19話 大雪のお茶会
やっと体の痛みが半分ほど取れたある日。
――辺境伯領の砦は、大雪に見舞われていた。
魔獣の中には雪が苦手なものが多い。
それはこの周辺の魔獣の特性でもあるものの、なぜ雪深いこの辺境伯領にそんな特性を持つ魔獣が多いのかは、未だ分かっていないらしい。
とは言え、ここは砦の地。
大雪には負けないのだ。
「今年の雪おろし、すごい! ハラハラし通しだよ!」
エリシアは、セリオンと共に魔導車の窓から空を眺めていた。
魔法士達は砦の上空を飛び回り、魔法で雪を溶かし、消し、吹き飛ばしていた。
何年か前に始まった小芝居は年々大掛かりになり、今では脚本担当までいる冬の風物詩になっている。
「今年の脚本は誰だろうね……派手なシーンが好きみたいだ」
窓枠に腕を置いて眺めるセリオンは、僅かに目を輝かせている。
「お父様もやってみたら?」
「魔法士達の楽しみをとったらセルシィに叱られてしまうよ」
「これは魔法士限定なの?」
「そうなってるね」
「そうなんだ〜……あ!!」
主役(?)の後ろに控えていた魔法士が派手に失敗して、観客席――砦から見てるみんなから笑いが起きた。
その失敗すらとても面白くて、セリオンの肩をパシパシ叩きながら、エリシアは声を上げて笑った。
「見たー!? お父様、今の!」
「あはは、ほら、エリシア見てごらん。魔法の粒が窓に跳ねてるよ。今年は本当に派手だねぇ」
二人は空で繰り広げられる“雪おろし”が無事終わるまで、魔導車から降りる事はなかった。
***
エリシアが更衣室に入ると、少しの時間差でアミルがやって来た。
アミルも外に長く居たのか、鼻の頭と頬が赤くなっている。
「おはよう、アミル。ねぇ、あれ見た?」
「見たよ〜! 寒かったけど、すっごく面白かった! 風魔法で飛ばされた雪の結晶がキラキラ舞って、ほんっとーに、素敵だった……」
うっとりと語るアミルは、今日も可愛いく髪を纏めていた。
アミルは最近髪型に凝っていて、不器用なエリシアからすると、とんでもなく高度なものに見える。
普段はワークパンツで仕事をする分、髪型くらいは可愛くしたい――それが女の子達の、せめてもの乙女心なのだ。
もちろんエリシアもだが、自分では出来ないので、もっぱらリヴィアにお任せしている。
「外にいたらそんなのも見れるんだ、いいなぁ〜明日もやるなら、私絶対外に出たい!」
「あ、魔導車?」
「そうなの。流石に徒歩は無理だった」
「私も埋まったよ〜。だからお父さんとソリで来たの」
「アミルのお父様は、砦の料理人さんだよね」
「うん。昔“雪おろし”を見るデートが流行ってて、『そこでお母さんにプロポーズしたんだ』って毎回しつこいの。だから今日も朝からうるさかった〜」
今朝も親の馴れ初めを聞かされて、心底うんざりのアミルに、エリシアは「ほんと仲良しだねぇ」と、笑った。
エリシアが外套(今日は少し細身な物)を脱いでエプロンを身につけた時、更衣室の中に光の鳥がやってきて『全員、会議室に集合』と、三度繰り返すと、スッと消えた。
みんなで、何だろうね? と、言い合いながら会議室に着くと、セリオンとアランが立っていた。
「おはよう、みんな。もう見たまんまだけど、今日は大雪です。そんな日は?」
アランが視線を巡らせていく。
何とも質問の意図が分からずに、医療士達は逃れるように、そっと目を逸らした。
それが出来ずにバッチリと目を合わせてしまったのはアミルだった。
思わず後退りそうになるのを必死で堪えていて、エリシアは笑いそうになった。
「はい、お利口さんだねぇアミルは。じゃあもう一度言うからね。大雪の日は?」
「え!? え、えと。転ぶ人が増えて、その、怪我人が多くなったり、あと……あ、遭難とか……?」
「概ね正解かな〜。こんな日はどんな症状で来るか分からないから、何にでも対応出来るように準備しようね。この日ばかりは医療士達は大忙しだよ。じゃあ医療士のみんなは早速取り掛かって。見習いは残って」
医療士達は、気を引き締めて頷くと各々持ち場へ散って行った。
「さてさてさて、一人いないの気付いてる?」
「「はい」」
エリシアとアミルは大きく頷いた。
いつも早いセドリスがいない。
ずっと気になっていたのだ。
「彼は君達よりもだいぶ早くに来てたからね、準備に回ってもらったよ。それくらいならもう動けそうだしね」
「……準備?」
エリシアの問いかけに、セリオンが微笑みながら頷いた。
「中庭に行ってごらん。三人揃ったら今日の分の治癒魔法を使いなさいね。レポートは無しでいいから」
「……レポート、無しですか?」
アミルが驚いて声を上げた。
セリオンは、そんなアミルに優しい笑みを返すと、小さく頷いた。
