152 おしまい
「何だか…呆気なかったね」
「まあ…所詮お役所仕事だからね」
卒業式は昨日に終わり、今日は朝から二人でわくわくしながら籍を入れに来たんだけど、無愛想なおじさんが無愛想なまま手続きをしてくれた。
そりゃあ、向こうにしてみれば毎日何件もあるただの仕事なんだろうけど、何だかなぁ。
「さて、時間空いたし、どっか寄る?」
「んー…アイス食べたい。買って帰ろ」
「了解」
お兄ちゃんと手を繋いだままコンビニに寄って、それから家につくと一旦別れる。
あの事故以来、それぞれの玄関に一足ずつ予備を置いてはいるけど、あっちこっちにやると面倒なので基本スタイルはずっと同じだ。
結婚式しようが籍いれようが、私はまだ学生だし、隣同士で不便もないから新居だなんだという話はまだない。
無駄にお金かからないし、私もいきなり家事全部を学業と両立させるのは難しいと思うから、これでいい。
……新婚だし、とか、思わないでもないけどさ。二人で暮らすとか憧れるけどさ。でも稼ぎもせずにお兄ちゃんの懐に頼るのはできない。
あー、早く大人になりたーい。
ま、焦っても仕方ないけど。
自分の部屋に戻り窓から合流する。
「お待たー」
「お帰り」
「…ただいま」
…私ん家じゃないけど、なんか照れる。
「お兄ちゃん今日は一日空いてるんだよね?」
「もちろん。今日は結婚初日だからね」
「えへへ。実感ないけどね」
全く実感も自覚もないけど、夫婦になったんだよね。…えへへ。なんかにやける。
「ねぇお兄ちゃん、ゲーム何する?」
「ゲームもいいけど、今日はちょっと提案があるんだけど。いい?」
「なに?」
ゲーム機を出そうとテレビに近寄ったけど、お兄ちゃんが真面目な顔をしたのでベッドに座るお兄ちゃんの隣に行く。
お兄ちゃんはぽんと自分の膝を叩いたから、開いてる足の間に座る。お兄ちゃんの胸にもたれる。
「僕ら、一緒に住もうか」
「……え? 住むって…」
「どこかマンション借りてさ」
「何で?」
二人とも実家で問題ない。通学通勤は当然として、急いで家を出なきゃいけない理由はない。
「…な、何でって言うか…僕長男で、この家を継ぐよね」
「うん」
私を抱きしめながら視線を泳がせるお兄ちゃんを見上げつつ返事をする。
おばさんにも言われてるし、この家にお嫁さんに入るのは決まってる。今すぐでもって言われたのは、まだ学生のうちはと断ったけど。
「…二人っきりで、新婚の期間とか、欲しくない?」
「そりゃ、欲しいけど。でも私、学生でお金出せないし、いきなり家事を完璧にやる自信もないし…」
「ちょっと古めで駅から距離あれば安いのいくらでもあるし、家事なら手伝う」
「……」
「楽しいと思うなぁ。個室はなくてさ、同じ部屋で布団ひいて寝て、朝は布団片付けてご飯食べるの。6畳1間で身を寄せ合って過ごすんだ」
一人暮らし用のワンルームに二人で住むってことか。それならまあ、探せば安いのもいくらかあるだろうけど。
「実家なら広いのに…なにその貧乏ごっこ」
「駄目?」
「……」
お兄ちゃんが眉をハの字にした情けない笑顔で聞いてくるから、言葉につまる。もうすぐ30のくせに、そういう子犬系視線攻撃が現役だから困る。
でも…普通にちょっと楽しそうとか思ってしまった。だけどそんなにうまくいくかな。一緒一緒って、聞くだけなら素敵だけど、今でも十分一緒だ。近すぎて喧嘩になることだってあるかも知れない。
