18話 大人達の宿題
食堂を出た後は、気持ちも軽く物品洗浄をこなしていた。
次は各部屋の清掃へと向かったエリシア達だったが、ここでセドリスが“待った”をかけた。
「……エルシー、掃除魔法は使うなよ? 俺も出来るだけ魔法は使わない様にするから」
「うぐ! 申し訳ございません……」
「いいよいいよ、苦手な事があって当然なんだから〜。私も魔法使わないね」
「いや、それだと時間がかかり過ぎるから、アミルは使ってくれ。三人の中で一番上手いだろ」
「そうかなぁ? じゃあ頑張るね」
そうしてエリシアとセドリスは、アミルの掃除魔法の補佐をする形で、一生懸命掃除に励んだ。
アミルが魔法で埃やごみを集めると、エリシアが乾拭き、セドリスが水拭きを担当した。
体がぎしぎしと音を立てそうなほどぎこちない動きの二人に、アミルは少しだけ笑った。
そしてようやく一つ目の部屋が綺麗になった頃には、エリシアとセドリスの額から汗が垂れていた。
「終わったー!」
エリシアは壁にぐったりともたれかかった。
「魔法なしでの掃除は疲れるな……」
「お疲れ様二人とも〜、何かごめんね」
「むしろ謝るのは、“お掃除魔法”が使えない私の方です……」
「何にせよ、一部屋だけでも夕方前に終わって良かったよ。残りの部屋は間に合わなかったが、こういう時こそきちんと他の人に頼ろう。だからあとはレポートだけだな」
「じゃあ、図書室に行こっか」
エリシアの提案に二人は頷くと、早速図書室へ向かった。
重い体を引き摺りながら廊下を歩く三人は、ようやく見えた図書室にほっとした。
扉を開け部屋の中へ入ると、古書の独特な香りがした。
「治癒魔法のレポートはまぁ何とかなるとして、問題は……」
本棚の間を通り抜けながら、「百選、だよね〜」と、アミルが可笑しそうに言った。
「百個も無理だよー、アランさん絶対からかってるよ、あれ」
「でも出さないと、絶対何か言われるぞ」
「そうなのかな〜?」
セドリスは、ふと周りを見渡した。
「そう言えば、人がいるの見た事ないな、ここの図書室」
「確かにないね。医療士になるとホイホイ来れる時間がないのかも」
「人いないおかげで、話しながら出来るのいいね〜」
定位置にもなりつつある席に着いた三人は、普通のレポートから取り掛かった。
「アミルが言ってた『魔力が糸みたい』っていうの、私は分からなかったんだよねー」
頬杖をついて残念そうなエリシアに、セドリスが「あ、悪い」と声を上げた。
「俺が違うやり方でアプローチしたからな」
それを聞いて納得したエリシアは、安心したように笑った。
「良かったー、私なにか鈍いのかと思っちゃった。渦巻いてる感じだったから」
セドリスがにっと片方だけ口角を上げて笑った。
「当たりだ。炎症の元が渦の中心になる様に外側から魔力を巻いたんだ」
「……何か難しい事言ってる。どうやって書こうかな」
「感じたままで良いんじゃないか? 後は自分のアプローチ法を過程と結果を並べて書けば終わりだ」
「……う、うん」
「何か……セドリスって、すごい頭良いよね〜?」
黙ってやり取りを聞いていたアミルが、二人を見ながらぼそっと呟いた。
「今更だ」
「え!? 今、私と見比べてなかった!?」
「……見比べてなんかないよ〜……ふふ!」
「変な“間”があったよ!?」
三人は笑いながらも、しっかりとレポートを書き上げた。
そして残るはアランのレポート。
三人の羽ペンは、ぴくりとも動かなかった。
エリシアは一旦持っていた羽ペンを机に置くと、ふぅと、小さくため息をつき天井を見上げた。
セドリスとアミルも何度も紙と向き合っては、それぞれ首を傾げたり小さくため息を吐いたりしている。
ちょうどその時、近くの空気が揺れた。
「もしかして……」
エリシアがそう言って、少し腰を浮かせると同時に、ババーン! と、両手を広げたセルシィが現れた。
