんな過程を経たのか。
それを想像するのが怖いのだ。
「やっぱりラブちゃんは……」
日比野が答えをだそうとする。
だが、それは遮られた。
「レイ!!!!」
後ろから声が聞こえた。
それは、聞き馴染みのある声だった。
「天谷!!」
親友がボロボロの姿で、こちらに近づいていた。
天谷は久遠の姿を見て、感動していた。
久遠は確かに泥の怪物に拘束されて連行された。
それなのに、ここにいる。
天谷のなかに、様々な思いが錯綜する。
しかしそんなものはどうでもいい。
親友が目の前にいる。
それだけで天谷にとっては充分な出来事だった。
「おまえ!!すげぇな!!あの状況からにげたのかよ!!!」
思いっきり天谷は、久遠の背中をたたいた。
衝撃が、背骨に走る。
「ぐぇ!!!」
内臓そのものが口から飛び出るかとおもった。
疲労がたまり切った体にそれはやめてほしい。
「あの……天谷くん?」
恐る恐る日比野が、天谷に声をかける。
日比野は、天谷のことをあまりよく知らないので怖さの方が勝っているのだろう。
「あえぇ!?日比野さんだよなっ!!?」
「ううん!!!違うよぉ!!!」
「何で否定するんだよ」
「ソノダヨー」
天谷が今まで聞いたことのないくらいの声をだす。
久遠のことしか目に入っておらず、尚且つ日比野がここにいるということが驚きだったようだ。
日比野も混乱して、否定にはいっている。
「なんでここにっ……!」
「ちょっと……天谷くん。早すぎよ。こっちはけが人二人なのよ……」
「あ!わりぃわりぃ」
氷月の姿もみえる。
隣には、不動もいた。
「凛ちゃん?」
日比野は、氷月の姿をみて再び驚いていた。
氷月がこんな異世界にいるという事実が、衝撃なのだ。
「うん。無事でよかった。日比野さん」
氷月も、日比野の顔をみて安堵していた。
同じクラスの友人が行方不明。
氷月は日比野の両親から依頼を受けたとき、その事実に一種の使命感というものを燃やしていた。
そして胸に誓っていた。
決して同じ過ちは繰り返さないと。
ヒグレのクニによる被害。
それを減らすと。
「怪我はない?」
だが、それは可能だった。
久遠がそれを達成した。
「怪我はないけど……お風呂に入りたいな」
日比野のその言葉をきいて、胸のつかえがとれたような気がした。
「そうよね。……大丈夫、私たちが無事に返すから」
「無事でなによりだ。久遠。その子が、例の?」
不動も言葉を発する。
気を遣って、会話に入らないようにしてくれたようだ。
「あ、そうです」
「まさか単独で任務を完了しちまうとはな」
不動は、驚きつつもにやけていた。
久遠たちを認める気持ちの方が大きくなっているのだろう。
「そして、よく無事に生きて戻ってきた」
不動は久遠の胸にポンと拳をあてる。
「あ」
「……頼りない先輩ですまねぇな」
不動は久遠に頭を下げた。
久遠はそれをみて、複雑な気持ちになった。
「なんで、不動さんが頭をっ」
「いやこれが筋だ。責任者である俺は、お前を守ることができなかった」
「いや……違う。これは僕が選んだことで」
「聞いてくれ」
不動は、決して久遠の選んだ選択を拒否したいわけではなかった。
むしろ尊重しているからこそ言葉をつづけた。
「そうだ。それはお前が自ら選んで、その結果捕まった。だがお前は日比野そのの救出も成功した。それが本来俺が成すべきことなのにだ」
「……」
不動の言葉には筋が通っていた。
確かに、不動の言葉は間違っていない。
「久遠。俺はお前を尊敬する。お前は、俺の成せないことを為した。もう俺はお前の歩みを否定することはできない」
それは、最初に言っていた言葉。
不動は最初、久遠たちがヒグレのクニに入ることを拒んでいた。
それは、久遠たちが守られるべき子供で。
そしてヒグレのクニに入るべき存在ではないと思われていたからだ。
だが今は違う。
「お前は、凄いよ」
彼は、一人の人間として久遠を認めていた。
だがここまで丁寧に謝られるのは少し違う気がする。
「いや、僕が選んだことです。あとはみんなで無事に帰りましょう」
「そうだな。あとは帰ろうか」
唐突に横にあるテレビがついた。
「楽しそうだね」
「ラブっ……」
その画面には、らぶきゅんが映っていた。
「あーあー。つまらないなぁ。れいきゅんには逃げられて。お気に入りのそのちゃんにも……逃げられて。コグマ―は泣いてかえってくるしー」
らぶの隣には、くまのぬいぐるみだけが置かれていた。
そういえば、不動たちはコグマ―の撃退には成功しただろうか。
いやここにいるということは、なんとか追い払うことはできたということだろう。
「気にくわないよね♡」
ラブの笑顔。
その顔には、怒りが込められていた。
「いいよ、決着をつけようよ」
「……っ!」
ついにその時がきた。
ラブとの直接対決。
いつか来るとは思っていたが、こんなに早いタイミングでくるとは。
周囲を警戒する。
コグマ―はいるのか。
もしも横やりが入るとしても、二人を相手取る余裕はない。
それは最初の戦いで思いしっている。
「コグマ―がでたら、俺か氷月が相手をする。天谷。久遠。ここが踏ん張り時だ。もう少し頑張れ」
「はいっ」
「うす」
不動には、一種の慣れのようなものがあった。
少なくとも遥かに自分たちより状況がみえている。
「コグマ―にも邪魔はさせない。ここは私のクニ。私だけの場所。邪魔なんてさせないんだから」
周囲の光景が一変していく。
ビルは歪み、変形していく。
「これが【クニの主】の力」
世界そのものが、その主の力。
空間そのものをらぶきゅんは操っていた。
地面が崩壊していく。
浮いているような感覚で、下に落ちていく。
ただ確信があった。
この先に、らぶきゅんはいる。
いま、ここで決着をつけるのだ。




