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砦のエリシア ―辺境砦で紡ぐ、医療士たちの日々―  作者: 灯影
第4章 子供でいる時間 

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20話 初めての“輪”

 

 しかし、その言葉を聞いても、喜びの声を上げる者は誰一人いなかった。


 光の鳥に向かって騎士見習いの少年が声を上げた。


「でも、僕は他の騎士見習いみたいに器用じゃないんです! 未だに剣に魔力を乗せられないし……、すぐにやられちゃうし……」


 それはみんな同じだった。

 早く追いつきたい、役に立ちたい。

 でも役に立たない、弱い、情けない。

 だから早く“何か”したくて不安になる。


 周りの見習い達は、それぞれの反応を見せたが、心の奥では同じなのだろう。


 目を伏せた者。

 それでも前を向いている者。

 揺らぐ瞳で周りを見渡す者。


 みんな『何もしないでいい一日』を、受け止められないようだった。


 焦りも、戸惑いも、悔しさも、敗北感も。

 それでも立ち上がろうとする強さを抱えた少年少女達には、先のことを考える余裕などなかった。

 今、少しでも追いつくことしか見えていない。


 そわそわと落ち着かない様子で、互いの顔を窺う子供達。

 その光景は、“光の鳥の目”を通して、大人達のいる部屋に映し出されていた。


 子供達の様子を見ていた士長達は、言葉を失った。

 静かな部屋に、大人達の困惑の色が広がった。


「もっと……みんな喜ぶと思ったんだけどなぁ……」


 セリオンの呟きには戸惑いが混ざっていた。

 セルシィはまるで自分まで傷ついたかのように、胸元を押さえ、ロデリックは自分の見習いを思って泣きそうになっていたが、拳を強く握る事で堪えていた。


 そんな中、アランだけは変わらずいつもの涼しい顔で様子を見ていた。

 ただ誰も、目の前の映像から目を離せずにいた。


「子供達を困らせちゃったのかな」

「いや、セリオン。まだ間に合うぞ。楽しさを分からせれば良い」

「そうね。子供の“あんな姿”……あまり良い気はしないわね」


 息抜きすら戸惑いを見せる子供に、大人達の胸は締め付けられた。 


「きっとこれからですよー。まだ大丈夫ですって。だって彼らはまだ“子供”ですから」


 アランはいつもの笑顔で言い切った。


「それに、雪の中のお茶会ですよ? こんな楽しそうな事ありますー? 自分で作っててすっごく楽しかったですよ?」

「いや、力作すぎよ。あなたこんな事も出来たのね」

「終わった後は、雪合戦でもいいな!」

「あら、それは楽しそうね!」


 興奮気味に話を始めたセルシィとロデリックを横目に、アランが楽しげに子供達に向けて話し始めた。


「いきなり“何もするな”が難しいなら、ここで今から健診でもしてもらおうかな。もちろん毎月の健診とは別に、医療士見習いの三人にやってもらうから、簡易だよ。その後は……そうだなぁ、みんなでお茶でも飲んだらどうかな? “お茶会”ってそういうものでしょう?」