「エリシア! やだ、少し見ない間にまた可愛くなってるじゃな〜い!」
「やっぱり! セルシィさん!」
エリシアは久しぶりに会ったセルシィに、がたりと椅子から降りて力一杯抱き付いた。
「ごめんね〜、野暮用が長引いて全然戻って来れなかったのよ」
セルシィは、一年前から突然砦に来なくなったのだが、誰も理由を教えてくれなかった。
当時のエリシアは理由も分からないまま、とても悲しい思いをしていた。
「すっごく寂しかった!」
セルシィは、ぎゅうっと掴んで離さないエリシアの頭を、よしよしと撫で続けた。
「で、ここでみんなで何してるの? あなた達、小さい頃から砦に来てた子達よね」
「セドリスです」
「あ、アミルです……」
二人は驚きと緊張が混ざった声でセルシィに頭を下げた。アミルは直視できないようで、チラチラと視線を彷徨わせていた。
「セルシィよ。魔法士団長やってま〜す。エリシアの姉的存在で〜す」
セルシィの自己紹介を聞いた二人は、微妙に頬を引き攣らせていた。
エリシアは苦笑いでセルシィに、あのね、と話しかけた。
「今レポートで悩んでたの」
「何の?」
「『アラン副士長の凄いと思う所、百選』ってやつ」
「……は?」
「だからね? ……アランさんの凄いと思う所、百個書くっていうレポート!」
セルシィは目を丸くして、何度か瞬きをした。
しかしそれも一瞬で、すぐに体を折り畳むほどに、大笑いした。
「あっははは! あの子バカじゃないの!? すっごい面白いじゃない!」
「……困ってるの」
エリシアがそう呟くと、セルシィは優しく笑い、空いていた椅子へ腰を下ろした。
そして足を優雅に組むと、前に垂れた髪を後ろへさっと流した。
「そんなの簡単じゃないの」
「どういう事?」
「手紙を書けばいいのよ」
「でも、レポートと言われたんです」
真面目な顔でセドリスがそう言えば、セルシィは呆れたように笑った。
でもその眼差しはとても温かく、嫌な気分にはならなかった。
「真面目ねー。あのね? 要は褒めれば何だって良いのよ。百選なんて、ただ面白く言ってるだけなんだから。“言葉”をそのまま受け取りすぎ」
真面目と言われて、黙り込んだセドリスを気にしながらも、エリシアは問いかけた。
「……本当にそれで良いの?」
「嘘を書かなければ大丈夫よ」
エリシアは二人と顔を見合わせた。
「ありがとう、セルシィさん。それでやってみる」
「えぇ、頑張ってね。きっと平気よ」
じゃあね〜、と、セルシィは来た時と同様にさっと姿を消した。
三人は互いの顔を見合わせ、小さく頷いた。
「……セルシィさんのやり方でやってみるか」
「そうだね〜やってみよう!」
セドリスとアミルは、急に静かになった空間に戸惑いながらも、切り替えてレポートに取り掛かった。
エリシアもまた、アランの事を考えて羽ペンを動かした。
不器用で拙いながらも想いを込めて書かれた三通の手紙は、あっという間にアランの元へと飛んでいった。
エリシア達は、どこか照れたように顔を見合わせて笑い合い、その手紙を見送った。
***
その頃アランは、セリオンと別れて副士長室で真面目に仕事をしていた。
ひっきりなしに色んな報告書がヒラヒラと部屋へ飛び込んできては、机の上に溜まっていく。
そこから二枚ずつ机に並べて目を通すと、二本の羽根ペンを使ってそれぞれにサインをしていった。一本は自分で書く用、もう一本は魔法で動かす用だ。
淡々とこなしていると、積み重なっていた報告書は残り数枚まで減っていた。
「さすが私、優秀〜」
自画自賛して笑っていると、三通の手紙がアランの元へ飛んできた。
飛んでくる手紙を目で追って、ふっと笑った。
「来たね」
アランは、三人がどうあの“無茶な名目”のレポートを終わらせたかを早く見たくて、ワクワクしながら手紙を広げていった。
