20話 初めての“輪”
しかし、その言葉を聞いても、喜びの声を上げる者は誰一人いなかった。
光の鳥に向かって騎士見習いの少年が声を上げた。
「でも、僕は他の騎士見習いみたいに器用じゃないんです! 未だに剣に魔力を乗せられないし……、すぐにやられちゃうし……」
それはみんな同じだった。
早く追いつきたい、役に立ちたい。
でも役に立たない、弱い、情けない。
だから早く“何か”したくて不安になる。
周りの見習い達は、それぞれの反応を見せたが、心の奥では同じなのだろう。
目を伏せた者。
それでも前を向いている者。
揺らぐ瞳で周りを見渡す者。
みんな『何もしないでいい一日』を、受け止められないようだった。
焦りも、戸惑いも、悔しさも、敗北感も。
それでも立ち上がろうとする強さを抱えた少年少女達には、先のことを考える余裕などなかった。
今、少しでも追いつくことしか見えていない。
そわそわと落ち着かない様子で、互いの顔を窺う子供達。
その光景は、“光の鳥の目”を通して、大人達のいる部屋に映し出されていた。
子供達の様子を見ていた士長達は、言葉を失った。
静かな部屋に、大人達の困惑の色が広がった。
「もっと……みんな喜ぶと思ったんだけどなぁ……」
セリオンの呟きには戸惑いが混ざっていた。
セルシィはまるで自分まで傷ついたかのように、胸元を押さえ、ロデリックは自分の見習いを思って泣きそうになっていたが、拳を強く握る事で堪えていた。
そんな中、アランだけは変わらずいつもの涼しい顔で様子を見ていた。
ただ誰も、目の前の映像から目を離せずにいた。
「子供達を困らせちゃったのかな」
「いや、セリオン。まだ間に合うぞ。楽しさを分からせれば良い」
「そうね。子供の“あんな姿”……あまり良い気はしないわね」
息抜きすら戸惑いを見せる子供に、大人達の胸は締め付けられた。
「きっとこれからですよー。まだ大丈夫ですって。だって彼らはまだ“子供”ですから」
アランはいつもの笑顔で言い切った。
「それに、雪の中のお茶会ですよ? こんな楽しそうな事ありますー? 自分で作っててすっごく楽しかったですよ?」
「いや、力作すぎよ。あなたこんな事も出来たのね」
「終わった後は、雪合戦でもいいな!」
「あら、それは楽しそうね!」
興奮気味に話を始めたセルシィとロデリックを横目に、アランが楽しげに子供達に向けて話し始めた。
「いきなり“何もするな”が難しいなら、ここで今から健診でもしてもらおうかな。もちろん毎月の健診とは別に、医療士見習いの三人にやってもらうから、簡易だよ。その後は……そうだなぁ、みんなでお茶でも飲んだらどうかな? “お茶会”ってそういうものでしょう?」
光の鳥は翼を大きく広げると、アランの言葉を伝えた。
一気にざわつく子供たち。
医療士見習いの三人は、「……え、健診?」と戸惑った。
けれど、他の子供達からは、
「本当に遊んでいいの……?」
「お茶会……ちょっと楽しみかも」
と、前向きな言葉が出てきた。
“やること”を与えられて、ようやく動き出せたのだった。
そんな中、エリシア達三人は、状況を整理していた。
「この場にいるのは、騎士見習い、十六人。魔法士見習い、十人。だから、二十六人の簡易健診だな。でもその前に、俺たちの治癒をしないとな」
「うんうん、それから色々決めていこうか」
セドリスが率先して段取りを決めていると、魔法士見習いの少女がひょこっと顔を出した。
「ねぇ、名札作ろうか?」
左手を差し出して、「あたし、ユーリ」と笑った少女は、黒髪を頭の上でぐるぐると巻いた、特徴的な髪型をしていた。
思わずそこに目がいったエリシアに、ユーリが「“あたし”ってすぐに分かるでしょ?」と、笑った。
慌てて三人も自己紹介をして、握手を交わした。
「みんなの名前をさ、こうやって――葉っぱに刻んで胸に着けたらいいんじゃないって思ったんだけど」
ユーリは説明しながら、葉っぱに魔法で名を刻み、胸にピタリと貼り付けた。
とてもわかりやすいし、何だかすごく可愛い。
エリシアはパッと笑顔になった。
「わぁ、それいい!」
「可愛い〜、素敵!」
アミルも両手を合わせて感動している。
「それがあると助かるわ! みんなの分、お願いできる?」
「ああ、悪いが頼む」
ユーリはエリシアとセドリスに、にかっと笑った。
「悪いことなんて何もないよ。みんなも名前、覚えたいでしょ?」
ユーリは「は〜い、みんな並んで!」と、列を作り上げてササっと名札を貼り付けていった。
