17話 少しだけ軽く
全身の痛みがまだまだ三人を襲っている中、一日に一箇所ずつ、治癒魔法を掛け合うことになった。
そうすることで、『治癒魔法の練習にもなる』と、アランが三人に指導したのだ。
『どういう風に痛かったか、どう治癒をかけたら一番いいか、どこまで動きが制限されて、それを補うにはどうしたらいいのか。そういうのを体で覚えて欲しいんだよね。そもそも君達は全身、一気に治すのまだ無理でしょ?』
アランの最後の言葉に、エリシア達は確かに……と、揃って項垂れた。
更衣室から治療室に移動したエリシア達は、奥の部屋に入った。
治療室自体はとても広く、奥には作業机や検査機器が並んでいる。
医療士達は普段、その一角を待機場所として使っていた。
エリシア達は、木の椅子を三つ集めると、頭を寄せて座り込んだ。
はたから見ると、何か極秘の怪しい相談をしているような雰囲気を醸し出している。
「なぁ、二人は眠れたか? 俺、全く駄目だった。初日は気絶する勢いで眠れたけど……」
「私も! 昨日の方が何してても痛かった……」
「私なんてベッドに乗るまでいつもの五倍は時間掛かったよ〜」
「分かる。俺も乗るの大変だった」
痛い箇所を無意識に庇うことで、また別の箇所を無理して痛める、という悪循環の真っ只中な三人。
エリシアは、俯いたまま呟いた。
「……治癒魔法。かけよっか」
エリシアは、そう言って小さく息を吐いた。
気持ちでは大きなため息だが。
「……そうだな」
今日は三人とも、首を何とかしようということになった。
別に治す箇所は同じでなくても良いのだが、一番辛い場所が首だということに揃って気付いた。
「これ、最後に掛けられる人が一番得だよね……」
アミルが珍しく損得を口にして、二人は少し驚いた顔をした。
試行錯誤で行うので、必然的に最後の治癒が一番理に適ったものになる。
「……くじ引きだな」
「「賛成!」」
公正に作ったくじを順に引いた結果、アミルが一番を引いて崩れ落ちた。
「邪な考えを持ったから……!」
流石にエリシアも、セドリスも、「最後でいいよ?」と、声を掛けたけれど、そこは「それじゃ駄目なの〜」と、譲らないアミルだった。
エリシアがアミルに。
セドリスがエリシアに。
アミルがセドリスにかけることになった。
「……何だろう、アミル相手だと凄く緊張するんだけど」
エリシアは治癒魔法をかける前に、アミルの首に触れる。
触診と合わせて、指先から魔力を流し、体内の状態を確認する『魔力診』を行うのだが、どこもかしこも反応があり、炎症の原因を探るのに時間がかかった。
エリシアは指先を少しずつずらしながら魔力の反応を探した。
「あった……多分ここだと思うんだけど……セドリスも診てくれる?」
セドリスは三人の中で一番、魔力診が得意なのだ。エリシアが示した箇所を、セドリスもそっと指で触れた。
「……うん、この奥だな」
エリシアは、そこに意識を集中した。
「よし、いくよアミル」
「お願いします」
エリシアはどんどん集中を高めて、首の奥深くにある炎症の元に流し込むように、治癒魔法をかけていく。
「あ、温かくなってきた」
「……届きにくいなぁ、少し角度変えるね」
エリシアは真後ろから少し右にずれてから、もう一度魔法をかけた。
「……え、すご〜い。何か魔力が糸みたいに動いてるのわかる! 面白い!」
アミルが治癒魔法をそんな風に感じたのは、初めてだった。
セドリスは興味深そうに眉を上げた。
「へぇ、首だからか?」
「何でだろう、二人の時に色々検証しよう〜」
セドリスとアミルが話している間、エリシアは汗が垂れそうな程、繊細な魔力を首の奥へと流していた。
細く長くしなやかに動く魔力が、ようやく治すべき箇所に辿り着いた。
「いくよ」
その声と合わせて、エリシアはぐんと魔力を一層高めた。
しゅるしゅると痛みの元に巻き付いたエリシアの治癒魔法が、炎症を溶かすように消していく。
アミルは徐々に消えていった痛みに、「もう、大丈夫そう〜」と、少しだけ首を動かした。
ぎこちなかった動きが滑らかなものに変わっていた。
「……首動くー! やったぁ、エルシー。ありがとう!」
抱きつきたいくらい嬉しそうな顔をしているのに、実際は首だけをエリシアへ向けて笑っていた。