「おっと、これは……」
一通を読み終えて、ほくほくした気持ちで次を読む。
読んでるうちに、ニヤニヤが止まらなくなってきた。
「なるほど……そう来たかー」
そして三通目。
ニヤニヤしていた表情が、一転して真面目なものへ変わった。
けれど読み進めるうちに、その顔はみるみる泣き笑いへと崩れていった。
読み終わった三通の手紙を手にしたまま、アランはソファに深く腰掛けた。
頭を背もたれに乗せて、目を閉じると自然に頬が緩んでいった。
大事そうに手紙を膝へ置いて、
「あ〜、……やられたわぁ〜」
と、呟いた。
アランは、嬉しいような恥ずかしいような、そして幸せな余韻に、しばし浸ったのだった。
***
「帰ってきたわよ〜」
「やっとか! 今回は長かったな!」
「お疲れ様、セルシィ」
セルシィは、自室にロデリックとセリオンを呼び出していた。
その割に現れたのはセルシィが最後なのだが、そんなのいつもの事なので男二人は全く気にはしていない。
「おかげで魔力が安定しまくりよ。これならもう十年は大丈夫かしらね」
セルシィは、ふわりと浮かんで見せた。
紫の髪は少し黒みを帯びているが、それはセルシィの魔力が安定している事を示している。
ロデリックは、ふわふわ浮いたままのセルシィをしげしげと眺めた。
「魔力が多過ぎるのも大変だなぁ」
「あら、でもそれで長期休暇もらえてる様なものだから、おいしいわよ。それに今回はとっても良い“温泉”に行ったの。あれ最高よ」
ほうっと、恍惚の表情のセルシィに微妙な反応の男二人。
それを全く気にする事なく、セルシィはぽんと手を叩いた。
「ねえ、それより! さっき見習い三人組に会ったわよ」
「え! どんな感じだった?」
「頭を抱えてたわ」
セルシィが、思い出してけらけらと笑った。
「エリシア達、三人の事か?」
ロデリックが腕を組んで尋ねた。
「えぇ。あの子達アランにお馬鹿な課題出されて真剣に悩んでたのよ。だから少しだけ助けてあげたの」
ふふっと、妖艶に笑うセルシィに、セリオンが苦笑いをした。
「本当に少しだけかい?」
「本当よ、あの子達真面目過ぎるから、少し噛み砕いてあげただけよ」
「あの三人は、びっくりする程真面目で、必死だな。子供らしさが無くて少し心配だ」
そう言ったロデリックに、セリオンはその通りだと大きく頷いた。
「そうなんだ! もっと色々無茶をしたり遊んだり……無理に大人でいようとしなくていいんだけど……」
「驚いた。過保護な貴方から『無茶』って単語がでるなんてね」
「ものの例えだよ。型にハマった大人を目指さなくても良いんだってこと」
「それならもう少し、大人が導いてあげないとダメじゃない。“遊ぶ余裕”を教えなきゃ」
私みたいにね? と、セルシィが笑った。
「俺が教えてやろうか!」
「あんたのは、ただの“無茶”だからダメ」
「何が違うんだ!」
「全然違うわ! この、脳筋が!」
「そもそも遊ぶ余裕って何だよ、いい感じ風に言ってるだけだろ!」
「はん! あんたには一生わかんないわ」
二人のいつものケンカを眺めながら、セリオンは窓の外を見た。
夕暮れは終わりを迎え、窓の外の空は群青色へと染まり始めていた。
確かにあの三人は、幼い頃から砦で育った“砦世代”の中でも、特に大人びている。
それは遊ぶ事をあまり知らないからなのかもしれない。
「子供の時間を作ってあげないと……確かに、それは我々の仕事だね」
今更ながら、セリオンの胸に申し訳なさが込み上げた。
子供だよ、と三人に告げておきながら、実際には子供として扱うことが少なかったのは、自分達大人の方だ。
知らず知らずのうちに、周りの大人達が三人を急いで成長させてしまったのかもしれない。
セリオンは、今からでも何かしてあげられないだろうかと、考え始めたのだった。