 光の鳥は翼を大きく広げると、アランの言葉を伝えた。

 一気にざわつく子供たち。

 医療士見習いの三人は、「……え、健診?」と戸惑った。

 けれど、他の子供達からは、


「本当に遊んでいいの……?」

「お茶会……ちょっと楽しみかも」


 と、前向きな言葉が出てきた。

 “やること”を与えられて、ようやく動き出せたのだった。



 そんな中、エリシア達三人は、状況を整理していた。


「この場にいるのは、騎士見習い、十六人。魔法士見習い、十人。だから、二十六人の簡易健診だな。でもその前に、俺たちの治癒をしないとな」

「うんうん、それから色々決めていこうか」


 セドリスが率先して段取りを決めていると、魔法士見習いの少女がひょこっと顔を出した。


「ねぇ、名札作ろうか?」


 左手を差し出して、「あたし、ユーリ」と笑った少女は、黒髪を頭の上でぐるぐると巻いた、特徴的な髪型をしていた。

 思わずそこに目がいったエリシアに、ユーリが「“あたし”ってすぐに分かるでしょ?」と、笑った。

 慌てて三人も自己紹介をして、握手を交わした。


「みんなの名前をさ、こうやって――葉っぱに刻んで胸に着けたらいいんじゃないって思ったんだけど」


 ユーリは説明しながら、葉っぱに魔法で名を刻み、胸にピタリと貼り付けた。

 とてもわかりやすいし、何だかすごく可愛い。

 エリシアはパッと笑顔になった。


「わぁ、それいい!」

「可愛い〜、素敵!」


 アミルも両手を合わせて感動している。


「それがあると助かるわ! みんなの分、お願いできる?」

「ああ、悪いが頼む」


 ユーリはエリシアとセドリスに、にかっと笑った。


「悪いことなんて何もないよ。みんなも名前、覚えたいでしょ?」


 ユーリは「は〜い、みんな並んで!」と、列を作り上げてササっと名札を貼り付けていった。

 途中、列に並んでいた魔法士見習いの友達に「あんたは手伝う側でしょ!」と、列から追い出していて、エリシア達は笑いあった。


「この間に俺達は治癒魔法を掛けていこう」

「そうだね、私が残ってるのは『強い倦怠感』『全体的な鈍痛』くらいかなぁ」


 エリシアが自分の体を眺めながら、まだ回復していないところを挙げていく。


「大体、みんな同じだな」

「……私、あと背中がある」

「あ〜、ね。私リーンさんの後ろには乗りたくないな……」

「俺も……」

「すごいんだけどね……」


 アミルがしみじみと呟いた。


 それから、エリシアとセドリスは倦怠感を、アミルは背中の引き攣りを治していった。


「ねぇ、何で鈍痛を残したの? 痛い方が嫌じゃない?」


 ユーリが二人に問い掛けた。

 エリシアとセドリスは互いに目を合わせて、ユーリに向き直ると、


「痛みは何とか我慢出来るけど、倦怠感は、考え方がマイナスになるし、やる気も出ないし、何かしんどいのが嫌」


 と、説明をした。

 ユーリはとても微妙な顔で笑って、「何かごめん」と謝った。


 とりあえず全員に名札がついて、名簿代わりの簡易カルテを作った。


 そして医療士見習いの三人が、蔦で作った仕切りの中で、健診する形に落ち着いた。

 蔦の仕切りは魔法士見習いが作ったもので、そこに騎士見習いの少女三人が花を付けていった。


 可愛さが足されて、それだけで女子達の気分が上がる。


「ありがとう、すごくやる気出る! 私、エリシアよ。こっちがアミル」

「あたしはエレオノーラ。で、フィアに、ミランダよ」


 エレオノーラは、顎の辺りで揃えた金髪を、片側だけ耳に掛けていて、きらりと光る緑のピアスが良く似合っている。


 フィアはみんなより頭一つ分背が高く、肩幅もしっかりしていた。

 けれど、背中を丸めて立つ姿はどこか居心地悪そうだ。


「私、少しでも小さく見られたくて……」


 照れた笑顔はどこか幼くて可愛らしかった。


 そしてミランダはそんな二人に挟まれて「私はこれといった特徴も何もないから、普通の子って覚えてくれたらいいわ」と、肩をすくめた。


 けれど、セルシィよりも濃い紫色の髪は十分に魅力的で、どこが普通なのだろうとエリシアは密かに首を傾げた。


 そんなはしゃぐエリシア達を横目に、淡々と椅子を用意していくセドリス。


 ――健診自体は、問題なく進んだ。


 少し問題があったとするならば、アミルが同年代の男子と一対一になって恥ずかしがった結果、セドリスとエリシアがアミルをフォローし、予定より多く診ることになったくらいだ。


