↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砦のエリシア ―辺境砦で紡ぐ、医療士たちの日々―  作者: 灯影
第5章 芽吹きの季節 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/37

27話 アランの勝負



 エリシア、セドリス、アミルが倒れたという報告がアランの元へ届いたのは、夜明けだった。


 見習い六人が現場で踏ん張ってくれたお陰で、アランがようやく短い休息を取れた――その直後のことだ。


 ソファに倒れたまま、飛んできた走り書きの報告書に目を通すと、アミルの症状は重く、セドリスは発熱まで進んでいる。

 

 そしてエリシアは今まさに発熱した所だと言う。

 おまけにその状態で二人を浮遊魔法で運んできたと書いてあった。


「はぁぁ……親子揃って、もう……!」


 アランは報告書を手にしたままの腕を目の上に乗せた。

 少しの暗闇が、頭を動かす余裕をくれた。


「後輩三人組は、まだ元気っていうのがありがたいなぁ……」


 誰もいない静かな空間に、アランの独り言が落ちた。

 そろそろ体を起こして、こういう時こそ珈琲を飲もうか――そう思った矢先。


 セルシィが姿を現した。


 疲れからか、来る気配を見逃したアランは驚いて跳ね起きた。

 いつものように軽く文句でもと思ったが、セルシィの表情や、手に持っている物で、アランは全てを悟った。

 セリオンが採取した検体を、セルシィが持って来た――という意味を。


「……お帰りなさい」


 アランはそう言うと、中身を素早く確認しながら受け取った。


「急ぎなさい。あなたしか、いない」


 セルシィはそれだけ言うとまた姿を消した。

 おそらくセリオンの元へ行ったのだろう。

 アランは武者震いなのか、孤独からくる恐怖からか、震える手を見つめた。

 

 その手をぐっと、強く、強く握り込む。

 指先まで白くなったところで力を緩めると、じわりと血が巡って少し温もりを取り戻した。


 ――大丈夫、震えてない。

 

 大きく息を吸って、ゆっくりと吐いていく。

 

「全く……どれだけ俺に任せるんだか、あの人は。やればいいんでしょう、やれば」


 いつもの軽口を叩くと、「あはは、頼んだよ」と、セリオンの声が聞こえた気がした。


 

 研究室に着くと、アランは瓶を台に置いた。

 コン、と、軽い音が広くもない空間に響いた。

 採取された組織から、粒子を含む体液だけを慎重に抽出する。

 やがて小瓶の中では、深い緑のドロリとした液体が、生きているかのようにうねっていた。

 

「……同じ緑でも、薬草とは正反対だな」

 

 この部屋にはアランしかいない。

 医療士も続々と倒れている今、ここで食い止めないと領民にもかなりの被害が出るだろう。

 感染源はセルシィが何も残さず焼いた。

 後は薬を用意するだけ。

 アランはニッと片方だけ口角を上げた。


「俺しかいないでしょー」


 小瓶に向けて指を二、三度振ると、中から丸くなった液体がふわふわ浮き出した。

 

「作るのは中和薬……今はこれが最善だな」


 体に入り込んだ異物の目印――抗原を見つけ、それと合う形の抗体が捕らえて無力化する。

 アランが作る中和薬は、そんな免疫の働きを魔法で再現したものだ。

 即効性には優れるが、効果は二、三日で薄れ、抗体として体内に残ることもない。

 急場凌ぎ――だが、今はそれで十分だった。

 目の前で、アランに挑むようにふわふわと浮かぶ抽出液。


 アランは手早く抽出液を大きな鉢に移した。

 そこから魔力を流し込み、“抗原の形”を探って“抗体の型”を練り上げていく――のだが。

 

 この時点でそれが簡単ではないとはっきり分かった。


「……お前生きてんのか? すごい暴れるねぇ。面倒すぎるわ」


 とろみのある抽出液は、大きな鉢の中で跳ねたり、揺れたりと落ち着かない。


 アランが両手を翳して、魔力を流し込むと、それを避けるかの様にぐりんと回転した。時には二つや三つの液体に分かれアランを翻弄する。


「……もう個体じゃねーか!」


 アランの怒声が、研究室に響き渡った。

 

 ――遊んでいる暇はない。


 この抗原は暴れ過ぎる。

 一度“人の体”に入れて、その反応から安定する抗体の型を読むしかない。


 アランは指を振って抽出液を少し取り出した。

 こういう時だけすんなり言うことを聞く緑の液体に、アランは小さく舌打ちした。


「俺が今からやる事期待してんのか?」


 取り出したのは、小指の爪ほどの量。

 それ以上は危険で、それ以下では意味をなさない。

 アランは指先から魔力を針のように尖らせ、腕の内側へ抽出液を注入した。

 注射器を用意する時間すら惜しかった。

 

 ドクン、と血管が一度強く脈を打つと、興奮からか、じわりと背中に汗が滲んだ。

 