途中、列に並んでいた魔法士見習いの友達に「あんたは手伝う側でしょ!」と、列から追い出していて、エリシア達は笑いあった。
「この間に俺達は治癒魔法を掛けていこう」
「そうだね、私が残ってるのは『強い倦怠感』『全体的な鈍痛』くらいかなぁ」
エリシアが自分の体を眺めながら、まだ回復していないところを挙げていく。
「大体、みんな同じだな」
「……私、あと背中がある」
「あ〜、ね。私リーンさんの後ろには乗りたくないな……」
「俺も……」
「すごいんだけどね……」
アミルがしみじみと呟いた。
それから、エリシアとセドリスは倦怠感を、アミルは背中の引き攣りを治していった。
「ねぇ、何で鈍痛を残したの? 痛い方が嫌じゃない?」
ユーリが二人に問い掛けた。
エリシアとセドリスは互いに目を合わせて、ユーリに向き直ると、
「痛みは何とか我慢出来るけど、倦怠感は、考え方がマイナスになるし、やる気も出ないし、何かしんどいのが嫌」
と、説明をした。
ユーリはとても微妙な顔で笑って、「何かごめん」と謝った。
とりあえず全員に名札がついて、名簿代わりの簡易カルテを作った。
そして医療士見習いの三人が、蔦で作った仕切りの中で、健診する形に落ち着いた。
蔦の仕切りは魔法士見習いが作ったもので、そこに騎士見習いの少女三人が花を付けていった。
可愛さが足されて、それだけで女子達の気分が上がる。
「ありがとう、すごくやる気出る! 私、エリシアよ。こっちがアミル」
「あたしはエレオノーラ。で、フィアに、ミランダよ」
エレオノーラは、顎の辺りで揃えた金髪を、片側だけ耳に掛けていて、きらりと光る緑のピアスが良く似合っている。
フィアはみんなより頭一つ分背が高く、肩幅もしっかりしていた。
けれど、背中を丸めて立つ姿はどこか居心地悪そうだ。
「私、少しでも小さく見られたくて……」
照れた笑顔はどこか幼くて可愛らしかった。
そしてミランダはそんな二人に挟まれて「私はこれといった特徴も何もないから、普通の子って覚えてくれたらいいわ」と、肩をすくめた。
けれど、セルシィよりも濃い紫色の髪は十分に魅力的で、どこが普通なのだろうとエリシアは密かに首を傾げた。
そんなはしゃぐエリシア達を横目に、淡々と椅子を用意していくセドリス。
――健診自体は、問題なく進んだ。
少し問題があったとするならば、アミルが同年代の男子と一対一になって恥ずかしがった結果、セドリスとエリシアがアミルをフォローし、予定より多く診ることになったくらいだ。
アミルはエリシアとセドリスに、真っ赤な顔でひたすら謝り倒したのだった。
仕切りの中でエリシア達が簡易カルテを整理していると、「お〜い!」と、外から声が掛かった。
何だろう、とエリシアが顔を出すと、数人の騎士や魔法士の見習いが手を振っている。
エリシアが手を振り返すと、彼らはどこか照れたような反応を返した。
ますます分からなくてエリシアがセドリス、アミルと視線を交わし合っていると、一人の騎士見習いが他の子に背中を押されながら出て来た。
「お前言えよ!」
「何でだよ、言い出したのおまえだろ!?」
と、わちゃわちゃと揉めている。
セドリスがカルテ整理に戻ろうかと思い始めた時、ようやく代表の子が顔を赤くして叫ぶように言った。
「健診お疲れ様!! この後のティータイムは俺達がみんなで準備するから、三人はその間自分達のをしたらいいと思う! あ、あ、後は任せてくれ!」
言い終えるなり、少年達は照れ隠しのように一斉に散っていった。
エリシア達が見送る中、彼らは広間へ向かい、健診のために片付けていたテーブルを、手や魔法で次々と元に戻していった。
あっという間にあのキラキラした“お茶会”が復活した。
「すごい……私も恥ずかしがらずに頑張る!」
テーブルにクロスが張られ、お花が飾られていくように魅入っていたアミルは、興奮気味に頬を染めてそう言った。
「よし、さっさと健診終わらせよう。あそこまでしてくれたんだ」
そう言ってセドリスは椅子に座ってまず健診を受けた。
エリシアが両手を翳して、頭から足先まで体をなぞるように、魔力を流した。
すると、白紙のカルテにどんどん情報が浮かび上がっていく。
今回は自分たちだけで出来る範囲という事なので、身長、体重、魔力量、といった一般的なものと、不調な箇所の大体の位置特定といったところだ。
「……セドリス。あなたの不調な箇所の書き出し、終わらないんだけど」
思わず無表情になったエリシア。
横目でカルテを見ると、次々と浮かび上がって二枚目に突入しそうになっている。
「大丈夫だ。君ら二人も終わらないから」
