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砦のエリシア ―辺境砦で紡ぐ、医療士たちの日々―  作者: 灯影
第5章 芽吹きの季節 

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24話 第一波

 


 調合室は嵐の中のようだった。

 症状ごとの薬と、免疫力を高めて回復を促進する免疫促進薬の調合に追われている。


 エリシアの後ろを、髪を巻き上げるほどの速さで薬草が飛んでいき、部屋の端にいる医療士の持つすり鉢へと滑り込んだ。


「そこの三人こっち来て調合して!」


 三人は声が届くように大きく返事をした。


「エリシアはこっちの嘔吐抑制薬をお願い。セドリスは解熱薬でアミルは鎮咳薬ね。これが今一番出てて、追いつかないの!」


 エリシアは空いている調合台の前に立つと、嘔吐抑制薬に必要な薬草を呼び寄せた。必要なのは三つで、そのうち一つは煮て、苦味を消さなければならない。


 エリシアが手元にある浄化水を入れた調合鍋に向かって指を振ると、瞬時にお湯が沸いた。

 そこへ薬草を千切って入れて、その間に二つの薬草をすり潰していく。


 湯気から香る薬草の香りも、すり潰されて香る濃い香りも、どれも昔からの馴染みのあるもので、自然と顔の強張りが解けていった。


 煮上がった薬草と、すり潰した薬草を混ぜていくと、濃い緑色から淡い色へと変化していく。とろみがついた液体に変化した所で出来上がりだ。

 エリシアは、問題なく出来た事にほっと一息つくと、小瓶に入れて並べていく。


 調合はまだ始まったばかりだ。


 それから何度も同じ作業を繰り返して、十分な在庫を確保できた所で、エリシアは別の調合に回った。


 鎮咳薬に必要な薬草を呼び寄せようとした所で、今朝の薬草庫をふと思い出した。


「セドリス! 薬草庫のサリス草って今朝少なめじゃなかった?」


 三人向こうの調合台にいるセドリスへ声を掛けた。セドリスは調合しながらエリシアを見ると、少し間をあけて頷いた。


「そうだな。このペースならあと一時間もしないうちになくなるな」

「何、サリス草なくなりそうなの? 届けるように連絡飛ばすね! 他は大丈夫そう?」


 調合室の班長である医療士が、二人の会話を聞いて即座に薬草園に鳥を飛ばした。

 そして、ちょうど手が空いたエリシアに、別の仕事を頼んだ。


「エリシアごめん、洗浄済みの小瓶を受け取りに行ってくれないかな、向こうに催促してるんだけど、何故か届かないのよ」

「分かりました。ついでに様子見てきます」

「助かる! お願いね! 途中の廊下には患者さんもいるから気を付けて。ベールの魔法掛け直すのよ」


 エリシアは、言われた通りにベールの魔法を掛け直すと、気を引き締めて洗浄室に向かった。


「……なるほど」


 廊下に出ると、気を付けて、の意味が目に飛び込んできた。


 続々と、感染者が運び込まれているのだ。

 いつも元気な騎士見習いの友達が、意識がないのか担がれてこちらへ向かって来ていた。

 ぎゅっと体が竦むような怖さを感じたが、エリシアは思わず駆け寄って、声を掛けていた。


「レオニール!」


 お茶会で、セッティングは任せろと言ってくれた彼は、真っ青な顔をしているのに、手に触れると燃えるように熱かった。

 やっぱり意識はない。


 ――怖い。


 エリシアの鼓動がどんどん跳ね上がる。

 その時。


「あっちの部屋でいいか? 初期の感染者はそこだって聞いたんだけど」


 レオニールを担いで来ていた騎士が、エリシアの意識を引き戻すように、顔を覗き込んできた。


 汗に濡れたアッシュブルーの髪が、エリシアの近くで揺れた。


(あ……この人、この前助けてくれた人だ)