「さぁ、ここから本当の勝負と行こうぜ」


 アランは退けていた椅子を指先一つで呼び寄せた。

 そしてさっき飲み損ねた珈琲を、魔法で淹れてこれもまた机に呼び寄せた。

 アランの目の前には浮遊する緑の液体。

 そして芳しい香りの湯気が立つ珈琲。

 

 ――何ともシュールな光景だった。

 アランは震え出しそうな指を隠すように足を組み、あえて優雅に珈琲を口へ運んだ。


 珈琲が半分くらいなくなった辺りで、アランはどんどん自分の中で症状が進んでいる事を自覚していた。


 心拍数は跳ね上がり、気持ちの悪い悪寒が、何度もアランを襲う。

 その度、鳥肌がぞわりと浮き立ち、体の奥では、血が沸騰するような熱が膨れ上がっていく。

 しかしアランはされるがままではない。

 体内で暴れまくる抗原を、分析していく。


 ほんの一瞬。

 

 体の中で、抗原が、何かに絡め取られたように鈍った。

 鳥肌が収束し、暴れていた何かが一点に集中したようなほんの少しの違和感。


 ――抗体が形を取り始めた。


「やったな、俺の免疫……さっすがー」


 ニッと笑ったアランは、その複雑な構造――型を読み取りながら、目の前のふざけた緑に落とし込んでいく。

 

「……いいか、大人しくしろよ。じゃないとセルシィさん呼んで――燃やすぞ」


 アランは逃げ道を塞ぐように、手を動かした。

 球体を描く様に両手を別々に動かして、魔力を鉢全体に注ぎ込む。


 読み取った抗体の型を、一つずつ落とし込んでいく。

 ようやく捉えた抽出液が、鉢の中心から螺旋を描いて立ち昇った。

 深い緑の液体に、アランの銀色の魔力が絡みついていく。


 腰の高さの台から、アランの目線の高さ程まで伸びた螺旋は、深い緑と、銀色の魔力が互いを取り込もうと戦っているようだった。


 一瞬、抽出液の色が濁った。

 同時に、アランのこめかみ付近が爆発的に痛んだ。


「いっ……!」

 

 ぐらりと、アランの視界が揺れた。


「……あららら」


 アランの体から汗が噴き出した。

 このまま均衡を崩せば、中和薬ではなく、別の毒性を持つものへ変質してしまう。

 そうなったら全て終わりだ。

 激しくなる鼓動とは裏腹に、なぜかアランの口元には笑みが浮かんでいた。


「……やるねー。でもこれで終わりだよ」

 

 少しずつ魔力を調整していくと、抽出液が、ほんの一瞬だけ静止した。


 ――きた。


 アランは荒くなった呼吸を整える事なく、「……いけ!」と、小さく叫んだ。


 その瞬間、銀色の魔力が深い緑の液体を取り込んだ。螺旋で縛るように絡み付き、鉢の中へと落ちていった。

 受け止めた鉢の中には、銀色に光る淡い緑の液体が波立つこともなく収まっていた。


「……よし! これで!」


 アランは崩れ落ちるように膝を突くと、激しく咳き込み、迫り来る嘔吐を無理やり抑え込んだ。

 

「危ない危ない……ここは衛生が何よりも大事だからねー」


 小さく息を整えると、「さて」と呟き、アランは床に座り込んだまま羽ペンを呼び寄せた。

 光の鳥を飛ばすか一瞬悩んだ結果、手紙を飛ばす事にした。

 羽ペンに言葉を伝えていく。

 そして、羽ペンが止まり、手紙が空へと消えたのを見送って、アランはその場に倒れこんだ。


「……セリオン士長ー。俺も頑張ったんで、後で褒めて下さいねー……」


 その囁きはセリオンには届かないが、けれど、口にするだけで安心出来た。


 ――アランは“抽出液”との勝負に競り勝ち、無事“中和薬”を作り上げたのだった。

 


 ***



 アランは自分を助けに来てくれた医療士に、『士長と同じ部屋へ』とだけお願いして目を閉じた。


 意識が浮かびきることも、深く沈むこともない微睡みの中で、いつもの薬品のツンとした匂いに、アランは安堵の息を漏らした。


 側で動き回る気配は、医療士のものだろう。目を無理やり開けると、はっきりしない視界で、白衣が見えた。


 少しずつ顔を動かして横を見ると、銀色の髪が見えた。

 アランの鼻の奥がキューっと痛み、瞳が滲み始めた。


「……はは」


 アランの口から笑みが溢れていた。


「副士長、気がつきましたか?」

「……士長は?」

「あなたが作り上げた中和薬を投与してから数時間経って、今は全ての症状が落ち着いてます」

「そっか。そっかぁ……。じゃあ、もう少し寝ても、いいかな?」

「お疲れ様でした。士長、副士長。ゆっくり休んでください。もう大丈夫です」


 アランはすぅっと眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。