6話 初めての調合
お昼寝からエリシアが目覚めた時、いつもならいるはずのリヴィアが側にいなかった。
脚の高いベッドからよいしょと降りたエリシアは、寝衣のまま裸足でペタペタとリヴィアを探し始めた。
まだ少し寝ぼけてもいて、足取りはおぼつかない。
部屋の扉をそっと開けると、廊下でグレイとリヴィアが目に入ってエリシアは安堵した。
「リヴィア〜、グレイも何してるの?」
リヴィアの腰に抱きつきながら問い掛けたエリシアに、すぐさましゃがんで説明をするリヴィア。
「すみませんお嬢様、お側を離れてしまって」
「大丈夫よ、どうかしたの? 二人ともお顔怖いよ?」
リヴィアはグレイと目配せをし、同意を得たものの、少し迷って口を開いた。
「……実はマリアンさんが熱で倒れてしまって、砦にお薬を頂きに行こうかと相談しておりました」
「何で? いつもの所にお薬ないの?」
「そうなんです、本当ならば今日旦那様が調合する予定だったのですが、要請が入って出ていかれまして」
グレイが申し訳なさそうに説明した。
「……エルが作る」
「お嬢様? 今何と?」
小さな呟きを聞き損ねた二人が首を傾げた。
「私がお熱の薬作る! お父様と作った事あるよ、ちゃんと褒められた!」
言うや否や、エリシアは調合室へと二人を置いて走って行ってしまった。
リヴィアは慌てて着替えと靴を取りに行き、グレイは即座に連絡鳥を飛ばしてベルクに連絡を入れた。
光の鳥――連絡鳥は成人後に習得する連絡魔法で、連絡手段として日常的に使われているのだ。
調合室では、着替えさせられたエリシアが必要な道具を準備して、薬草を木の板に並べていた。
「……あれと、これと……それからえっと……お水も」
ぶつぶつと、セリオンと作った時を思い返しながら一生懸命に必要な物を揃えていくエリシア。
そこで急いできてくれたベルクが合流した。
「お待たせしました。お手伝いしてもいいですか? 専門ではないですが、力にはなれますよ」
「先生……あのね、お薬は作れると思うの。でも、お父様が最後にくれた、もう一つのお薬がどうしても思い出せないの」
エリシアは下を向き、ぎゅっとエプロンを握った。思い出せない悔しさが涙になりそうで、唇を噛む。
「どれどれ……」
解熱薬は初歩の調合で、使う薬草も一種類だけだ。
すり鉢もガラス瓶も、秤まできちんと揃っている。薬を作るために必要なものは、すべてあるように見えた。
ベルクは以前交わしたセリオンとの会話から、手掛かりを探すことにした。
(そういえば、あのとき……セリオン士長は確か――)
棚に大切にしまわれていた目当てのものを見つけると、ベルクはそれをエリシアに差し出した。
「もう一つのお薬というのは、これではありませんか?」
その手のひらにころんと乗っていたのは、小さな花の形をした砂糖菓子だった。
『調合したあとに味見をするんだけど、苦かったら子供は嫌がるだろう? だから可愛い砂糖菓子を口直しに添えたら、それも薬だと勘違いしちゃってね』
セリオンは初めての薬の味に苦手意識を持たないように、甘さを出したのだ。
休憩中の世間話がこんな所で役に立つとは、とベルクは人との交流をもう少しだけ頑張ろうかな、とほんのちょっぴり思った。
「あ……これ! 甘いお薬!」
エリシアはパッと笑顔になった。
そしてベルクに見守られながら、初めて一人で薬を作り上げた。
出来上がった時、エリシアのエプロンには、すり鉢から跳ねた緑の汁が沢山付いていた。
「……はい、ちゃんと解熱薬になってます。大丈夫ですよ」
ベルクは笑顔でそう言い切った。
「マリアンにあげてくる!」
「私も行きます!」
エリシアとリヴィアが調合室を出ていくのを、ベルクとグレイは静かに見送った。
その後、元気になったマリアンの部屋には――
緑に染まったエプロンが、飾り布のように装飾付きで壁に飾られ、マリアンの部屋を幸せな空間にしていた。
その頃砦では――
「よし、これでもう大丈夫だよ」
「……ありがとうございます……医療士長」
「ゆっくり休みなさい」
滅多に出ない大型の魔獣の出現で、新人騎士が大勢負傷し、セリオンは砦での治療応援に来ていた。
患者がひと段落したとき、屋敷から急ぎの手紙が飛んできた。
エリシアに何かあったのかと、慌てて手紙を読むセリオンの顔が、途中からどんどん眉が下がり、最終的に泣き笑いのような顔に変わっていく。
隣にいた副医療士長のアランが、たまりかねて声を掛けた。
「何かあったんですか?」
「アラン……うちの子、最高だよ……」
マリアンが倒れた事から始まったエリシアの行動が、事細かにグレイの感想と共に書かれた手紙を握りしめて、セリオンはアランに何度も何度も自慢したのだった。