 エリシアは慌ててその部屋がまだ受け入れていることを確認して「大丈夫です!」と伝えた。

 続けて、エリシアも手伝おうと手を伸ばすと、キッパリと断られた。


「あー、大丈夫。俺が運んでくから」


 騎士はそう言ってレオニールを連れて歩き出した。

 エリシアはその背に向かって、


「……あの! あなたも気を付けて! あと、“あの時”はありがとう!」


 そう呼び掛けると、騎士は額に張り付いた髪を乱雑にかき上げ、ニッと笑った。


「そっちも」


 短くそう返すと、ほぼ意識のないレオニールを軽々と担いで部屋へ入っていった。


「初期症状……あれで……?」


 エリシアは恐怖を振り切るように、急いで洗浄室へと向かった。

 扉を開けると、滴るほど汗をかいた医療士が五人で大量の小瓶やシーツ、たらいなどを洗っていた。そして洗い終えた物を、もう一人が仕上げの洗浄魔法を掛けていた。


「本当にごめんね!! 一人感染しちゃって洗浄にいっぱいいっぱいで!」


 いつもの倍の人数がいても手が回らない状況に、エリシアは呆然とした。

 感染した一人が運ばれたことで、残った者達への負担が一気に増しているらしい。


「あの! 私こっちにまわります!」

「駄目よ。見習いは指示を無視してはいけない。ありがたいけどね! 上にもう報告してるから何とかしてもらえると思うし。その時に指示がきたらお願いするわ!」


 エリシアにそう言った医療士も、疲れからか顔色は良くない。

 それなのに、ずっと笑顔で話してくれている。エリシアはこれ以上迷惑をかけられないと、気持ちを切り替えて笑った。


「そうなったら一番に来ます! これ、もらっていきますね。ありがとうございます!」


 エリシアは、洗浄済みの小瓶が詰まった重い箱を廊下へ出すと、浮遊魔法をかけた。


「ぷかぷか、箱!」


 ふわふわと浮き上がった箱を動かしながら、調合室に戻ろうと振り向いた瞬間、さっきの騎士と目が合った。


「「…………」」


 レオニールを担いでいた彼だった。

 確実に見られていた。

 何故なら、彼の肩がふるふると動いているから。


「……ぷかぷか?」


 久しぶりに『ぷかぷか』を知らない人に見られて、エリシアの顔が一気に赤くなった。

 気が逸れたことで箱を落としそうになったエリシアは、慌てて魔法を維持すると、妙に言い訳じみた言葉を並び立てていた。


「あの、あの、子供の時のあれで、もう結びついちゃってて、もう、あの……!」


 かなり支離滅裂だ、と自分でも思ってしまってその後の言葉が続かなくなってしまった。

 目の前の騎士は、スッと表情を消した。

 そして目を逸らして「いや……別に笑ってない」と呟いた。


(気を遣われた!?)


 このままではもっと変なことを口走りそうで、「では!」と一言告げると、走って逃げた。

 そのままの勢いで調合室に入ったものだから、かなり驚かれた。


 エリシアは息も絶え絶えに、洗浄室の事を報告して、小瓶の箱を調合台の近くに下ろすと一気に脱力して座り込んだ。


「大丈夫、エルシー?」

「どうした、大丈夫か?」


 同じようにしゃがんで心配してくれる二人に、エリシアは苦笑いになった。


「ぷかぷか見られて笑われちゃって……それで恥ずかしくなっちゃったの。何かもう逃げちゃったし……」


 立てた膝に顔を埋めるように、沈んだエリシアの頭を二人はよしよしと優しく撫でた。


「お前のぷかぷかは、もう今更なんだけとなぁ。見ていて楽しくて俺は好きだぞ」

「私もエルシーのぷかぷか可愛くって好き! そのままがいいもん」

「……あんまりぷかぷか連呼しないで」


 セドリスとアミルは声を出して笑った。


「みんな! 心に余裕を持たせましょう。笑顔よ! こんな時こそ、いつも通りでやらなきゃ。でも早さは倍にね!」


 班長の医療士が声を張り上げると、部屋の空気が軽くなった気がした。

 相変わらず、刃のように飛んでいる薬草を避けながら、エリシア達も一生懸命に薬を作っていった。


 そうして、空が暗闇に変わる頃。


 ようやく、押し寄せていた患者の波が少しずつ落ち着き始めた。

 でも、医療士達の仕事はまだまだ終わらない。

 症状を抑える薬を大量に用意し、免疫促進薬も作った。

 それでも、病を完全に断ち切る事にはならない。


 交代で休憩を取っていると、光の鳥がやって来た。


「調合室のみんな、お疲れ様〜。ちらほら感染した医療士がいるんだけど、ここはみんな大丈夫〜? 何か異変があればすぐに鳥飛ばしてね。見にいくから。自己判断は厳禁でよろしくね〜。じゃあまたこの子通して見に来るから。頑張ろうね」


 光の鳥は消えずに別の部屋へと姿を消した。


「……やっぱりベールの魔法では完全に防げないのかな」 


 アランの報告を聞いたエリシアがぼそっとこぼした。


 ベールの魔法は、応用が効く便利魔法として一般的に使われている。

 暑さ寒さを緩和し、瘴気や穢れ、飛沫や微細な汚れの付着もある程度防ぐ。

 ベールの強さは何段階かあって、それぞれ好みで使い分けられるが、今は最高レベルで掛けるように通達がされている。


「そりゃあなぁ。それで防げてたら爆発的に感染はしないだろう」

「ん〜、でもさぁ。いつ感染したかによらない? ベールを掛けてから感染したのか、掛ける前にもう感染していたのか分からないから、何とも言えないよね〜」


 アミルが肩をすくめて言った。


「軽くなるなら掛けるしかないけどな」

「あれだよね、確かめるには実験するしか――」

「やるなよ!」

「やっちゃ駄目だからね!」


 二人に食い気味で止められたエリシアは、身を引きつつ何度も頷いた。


 ここで再び光の鳥がやって来た。

 アランの黄色い光に対して、今度は淡い空色――セリオンの鳥だった。


「みんなお疲れ様。ここまでよくやってくれたね。まだ終わりではないけれど、確実に薬は効いているから安心して。砦内は未だ各棟への用のない出入りは制限しているけど、必ず私達で収束させよう。あと、休憩と食事は必ず取りなさい。そうそう、各班長のみんな。自分達の仕事に集中して、それ以外は全て私かアラン副士長に振りなさい。困ったことも全部報告すること。みんな、倒れることのないようにね」


 セリオンの鳥が、各部屋から同時に消えていった。


 エリシアは久しぶりに聞いた父の声に、頬が緩むほど安心した。


「……私も頑張ろ」


 小さく呟いて立ち上がる。

 大きく背伸びをすると、硬くなった体が少し和らいだ気がした。


 休憩が終われば、また調合室へ戻らなければならない。


 第一波は凌いだ。

 けれど、この病との戦いは、まだ始まったばかりだった。

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