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砦のエリシア ―辺境砦で紡ぐ、医療士たちの日々―  作者: 灯影
第5章 芽吹きの季節 

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23話 初めての医療警報



 六人は揃って薬草庫に居た。


「私達はもともと、薬草庫の品質確認と在庫確認の予定だったの。それで……あ、説明するより見て感じてもらった方が良いかな?」


 エリシアの問いかけに、セドリスが頷いた。


「言葉が多すぎても良くないだろう。気付きを奪う事になる」

「あなた達は少しそこで見ていてくれる? じゃあエルシー始めよっか!」


 エリシアは頷いた。

 

 ――ここ一年で、薬草庫の仕組みは大きく変わっていた。


 薬草庫では、薬草ごとに適した大きさや形の籠が使われている。

 籠は魔法によって一日に何度も場所を変えるため、定位置がない。

 まず薬草そのものを見て探すことで、『いつでもそこにある』という先入観をなくすことを目的としている。


 セドリスが提案した当初は、時間がかかると不評だったが、薬草を見る目が養われると分かり、今では正式に採用されている。


 その中で才能を発揮したのは、エリシアだった。

 幼い頃から薬草を見続けてきた目と、鋭い嗅覚を使って驚くほどの速さで籠を見つけていく。

 薬草探しに関してだけは、エリシアは群を抜いていた。

 もちろん、そこにセリオンやアランは含まれていないが。


 エリシアが薬草を見つけて傷んだものを除外し、アミルへ籠を飛ばす。

 アミルは種類を確かめ、数日中に傷みそうなものを品質リストへ記すと、セドリスへ回した。

 セドリスが最終確認して在庫表へ記せば、籠は再び空中へ浮かび、好きな棚へ戻っていく。

 

 三人は時折視線を交わしながら、その流れを途切れさせることなく繰り返した。

 これが、三人で考えた理想的な流れだった。

 

 後輩達は、エリシア達が無言で次々と作業をこなしていく姿に、次第に引き込まれていった。

 メソメソしていたロゼは、今はしっかりと目を開いてエリシア達の連携を見ている。

 イアンもトビアスも、会議室での出来事より、目の前の連携に夢中になっていた。


 今は目の前の三人から、少しでも多くを学ぼうと必死になっていた。


 しばらくしてエリシアは手を止めた。

 それに気付いたアミルとセドリスも羽ペンをポケットにしまった。


「半分まで終わったから、後はあなた達が考えてやってみて」


 エリシアの言葉に最初に反応したのはトビアスだった。


「僕たちが、ですか? エリシアさん達が僕たちを使うのではなく?」

「うん、違うよ。三人で、お互いの良さを知っていかないと意味ないでしょう?」


 トビアス達三人は、少し困ったような顔をした。


「あの、私達誰が何が得意かとか知らないんです……」


 ロゼがそう言うと、アミルがそっと近づいた。


「だから、よ〜。もっとお互いの事を知らなきゃ駄目。折角の同期なんだから〜。ね?」


 アミルはたまに昔の自分とロゼを重ねているのかもしれないと、エリシアとセドリスは思っていた。


「……俺は、自分では目利きがまだ出来る方だと思ってたけど、エリシアさん見てたら分からなくなって……」


 イアンが自信なさげにぽそりと言った。


「エルシーを基準にするな。あれは規格外だ。まずは、ローテーションで自分がしっくりくる場所を探すんだ。その後、また変えて三人の連携がぴたりとハマれば完成だ」

「ブフゥっ!」


 アミルが噴き出した。


「……今のどこに笑うところがあったか教えてくれ」

「……ごめ! ふふ、『ぴたりとハマれば完成だ』がなんか、セドリスっぽくなくて、なんか急に面白くなっちゃって……ふふふ!」


 セドリスはチラリとエリシアに助けを求めたが、エリシアもちょっとよく分からなくてサッと視線を逸らしたのだった。


 ロゼ、イアン、トビアスの三人は、中々上手くいかなかった。

 自分の目を信じられず、傷んだ物を見過ごすこともあった。その分、最終確認をする者に負担が集中し、ひどく時間がかかった。

 誰がどの場所にいても、それは同じだった。


「……僕たちがやらない方が早く終わるんじゃ……」


 いつも明るく前を向いていたイアンが、俯いて悔しそうにこぼした。でもすぐに、ハッと顔を上げた。その瞳は後悔で揺れている。


「ごめんなさい……! こんな事言うつもりなかったんです……」

「分かってる。大丈夫だ」


 セドリスが優しく微笑んで見せた。


「まずは三人でたくさん話をしてお互いの得意不得意を見極めるんだ。自分では分からない事も、他人なら分かる事もある。出来ない自分が悔しいなら、卑屈になる前にもっと自分を磨け。ここで働く人達は、誰もそれを疎かにしてこなかった。だから格好良くて、憧れるんだ」