「うん。本当は私が治癒をかけようと思ったんだけど、アランに止められてね」
「当たり前でしょ〜、彼らの貴重な経験を奪うのは許されませんから」
「と、言う事なので、治癒の仕組みを理解しながら魔法を使うんだよ。それが勉強だからね」
エリシア達は真剣な顔で頷くと、いまの精一杯の速さで中庭へと急いだ。
中庭はどの棟からも行ける立地にある。
外に面した渡り廊下は壁がなく、既に外套を脱いだ二人に、雪をはらんだ風が容赦なく吹き荒ぶ。
「さーむーいー!!」
そう言いながらも、エリシアの顔は笑っている。冬が一番好きな季節なのだ。
「寒いよ〜」
アミルが震える身を寄せてきた。
二人で腕を組んで歩くと、少し寒さが和らいで、ふふ、と微笑みあった。
「もう、本当いい加減体治って欲しい」
「全部治ったらさ〜。私たち飛べちゃうくらい、体が軽く感じるかもしれないね〜?」
その時二人を呼ぶ声が、風に乗って聞こえてきた。
エリシアがきょろきょろと、辺りを見回すとセドリスが中庭の端で、手を振っているのが見えた。
しかし問題はそこではない。
吹雪の切れ間から、あるはずのない丸い光がちらりと見えた。
「……私、目までやっちゃった?」
エリシアは一度ぎゅっと目を閉じ、恐る恐る開いた。
――吹雪の奥。まだ、見えている。
隣でアミルも眉間に皺を寄せて、同じように目を凝らしていた。
その真剣な顔が妙に可愛くて、エリシアはプーっと吹き出してしまう。
「も〜、笑わないで〜。でも、違うみたい。私にも見えるもん」
二人はそろって目を凝らすと――
やっぱり、あった。
“お茶会”のような光景が。
こんな大雪吹き荒れる中庭に、突如として“ちょっとしたお茶会”がセッティングされている。
しかし、よく見れば結界がドーム状に張られていて、雪とは無縁の温かそうな空間が出来上がっていた。
「おはよう! こっち――ぅわ!」
セドリスは手を振りながら二人の元に行こうとしたが、回復しきっていない足がもつれて倒れると、そのまま雪に埋もれた。
「わぁ、セドリス!」
慌てて助けに行こうと思った矢先、セドリスは無事に救助された。
両端を支えているのは、騎士見習いの子達だ。
見ると、他にも魔法士見習いの子達もいる。
エリシアとアミルは、声を揃えて呟いた。
「「どういう事?」」
***
二人が足を踏み入れた瞬間――そこはまるで別世界だった。
肌に感じる温度は適温で、足を進めるごとに、そこら中から草花の良い香りがしてきた。
外の吹雪がうまい具合に目隠しになっていて、何となく落ち着く空間だ。
魔法の筈なのに、明るさが自然の光に感じられて、エリシアは驚きを隠せないでいる。
ゆっくりと、一歩踏み出した。
足元には柔らかな芝。
見上げると鉢植えの植物や花がふわふわと浮いていて、見たことのない光景を作り出していた。
蔦や花が空みたいな天井から垂れ下がっていたりもして、植物園にでも居るような気分だ。
誰が作ったのか、蔦のブランコまであった。しかも結構大型で、一度に五人は乗れそうだ。
「……アミル! 後で絶対、一緒に乗ろう!」
「もちろんだよ〜!」
エリシアは、胸を弾ませながら、もう一度ぐるりと周りを見渡した。
時折、少しの雪がハラハラと落ちてくるのがまた何とも素敵なアクセントになっていた。
「……これ、作った人天才?」
ぼーっと見惚れてしまっているエリシアの口から、ポツリと出た言葉に、アミルも何度も頷いた。
「……すごいね〜!」
エリシアは周りを見るのに夢中で、しばらく体の痛さを忘れていた程だった。
そこで最近よく見る光の鳥が、結界を超えて大きなブランコに止まった。
思い思いに部屋を堪能していた見習い達が、光の鳥の前に自然と集まり始める。
エリシア、セドリス、アミルは普段から見慣れた光の波長に、三人が揃って(もしかしなくても……あの人だ)と、身構えた。
「やぁやぁ見習いの子供達。お気に召してもらえた〜?」
鳥が話し始めると、周囲がざわつき始めた。
(やっぱり〜!!)
三人の心の声が揃う。
周りはと言うと――
「この声、医療副士長か?」
「アラン副士長だよな、あの人が、ここ作ったのか?」
「何者だよ……」
「魔法士だと思ってた!」
「何が起こってるのかと思ったよ」
など、驚いた様な会話が飛び交っている。
みんなもやっぱりこの状況に戸惑ってたんだ、とエリシアは自分だけじゃない事に少し安心した。
光の鳥はまた話し始めた。
「今日はみんなにご褒美をあげようと思って、この“お茶会”を用意したんだ。仕事も、鍛錬も今日は休みなさい。君達は見習いになる前からこの砦に来ていたね。ちょ〜っと大人が心配になる程、駆け足過ぎだからね」