何ということはない、とでもいうようなセドリスに、エリシアとアミルは、声をあげて笑った。
――そして、各棟の見習い達が揃った初めての“お茶会”が、ようやく開始されたのだった。
丸いテーブルが六台用意され、そこに五人を目安に、ゆったり座る形になった。
全員をシャッフルして座ろうかという案も出たものの、始めは座りたいように座って、その後席替えか何か、考えようという事になった。
エリシアとアミルはもちろん一緒。
そこでエレオノーラ達三人に誘われた時、セドリスが「俺はあっちに行くから良いよ」と、颯爽と他のテーブルに行ってしまった。
あまりにあっさり行ってしまったので、ほんの少し寂しさを感じながら、エリシアとアミルはエレオノーラ達と一緒に座る事にした。
セドリスは、何処にいても“セドリス”だった。
準備の時に友達になったのか、すんなりと話の中に入っていく。
でも彼の落ち着いた様子に、同じテーブルの子達が、いつものノリで話していいのか、みたいな顔をしていてエリシアは笑った。
給仕をする者はおらず、食器達が上手に紅茶を淹れて、ケーキもお皿に乗せた状態で飛んでくる。
大人達の魔法は、いつも気が利いていて正確だ。
香り高い紅茶と、美味しいケーキ。
新しい友人達との会話には、遠回しな言葉も嫌味もない。
ただ年相応の、賑やかで他愛のないものだった。
「……ねぇ、セドリスは貴方達どっちかと……だったりするの?」
口火を切ったのはフィアだった。
ワクワクを隠せていない目で、テーブルに少し乗り出している。
それを聞いたエリシアとアミルは顔を見合わせ、楽しそうに笑って否定した。
「まっったくないよ! ねぇ、アミル」
「うん、そういうアレじゃないの」
「どっちも? 誰も? あんな距離感で何も無し?」
ミランダが疑いの目で二人を見つめた。
その瞳には『つまんなぁ〜い』と書いてある。
「残念でした。何にもないからあの距離感なのよ」
「も〜! 面白い話が聞けると思ったのに〜」
「フィアもミランダも、途中からずっとその事話してたのよ。私が『あの空気感は違うと思う』って言っても聞きやしないの」
ほらね? と、ニヤニヤ笑うエレオノーラに、フィアも、ミランダも、ようやく負けを認めた。
フィアとミランダは手帳を取り出し、エレオノーラに「掃除当番、この日でいい?」と聞いた。
「いいわよ」
満足そうに笑うエレオノーラ。
エリシアが尋ねると、『賭け』をしていたという。
セドリスと自分達の関係が、賭けの題材になっていたなんて、思いもしなかったエリシアとアミルは心底驚いていた。
「嘘でしょう!?」
エリシアがフィアを見た。
フィアは苦笑いを浮かべて、「ごめんねね?」と言った。
「いや別に驚いただけで怒ってないわよ」
「なら良かった。あのね、騎士って何かと賭けをよくするのよ。でも、賭けるのは掃除当番とかそんなのだから、気を悪くしないでね」
ミランダが、慌ててフォローに回った。
「私たちの事で、誰かが掃除とか何か得する事があるなんて、何か不思議な感覚だね〜」
アミルが本当に不思議そうに、のんびりと言ったものだから、四人は噴き出して笑い合った。
アミルだけが、「何でそんなに笑ってるの〜!」と、一人焦っていて、それも笑いの種になった。
――その後、席は何度か入れ替えられ、笑い声と話題はテーブルを越えて広がっていった。
「なぁ、今度は魔馬に乗らないか? 箒より断然安心だし、めちゃくちゃ可愛いぞ!」
「いいな。でもまたすぐに筋肉痛になるとさすがに怒られそうだから、せめて半年は欲しいな」
「なげー!」
隣のテーブルのセドリスと騎士見習い達の会話が聞こえてきて、エリシア達は顔を見合わせて笑い合った。
途中からテーブルを片付け、フワフワのラグとクッションを光の鳥に頼んだ。
すぐに届いたそれを床に敷き、みんなで輪になっておしゃべりをした。
マナーも何も無いそれが一番楽しくて、エリシア達のお気に入りになった。
「あ、ブランコ!」
エリシアが思い出したように立ち上がると、アミルだけでなく、近くにいた女の子達まで一緒についてきた。
気がつけば、誰が騎士見習いで、誰が魔法士見習いなのか。
そんなことは、もうどうでもよくなっていた。
友達と乗る大きなブランコは、とても楽しくてずっと乗っていたい気分だった。
初めは何をしたらいいのか戸惑った子供達も、今やみんな笑顔で思いのまま楽しんでいる。
エリシアはブランコに揺られながら、いつの間にか出来上がっていた大きな輪を、ずっと笑顔で見つめていた。