 少し語ってしまった、と照れたように背を向けるセドリスに、イアンもロゼも目を潤ませていた。


「それは分かるんですが、実際問題、僕たち見習いがすると先輩達に迷惑をかけてしまうと思います」


 トビアスは、反抗するつもりで言ったわけではなかった。ただそう思ったのだ。

 エリシア達もトビアスを見てきて、その事を十分に理解していた。彼は基本的に無表情な事が多い。


「見習いの私達にとって、ここの作業は“目利き”を鍛えられるし、集中力もつく。複数でやれば段取りを考える力も身につくし、連携で信頼も積まれていくの。やらない方が“もったいない”作業なの」


 エリシアの言葉が理解できたのか、トビアスは考えるように黙り込むと、腕を組み、小さく視線を落とした。

 そして、「少しだけ時間を下さい。五分ほどでいいです」と、セドリスに言った。


 セドリスは頷いた。

 そして、エリシア達は静かに待った。

 三人は予定表を囲み、ロゼが紙に役割を書き込みながら話し合っていた。

 

 その後のトビアス達は見違えるようだった。

 

 表情からは戸惑いや卑屈さが消え、真剣さの中に楽しさが見える。

 時折、三人で何かを話しては、笑い合っていて、時間はかかったが、三人の間には確かな変化が生まれていた。


 昼休みに、五分の間に何を話したのか聞いてみると、トビアスは「詳しい自己紹介をしました。改めてお互いを知っていこうと提案したんです」と教えてくれた。


 エリシアがそれを二人に伝えると、セドリスは「俺たちも同じだったな」と笑い、アミルも「そうだよね〜」と頷いた。


 積み重ねてきた仲間との絆が、後輩を通して見えた気がして、エリシアの胸が熱くなった。

 

 エリシアは、この二人以上に素敵な友達はいないと、ぎゅっと二人まとめて抱きついた。

 アミルはもちろん、この日ばかりはセドリスにも怒られなかった。

 セドリスも小さく笑い、「これがエルシーだな」と呟いて、素直に抱きしめ返してくれた。

 

 それは、仲間の大切さが改めて心に沁みたひとときだった。


 ***


 

 イアン達三人組は、午後からは各部屋の清掃と器具洗浄などの掃除や片付けがメインになっていた。

 

「どうやれば上手く回るかな?」


 ロゼの問いに、三人は楽しそうに頭を突き合わせて相談していた。

 

 三人の変化に気付いた医療士達が、安心したように横を通って行く。

 エリシア達も、少し距離を取りながら見守っていた。

 あまり嬉しそうな顔をしすぎないように気を付けながら。

 

 談話室に差し込む暖かな光が、部屋を明るく照らしていた。


 ――その時


 ゆったりと体を休めていた医療士達の胸元で、白衣につけた徽章がほとんど同時に赤く光り出した。


『医療警報』だった。


 即座に立ち上がった医療士達を、エリシア達見習いは、息を呑んで見ていた。

 エリシア達は見習いなので徽章を付けていない。

 

 そんな見習い達に医療士が声を掛けるよりも早く、光の鳥がやってきてセリオンの言葉を伝えた。


「砦内で感染力の強い病が確認された。ベールの魔法を最大限掛けて、感染に備えて。現在必要なのは、『感染者の隔離』『薬草の確保』『調合』『診察』『治療』『経過観察』。いずれの現場にも、感染対策をしていない者を近づけないこと。一年目の見習い達は『薬草確保』、三年目の見習いは『調合』とする。以上」


 それだけ告げると、光の鳥は光の粒子へと拡散した。

 言葉もなく医療士達が足早にそれぞれの現場へ向かって行った。

 エリシア達も、急いで感染を防ぐベールの魔法を最大まで展開して調合室へと駆けて行った。


 その道すがら、治療室から聞こえてきた激しく咳き込む声や、苦しげにえずく声にエリシアは身震いした。アミルがぎゅっと手を繋いできて、その温もりに現実を実感した。


「……行くぞ」


 セドリスの言葉に背を押され、エリシア達は再び走り出した。


 見習いになって、初めての医療警報だった。


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