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砦のエリシア ―辺境砦で紡ぐ、医療士たちの日々―  作者: 灯影
第2章 ゆっくり大人に

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4話 砦へ

 

 薬草園の散歩を終えて二人が屋敷へ戻ると、リヴィアがエリシアの側についた。

 そしてグレイが砦から要請が入っている事をセリオンに伝える。


「エリシア、お父様は少し砦に御用があるから先に食事をしておくんだよ。待たなくていいからね」


 抱き上げたままエリシアにそう説明すれば、小さな腕がぎゅっとセリオンの首から離れなくなった。


「や! エルもいく!」

「エリシア、砦にはお仕事だから来ても遊んであげられないよ?」

「おてつだいしる!」


 セリオンは珍しく困った顔をして周りを見渡した。

 助けを求めているのに、なぜかみんなにこやかな顔で誰も何も言わない。

 こういう時の結束は、揺るがない事をセリオンは知っている。


「旦那様、今回の要請は前線ではなくて書類関係だと聞いております」

「……はぁ。みんなエリシアに甘すぎないかい?」

「……お願いおとーさま。エルいいこしるよ」

「……まぁいいか。連れて来いってみんなうるさいしね」


 エリシアの泣きそうだった顔がみるみる笑顔に変わっていく。


「おとーさまだいすき、あいしてるよ!」

「エリシア大好き、愛してるよ」


 毎晩寝る時にセリオンが伝えている言葉を、エリシアが初めて口にした時、目が飛び出るほどセリオンは驚いた。

 嬉しすぎて、たまらない。


「一番甘いのは私だね……」


 そうしてエリシアはリヴィアにお出掛けの支度をしてもらって、セリオンとリヴィアと共に砦へと出掛けた。


 エリシアが砦に行くのは実は初めてではない。

 セリオンが離れがたくて赤ちゃんの頃は常に一緒だった。

 一人で歩ける様になった頃から、迷うと危ないという理由であまり連れて行かなくなったのだ。


 砦の大きな門の前に着くと、門番が待っていたかのようにすぐさま扉を開けてくれた。

 エリシアが門番達に手を振ると、ブンブンと大きく手を振りかえしていた。


 夕方前の砦は、夜に向けて人の行き来が増え、昼間とは違う活気に満ちていた。


「ローブ、かっこいーねぇ」

「魔法士だね。……白衣はどうだい?」

「おとーさま良い匂いするから好きよ。でもローブのかちー! はくい、ブブー」

「……」


 リヴィアは、笑いを堪えるのに必死だった。


「セリオン士長! あ! エリシアも一緒なんですね」

「問題ない?」

「大丈夫ですよ。みんな待ってたくらいなんですから!」


 人当たりの良さそうな笑顔で、エリシアに手を振るのは、副医療士長であるアラン・フェルディだ。

 白衣の前はセリオンと同じく留めず、柔らかく癖のついた金の髪がふわりと揺れている。

 幼さの残る顔付きが、実年齢を分からなくさせていた。


「アランしゃん!」

「覚えてくれたんだ〜、嬉しいなぁ」


 セリオンの腕の中から、エリシアがアランに向けて両手を伸ばした。


「だっちょ!」

「うわ〜、『だっちょ』って! 可愛い!」


 際限なく緩んだアランの顔を、氷の笑顔でセリオンは刺した。

 しかしエリシアが行きたがっているので渋々アランと交代して、そのままみんなで医療士長室へ向かった。


 道すがら、みんながエリシアを受け入れて手を振ったり名前を呼んだりしていた。

 それだけでセリオンは、この砦で良かったと、心底思った。

 セリオンは、医療士長という立場上、子供を連れてくる事を控えていたのだが、部下達は、それを不思議がるどころか『連れてこない方があり得ない』と笑った。


 みんなエリシアがここの森、前線で突然現れた事を知っている。

 でも誰一人、その理由を探す者はいなかった。

 それはおかしな事かもしれないが、そこを知った所で何が変わるわけでもないだろうと、誰しもが思っていた。

 その考え方は、身分や年齢など関係ない、砦ならではなのかもしれない。

 それゆえにエリシアは、みんなに受け入れてもらえた。

 引き取ったのがセリオンでなくとも、同じ結果だっただろう。


 部屋に着くと、エリシアに仕事をしている間は、アランと一緒にいるようにと説明した。

 若草色の瞳が、しっかり見つめてくる。


「分かった! エル、アランしゃんといくね?」

「すぐに終わらせるからね」

「きをちゅけてね」

「エリシアも、気をつけるんだよ」


 アランは二人の会話が可愛すぎて、口を押さえる手が震えていた。


 ――そんなアランに、リヴィアは(分かります! すっごいやばいでしょう!?)と心の中で共感していた。


 **


 エリシアのたっての希望で、三人はまず魔法士棟に向かった。


 意気揚々と先頭を歩くエリシアは、自信満々に道を間違えていた。

 アランはそれに気付いているが、危険はないし、ちょっとした冒険のようで、これも楽しいんじゃないかと、見守っている。


 リヴィアも、そんなアランの考えが分かっているようで、にこにこと何も言わずにいた。


 結果エリシアが、辿り着いたのは食堂だった。

 きっと、いや確実に良い匂いに引かれていたであろうエリシアは、ワクワクが抑えきれないのかアランの足にぎゅーっと、しがみついた。


「エルごぱん食べたい! お腹すいたよ」

「……『ごぱん』!」


 アランが悶絶している。

 リヴィアは、そろそろ引いた目で(この人鼻血出しそう……)と、遠巻きに見ていた。


 食堂では案の定、エリシアはあちこちから声を掛けられた。

 抱き上げられ、頬を突かれ、名前を呼ばれ、気が付けばお腹いっぱいになるまで、ずっと笑っていた。


 エリシアはあまり人見知りをしない、ぐいぐいいくタイプだ。

 だからこそ、周囲の大人が目を離してはいけない。

 前に一度、街中で蹲っている人に大丈夫かと話しかけて、攫われそうになった事があった。

 それからその危険性をきちんとセリオンが説明して理解させたが、本質は変わらないだろう。

 後は大人が気をつけるべき事だった。


「エルみんなすき!」


 アランはその様子を苦笑しながら見守っていた。


「これはセリオン士長大変だなぁ……」


 アランの呟きに、リヴィアは「これがお嬢様ですから」とにこりと笑ってみせた。


 砦はこれから長い夜に入る。

 だけど今日は、いつもと違う穏やかな空気に満ちていた。

 エリシアにとっても、誰にとっても、優しい夜の始まりだった。


 

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