31話 伸ばした手
あれからすぐにエリシア達も会議室へと呼ばれた。
そこではいつも明るい面々が、かなり真剣な表情でみな席についていて、エリシアはごくりと喉を鳴らした。
「みんな、もう色々知ってると思うけど、昨日前線に行った騎士が数名運び込まれてきた。みんな大暴れでね〜」
そんな空気を軽くするように、大変だったよーと笑うアラン。
「ちょっと原因が特定出来なくて、急遽士長に診てもらったんだけど、神経毒の類としか判断できなくてね」
会議室が、息を呑む気配に支配られるようにしん、と静まった。
「毒なら尚更、原因が分からないと下手なことは出来ないからね。やっぱり魔法は万能じゃないってことだよ」
アランが腕組んで、ふーっと長い息をついた。
「取り急ぎ原因究明が優先されるから、みんなもそのつもりで動いて。指示は都度、私から班長に下ろすから。見習いのみんなは、指示がなければ患者に近付かないようにね」
アランは話が終わると足早に部屋を出て行った。
「なんか……次もありそうで怖いね〜」
「アミル、そんな事言ったら本当になりそうだからやめてー! 怖い怖い」
「確かに。言葉には魔力が宿るって言うからな」
今日の午前、エリシア達は調合の予定だった。
調合室に向かった三人がちょうど治療室の前を通りかかった時――ものすごい破壊音と共に一人の騎士が転がるように、廊下へ飛び出てきた。
咄嗟に避けたエリシアは、目の前で獣のように這いつくばる騎士に、息を呑んだ。
どくどくと心臓が痛いくらい激しく鼓動を刻んでいる。
――動いてはいけない。
本能が叫んでいる。
治療室の扉は破壊されていて、もはやホラー以外の何でもない。
すぐに後ろから飛び出すように出てきた他の医療士達が、瞬時に拘束魔法をかけて押さえ込んだ。
「大丈夫か、お前ら!?」
「……だ、大丈夫です」
エリシアが一番近くにいたため、こくこくと何度も頷いて、無事を報告した。
拘束されてもなお、ぶんぶんと体を振り回す騎士を、医療士達は必死に押さえ込んでいた。
その時、エリシアの鼻を甘い匂いが掠めた。
途端、頭からつま先に雷が落ちたような、そんな鋭い何かが走った。
「……私、この匂い知ってる……?」
エリシアの小さな呟きに誰も気付かない。
そしてようやく大人しくなった騎士が、医療士達と共にエリシアの目の前を通り過ぎようとした時――
(この人からだ……!)
そう思った次の瞬間には、気付けば、エリシアは騎士の腕を掴んでいた。
動いてはいけない。
分かっているのに。
――掴んで、しまった。
そして、その行動が浅はかだったと思い知る事となった。
エリシアに腕を掴まれて、再度興奮した騎士が、拘束魔法を自力で解いてしまった。
そして煩わしいと言わんばかりに、両腕を全力で振り回し、押さえていた医療士の一人を跳ね飛ばしてしまった。
残った医療士がそのまま片腕を押さえ、エリシアも反対の腕にしがみついて押さえ込もうとした。
しかし騎士はそれをものともせず、二人を振り払おうと腕を大きく振り動かした。
エリシアの鳩尾の少し上に、太くて筋肉質な腕がドッと入って一瞬息が詰まった。
そしてそのまま腕に体が乗るような体勢で投げ飛ばされ、勢いが削がれる事なく壁に激突した。
セドリスの声や、アミルの叫び声が響く中、エリシアはぶつけた頭が酷く痛むな、とか、肋骨折れてないかな、など自分でも驚くほど冷静に考えが巡った。
額を何かがとろりと伝う感覚。
(あ……血、出ちゃったのかな……)
そして医療士には何と言って謝ればいいのかと悩んでいるうちに意識がなくなっていった。
***
ズキン、と頭が痛んだ感覚に、エリシアは目を覚ました。
仮眠室のベッドに寝かされているようで、天井ではなく上のベッドの底が目に入った。
「……治療室のベッドは今使えないからね」
――あぁ、怒っている。
セリオンの静かな声音は、そう感じるには十分だった。
また、やってしまった。
エリシアは、涙を堪えた。
「……お父様。ごめんなさい」
「うん。私は怒っているよ、エリシア」
エリシアは視線だけを横に座るセリオンに向けた。
少し薄暗い室内は、ランプの灯りが抑えられているようだった。
セリオンの表情は、近くにいるのにハッキリと見えなくて、エリシアの不安を煽った。
「あの……ユーリスさんは?」
ユーリスというのは、エリシアと一緒に投げ飛ばされた医療士だ。
「彼は無事だよ。咄嗟に魔法を使って衝撃を逃したからね」
「そっかぁ……良かった……」
エリシアは心底、安堵した。
と、同時に自分にはやっぱり色んなものがまだまだ足りてない事を思い知った。
「分かるかい、エリシア」
ハッキリと見えなくとも、じっとセリオンの瞳がエリシアを見つめているのは分かった。
静かな圧に、じっとりと手が汗ばんでいく。
「手を……出してしまった事も、自分の身を守れなかった事も、とても……未熟だと思いました」
「うん。その通りだよ。理由がちゃんとあるだろう事は分かるけど、だからと言って、じゃあ仕方ないねとはならない」
「……はい」
「一人のミスで、全員が危険に晒されたよ」
「はい……本当に、ごめんなさい」
セリオンは、大きく息を吐いた。
「君の頭から血が流れているのを見て、心臓が止まるかと思った。エリシア……私は君を失うのが怖いんだよ」
エリシアは何も言えなかった。
ただ胸が痛くて、ハラハラと涙が流れた。
「……私が言えた義理ではないけどね」
セリオンの泣き笑いを、ランプが照らし出した。
(また、この顔させちゃった……)
エリシアが幼い頃、好奇心から昏睡状態に陥った時。
あの時もセリオンは、今と同じような泣き笑いの顔で、エリシアを見つめていた。
辛くて目を逸らしたくなる。
それでもエリシアは目を逸らさなかった。
この表情を二度とさせないために、忘れないよう、刻み込むように見つめ続けた。