 アミルはエリシアとセドリスに、真っ赤な顔でひたすら謝り倒したのだった。



 仕切りの中でエリシア達が簡易カルテを整理していると、「お〜い!」と、外から声が掛かった。


 何だろう、とエリシアが顔を出すと、数人の騎士や魔法士の見習いが手を振っている。

 エリシアが手を振り返すと、彼らはどこか照れたような反応を返した。

 ますます分からなくてエリシアがセドリス、アミルと視線を交わし合っていると、一人の騎士見習いが他の子に背中を押されながら出て来た。


「お前言えよ!」

「何でだよ、言い出したのおまえだろ!?」


 と、わちゃわちゃと揉めている。

 セドリスがカルテ整理に戻ろうかと思い始めた時、ようやく代表の子が顔を赤くして叫ぶように言った。


「健診お疲れ様!! この後のティータイムは俺達がみんなで準備するから、三人はその間自分達のをしたらいいと思う! あ、あ、後は任せてくれ!」


 言い終えるなり、少年達は照れ隠しのように一斉に散っていった。

 エリシア達が見送る中、彼らは広間へ向かい、健診のために片付けていたテーブルを、手や魔法で次々と元に戻していった。


 あっという間にあのキラキラした“お茶会”が復活した。


「すごい……私も恥ずかしがらずに頑張る!」


 テーブルにクロスが張られ、お花が飾られていくように魅入っていたアミルは、興奮気味に頬を染めてそう言った。


「よし、さっさと健診終わらせよう。あそこまでしてくれたんだ」


 そう言ってセドリスは椅子に座ってまず健診を受けた。


 エリシアが両手を翳して、頭から足先まで体をなぞるように、魔力を流した。

 すると、白紙のカルテにどんどん情報が浮かび上がっていく。

 今回は自分たちだけで出来る範囲という事なので、身長、体重、魔力量、といった一般的なものと、不調な箇所の大体の位置特定といったところだ。


「……セドリス。あなたの不調な箇所の書き出し、終わらないんだけど」


 思わず無表情になったエリシア。

 横目でカルテを見ると、次々と浮かび上がって二枚目に突入しそうになっている。


「大丈夫だ。君ら二人も終わらないから」


 何ということはない、とでもいうようなセドリスに、エリシアとアミルは、声をあげて笑った。


 ――そして、各棟の見習い達が揃った初めての“お茶会”が、ようやく開始されたのだった。



 丸いテーブルが六台用意され、そこに五人を目安に、ゆったり座る形になった。


 全員をシャッフルして座ろうかという案も出たものの、始めは座りたいように座って、その後席替えか何か、考えようという事になった。


 エリシアとアミルはもちろん一緒。

 そこでエレオノーラ達三人に誘われた時、セドリスが「俺はあっちに行くから良いよ」と、颯爽と他のテーブルに行ってしまった。

 あまりにあっさり行ってしまったので、ほんの少し寂しさを感じながら、エリシアとアミルはエレオノーラ達と一緒に座る事にした。


 セドリスは、何処にいても“セドリス”だった。

 準備の時に友達になったのか、すんなりと話の中に入っていく。

 でも彼の落ち着いた様子に、同じテーブルの子達が、いつものノリで話していいのか、みたいな顔をしていてエリシアは笑った。


 給仕をする者はおらず、食器達が上手に紅茶を淹れて、ケーキもお皿に乗せた状態で飛んでくる。

 大人達の魔法は、いつも気が利いていて正確だ。



 香り高い紅茶と、美味しいケーキ。

 新しい友人達との会話には、遠回しな言葉も嫌味もない。

 ただ年相応の、賑やかで他愛のないものだった。


「……ねぇ、セドリスは貴方達どっちかと……だったりするの?」


 口火を切ったのはフィアだった。

 ワクワクを隠せていない目で、テーブルに少し乗り出している。

 それを聞いたエリシアとアミルは顔を見合わせ、楽しそうに笑って否定した。


「まっったくないよ! ねぇ、アミル」

「うん、そういうアレじゃないの」

「どっちも? 誰も? あんな距離感で何も無し?」


 ミランダが疑いの目で二人を見つめた。

 その瞳には『つまんなぁ〜い』と書いてある。


「残念でした。何にもないからあの距離感なのよ」

「も〜! 面白い話が聞けると思ったのに〜」

「フィアもミランダも、途中からずっとその事話してたのよ。私が『あの空気感は違うと思う』って言っても聞きやしないの」


 ほらね? と、ニヤニヤ笑うエレオノーラに、フィアも、ミランダも、ようやく負けを認めた。

 フィアとミランダは手帳を取り出し、エレオノーラに「掃除当番、この日でいい?」と聞いた。


「いいわよ」


 満足そうに笑うエレオノーラ。

 エリシアが尋ねると、『賭け』をしていたという。

 セドリスと自分達の関係が、賭けの題材になっていたなんて、思いもしなかったエリシアとアミルは心底驚いていた。


「嘘でしょう!?」


 エリシアがフィアを見た。

 フィアは苦笑いを浮かべて、「ごめんねね?」と言った。


「いや別に驚いただけで怒ってないわよ」

「なら良かった。あのね、騎士って何かと賭けをよくするのよ。でも、賭けるのは掃除当番とかそんなのだから、気を悪くしないでね」


 ミランダが、慌ててフォローに回った。


「私たちの事で、誰かが掃除とか何か得する事があるなんて、何か不思議な感覚だね〜」


 アミルが本当に不思議そうに、のんびりと言ったものだから、四人は噴き出して笑い合った。

 アミルだけが、「何でそんなに笑ってるの〜!」と、一人焦っていて、それも笑いの種になった。


 ――その後、席は何度か入れ替えられ、笑い声と話題はテーブルを越えて広がっていった。


「なぁ、今度は魔馬に乗らないか? 箒より断然安心だし、めちゃくちゃ可愛いぞ!」

「いいな。でもまたすぐに筋肉痛になるとさすがに怒られそうだから、せめて半年は欲しいな」

「なげー!」


 隣のテーブルのセドリスと騎士見習い達の会話が聞こえてきて、エリシア達は顔を見合わせて笑い合った。


 途中からテーブルを片付け、フワフワのラグとクッションを光の鳥に頼んだ。

 すぐに届いたそれを床に敷き、みんなで輪になっておしゃべりをした。

 マナーも何も無いそれが一番楽しくて、エリシア達のお気に入りになった。


「あ、ブランコ!」


 エリシアが思い出したように立ち上がると、アミルだけでなく、近くにいた女の子達まで一緒についてきた。


 気がつけば、誰が騎士見習いで、誰が魔法士見習いなのか。

 そんなことは、もうどうでもよくなっていた。


 友達と乗る大きなブランコは、とても楽しくてずっと乗っていたい気分だった。

 初めは何をしたらいいのか戸惑った子供達も、今やみんな笑顔で思いのまま楽しんでいる。

 エリシアはブランコに揺られながら、いつの間にか出来上がっていた大きな輪を、ずっと笑顔で見つめていた。


 

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