お母さんがいないと夕ご飯を毎日だから部活もできないし……いや、それは夕ご飯の時間を遅くずらせば大丈夫か。
洗濯…は、まあ寝る前に洗っておけば干すだけだ。掃除も、ワンルームなら逆に楽か。お風呂掃除が面倒だなぁ…うーん。お風呂わかす前は夕ご飯の用意があるし洗濯物もとりこまなきゃだし、いっそお風呂をあがる時にしてしまえば……………私、めちゃくちゃ前向きに検討してる。めっちゃ乗り気じゃん。
「……前向きに検討します」
「本当? よかった。この辺どうかなぁ? 駅からはちょっと距離あるけど、高校まで自転車で通えるし、駅まで送るよ」
お兄ちゃんは言いながら、腕を伸ばしてベッドの足の方にある鞄をとり、いくつか書類を渡して見せる。
建物の簡易地図、外観と間取りや説明が書いてある。
ここかぁ。スーパーは近いし買い物には便利だよね。でも自転車で送るとか、高校生か。お兄ちゃんは高校生と接してるからか感覚が若い。私より若いかも知れない。二人乗りとかちょっと恥ずかしいとか思ってしまった。
「って、何ですでに住居のあてまでつけてんの!?」
「僕に抜かりはないよ。すでに君のご両親にも許可はとってあるからね」
「何で私が最後!?」
「君のお母さんに相談したらサプライズにしようって。この物件もお母さんだよ。うちの両親も問題ないし…明日にでも引っ越そうか」
「早っ! いやいやいや! さっき検討するって言ったばっかじゃん!」
「…駄目?」
「駄目っ!」
何でもかんでも押し通せると思うなよ!! 可愛いけども!
「……ねぇ、悠里ちゃん」
「な、なによ」
急に真顔になっちゃって。
お兄ちゃんは書類を脇に置くと、私の肩に手を置いた。
「悠里ちゃんは、僕のことを聖人君子か何かだと勘違いしてない?」
「は? ……言ってる意味がわからないんだけど」
どうすればそんな勘違いするのよ。そりゃ、私のためにガチで死のうとした愛情には感服したし感動するけど、聖人君子は全く別だよね。
「悠里ちゃん、高校卒業したよね?」
「だから籍いれに行ったんじゃない。お兄ちゃん、何言ってるの?」
「だから…」
お兄ちゃんはぎゅっと私を抱きしめると、そのまま後ろに倒れた。お兄ちゃんの上に乗ってしまう形になったけど、重くないのかな?
「お兄ちゃ、ん?」
聞こうとしたらそれより先にお兄ちゃんが軽く私を抱きしめたまま回転したからベッドに転がった。ベッドだし痛くないけど、びっくりした。
「な−んっ、ん…なに?」
文句を言おうとしたら覆いかぶさるようにキスされた。
「悠里ちゃん、僕は君と二人っきりになりたいんだ」
「え? 何? 二人っきりじゃん…ねぇ、さっきから何恐い顔してるの?」
お兄ちゃんの頬を引っ張ったけどお兄ちゃんは真顔を崩さない。
やば、ちょっと面白い。
「ふふ」
「…遊ばないの」
手を握って下ろされた。
むーん。何でお兄ちゃんちょっと不機嫌? さっきまでご機嫌だったくせに。新婚初日なのに感じ悪いなぁ。
「悠里ちゃん、僕らは夫婦なんだよ? わかってる?」
そりゃあもちろんわかってるけど……ん?
場所、お兄ちゃんの部屋のベッド。
状況、お兄ちゃんに押し倒されてる。かつ夫婦であると強調。
「………え? あれ…もしかして、そういうこと?」
もしかしてお兄ちゃん、私とえっちなことしたいってこと? それで実家出たいの?
「……多分、悠里ちゃんが思ってる通りだよ」
「お…お兄ちゃん……えっと、あの……」
ど、どどどどうしよう!? あんまりに当たり前に手を出されないから最近は完全に忘れてた!!
