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砦のエリシア ―辺境砦で紡ぐ、医療士たちの日々―  作者: 灯影
第1章 医療伯との出会い

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菜々サイド 目覚め

 


 ……なんだか、体がぐにゃぐにゃしてるような気がする。

 頭が……働かない。

 何かを考えようとしても、しゅわしゅわしてわたあめみたいに溶けていく。


 でも何かあったかくてゆらゆら揺れてるのが心地良い。


 何かに包まれているみたいに、体もぎゅっと丸まっているようだ。


 そのうち体が動くような気になって、まずは目を開けると――真っ暗だった


 耳に意識を向ければ、近くで音がしている。

 でも、それが何なのかは分からない。


 急に目の前が開けたと思ったら、視界がぼやけていてよくは見えない。

 人の輪郭らしきものは分かるのに、目が悪くなったみたいにはっきりしない。

 “私”の視力は良かったのに。

 ……不思議。


 そのうち耳も少しずつ馴染んできて、話しているらしい音の区別が、なんとなく出来るようになってきた。


 揺られて、ぼやけながらも景色が動いているのが見えた。


 ――運ばれているのだろうか。


 白い建物の中に入ったようで、大きな声が聞こえた。


 今度ははっきりと。


 きょろきょろしても見える景色は白ばっかりで、今の目の状態じゃどうしようもない。

 ただ、ハーブのような良い匂いがして、気分が良くなった。


 男の人達がなにか話をしている。

 その時、急に私の体が温かかった場所から冷たい場所に移動して、びくっとしてしまった。


 そこで体の違和感に気付いた。


 何かおかしくない?

 “私”の体の感覚が、何か違う……?


 ばっと手を挙げると、体はゆっくりと小さな手を持ち上げた。

 思った動きの半分のスピードしか出てない。

 ようやく気付いた。私、小さい。


 ぐーぱー。

 指を動かしてみる。


 ムチムチしていて握りづらい。


 ちょっと待って……?


 ――ちっさ!


 うそでしょ。

 いやいやいやいや。

 ……え?


 私、赤ちゃん?

 そうだ、それだ。


 ――赤ちゃんだ!


 混乱している私にお構いなしに、ふいに何かがおでこをちょんと触った。


 ぼんやりとしているけれど、それはとても大きな手に見える。

 私のおでこにくっ付いているのは、その指先らしい。


 ……あったかいなぁ。


「……刻印がない」


 すごい、良い声……低くて優しい感じ、好きだなぁこの声。

 でも何で怒ってるんだろう。


 今度は胸の辺りに温かい手が置かれた。


 ……うわわ! 何かあったかいのが流れてくる!

 気持ちいい……

 何だか心が跳ねるような感覚だった。


 でもさっきからなんとなく、みんなの声が怒りを含んでいるような、そんな重さに聞こえる。

 内容はよく理解出来ないけど、みんなの空気が何か怖い事は分かる。


 不安が、今まで感じた事ないくらい膨らんで、どんどん怖くなってくる。

 簡単に泣きそうになるのに何故か泣けなくて、じたばたしてしまう。

 とてももどかしくて仕方がなかった。



 目を覚ますとハーブの濃い匂いが、近くで漂っていた。

 落ち着く香り。

 ……いつのまに眠ったのだろう。

 記憶の境目が分からない。


「目が覚めたならこのミルクを飲んでごらん? 私特製のミルクだから美味しいよ〜?」


 ……さっきの声だ。


 それだけでスッと心が軽くなる。

 あったかいと思ったのは、この人に抱っこされているからなんだ。

 甘いミルクの香りが近づいてきて、本能のまま口元の何かを咥えて吸った。


 二十一歳だった菜々の思考は、どんどん赤ちゃんに引きずられているようで、何かを考えようとしてもすぐに意識が逸れてしまう。


 恐るべし、赤ちゃん思考!


 だけどその間も、甘い味が口いっぱいに広がって、頭の中がじんわりと溶けていく。

 ……くっ! めちゃくちゃ美味しい!


 さっきまでの不安な気持ちがするすると溶けていく。


 あ、だめだ。

 眠い。


 もっと色々考えたいのに、背中をトントンされて、ゲップと共に消えていく。

 幸せな気持ちが膨らみすぎて、抗えるはずもなかった。


 温かくて、気持ちよくて。

 安心する匂いに包まれたらもうお手上げだ。


 それでも。

 激しい睡魔の中で、ぼんやりと思う事。


 私は……菜々は死んだの?

 それとも神隠しみたいにあそこから消えた?


 だけど、もうどっちでもいい。

 もう、考えなくてもいいんだから。


 どんどん……考えが鈍くなってきてる。

 眠い。


 ――もう、いいよね?


 “私”は、赤ちゃんの本能なのか睡魔に抗う事が出来ず、そこで眠りの波に身を任せたのだった。


 

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