「ど…どうぞ?」
いや待てよ? 今日下着大丈夫だっけ? 勝負下着って言えるかわからないけど一応可愛いのを買ってあるんだけど……どうだっけ。
「え…い、今いいの?」
「あ、や、ちょっと待って。えーっと、ほら、今日休みだしおばさんとおじさんが…」
「今日はいないよ」
「あ…あう」
「…無理強いはしないよ。でも、ずっと我慢してたんだ。だから、二人で暮らしたいな」
えーっと、つまり…我慢してたぶんいっぱいやりたいけど、実家だと家族の目があるから二人きりで暮らしたいってこと?
……う、いや、まあ…い、嫌じゃないけど……なんか恥ずかしい、ってか、照れる。どう言おう。
でも…今日、初夜、や、夜じゃないけど……そういうことだし。嫌じゃ…ない。いきなりだけど。まだ午前中だけど……まあ、いい、かな。
「ふ、二人で暮らすの…いいよ」
「本当に?」
「うん…というか、その……私、別に、嫌じゃないし。お兄ちゃんのこと好きだし……今、いいよ。あの…カーテン」
言い終わる前にシャッとカーテンが閉められた。
早い。起き上がる私を尻目にお兄ちゃんはついでに窓も閉めて鍵もしてドアにも鍵をして、また私のとこに戻ってきた。
「本当にいいの? 言っておくけど、いくらなんでもここまで待たされて途中でなしは無理だよ?」
お兄ちゃんは真剣な顔で私に決断を迫った。緊張しないとか不安じゃないと言えば嘘だけど、それより何だかドキドキして、嬉しい。
やっぱりシャワーとか、夜にしようかとかもちょっと考えたけど、お兄ちゃんがキラキラした普段見ない目で私を見つめるから、他の全てがどうでもよくなった。
「や…優しくしてね」
お兄ちゃんは少しだけ微笑むと私にキスをして、押し倒した。
○
「ん…」
目を開けるとお兄ちゃんが私を抱きしめてた。
「起きた? 無理させてごめんね」
「…痛い」
「ごめん」
「いいよ、お兄ちゃんだもん」
この痛み自体は前回に経験あるけど…いくら優しくゆっくりでも、お兄ちゃん何回もするんだもん。だる痛い。
でも、疲れもだるさも痛みも、お兄ちゃんが愛してくれたからだと思うと嬉しい。
ていうか、あー、なんかすごいことしてしまった気がする。声とか出してたし。今更恥ずかしい。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「私、変じゃなかった?」
「まさか。素敵だったよ」
頬にキスされた。
それだけでさっきまでのこと思い出してしまった。
「…ばか」
「悠里ちゃんは可愛いね」
うー。私、可愛くない。つい憎まれ口きいちゃう。お兄ちゃんが甘やかすせいだ。ばか。
「…お兄ちゃん」
「なに?」
「…ふつつか者だけど、よろしくね」
顔を見るのは恥ずかしいからぎゅうっと抱き着きながら言うと、お兄ちゃんは私の頭を撫でる。
「こちらこそ。よろしく。引っ越しは明日しようか」
「駄目。明日下見してから」
「僕がしてるよ?」
「駄目。お兄ちゃんだけの家じゃないんだから」
「…そうだね。ごめんね、勝手に決めて」
「いいよ。幸せにしてくれるなら許してあげる」
「努力します」
こうして私は、ちょっと大人になった。
お兄ちゃんと一緒に、これからもっともっと大人になって、年をとっていくんだろうな。と、何となく思った。
それってとても素敵なことだ。
「お兄ちゃん、死ぬまでずっと、一緒だからね」
「死んだって放さないよ」
一度は死んだ私だけど、二度目の人生が終わるまで、精一杯生きていく。
お兄ちゃんと一緒に、幸せに、生きていこう。
お兄ちゃん、大好きだよ。
○
最後まで読んでくれてありがとうございました。
終わり方は少し悩みましたがこれで終わりにさせてもらいます。
長々とお付き合いくださりありがとうございました。