「はぁぁぁ、緊張した。あちこち痛んでるし、でも、他の場所には魔力が触れすぎないようにするのが基本だし……すごい疲れた……」
「アランさんがいたら『その緊張感も忘れないで』って言いそうだな」
「言いそう、言いそう!」
アミルは、早速動くようになった首でウンウンと頷いた。
ぐったりしていたエリシアは、体を起こすとセドリスの物真似に参加した。
「そこはほら〜、あのキラキラした笑顔で言わないと! こんな感じの――」
エリシアは、キラキラして見えるような笑顔をして見せた。
「なるほど〜。君達は私をそんな風に見てるんだね。勉強になるなぁ」
「「「ぎゃーー!!」」」
三人は今日の予定に、『アラン副士長の凄い所、百選』のレポートが追加された。
***
今日の三人の予定は、薬草庫の在庫と保管状態のチェック、出来る範囲での物品洗浄、各部屋の清掃だった。
合間に休憩や食事、レポート作成を入れ込んでいく。
もちろん、ついさっき追加されたアランのレポートも。
薬草庫の前に辿り着くと、三人はふーっと息を吐き出した。
「こんなに遠いと思ったの、初めて〜」
三人は顔を見合わせて笑った。
薬草庫に入ると、いつもより独特な香りが三人を出迎えた。
今日は特に甘い匂いと苦い匂いが強くて、エリシアの顔がどんどん歪んでいく。
「……今日のは強烈だな」
「この前来た時は、爽やかな良い匂いだったのに」
セドリスとアミルの会話を聞きながら、エリシアは匂いの中に、少しだけ違和感を感じた。
「何か多分傷んでるやつがありそう――こっちだと思う」
言いながらエリシアは、クンクン、と臭いを嗅ぎ分けながら、摘まれた薬草が並んだ棚の間を、横向きになってすり抜けて行く。
狭い空間は、体の痛みを余計に感じさせた。
背筋を伸ばすだけでも背中がつりそうになって、小さな呻き声が三人分あがった。
「あった、これこれ」
「……その鼻、本当に便利だな」
「わんわん!」
「あはは、エルシー犬かわいい〜」
昔から鼻は利いた。それを薬草や香辛料を嗅ぎ分けながら鍛え続けた結果、今では傷んだ薬草まで見つけられるようになっていた。
傷んだ薬草を手に取ると、それはエリシアの手の中でみるみる萎れていった。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「あ〜! やっちゃった……素手で触ったら駄目なやつだこれ」
「元々傷んでたんだし、大丈夫だろ。ほら、手袋」
セドリスはエリシアに手袋を手渡すと、何も言わずに残りの傷んだ薬草を布袋に入れていった。
薬草には色んな特性があり、素手で触るとさっきみたいに萎れたり、手が腫れ上がったりする物がある。
手袋は必須。
それなのに、小さい頃からの癖で、エリシアはつい先に手を伸ばしてしまう。
分かっているのに直らない。
先に手を出してしまう自分の性格に、最近少し嫌気がさしていた。
「もうー……」
エリシアは、自分に小さな苛立ちを吐き出した。
そして一通り、在庫と保管状態を確認し終わった頃には、とっくにお昼を告げる鐘の音は鳴り終わっていた。
お昼を過ぎた食堂は、いつもよりゆったりとした時間が流れていて、落ち着いた空間だった。
横にも縦にも広い空間に、長い木の机が何本も並んでいて、そこに柔らかな綿を入れた布張りの椅子が、等間隔に置いてあった。
机の上に置かれたままの食器は、食堂の人達の魔法で、上空を飛んで洗い場へと戻って行く。
そのために天井が高く取られているのだ。
三人は入り口からほど近い場所を見つけると、椅子に体を委ねた。
両手をだらんと下に垂らして、顔だけを机に乗せて支える三人。
普段ピシッとしているセドリスも、この時ばかりは疲れに正直だった。
誰も口を開かない。目は焦点がずれていてどこか遠くを見つめていた。
「「「…………」」」
ヒュンヒュン、と上を飛んでいく食器を視線だけで眺めていたエリシアは、のっそりと起き上がった。
頬に机の跡が付いている。
「……おなか空いた」
「俺も……」
「私も空いた〜」
三人は、力を振り絞ってカウンターまで行くと、日替わりランチを注文して受け取った。
そして再び席に着いた時には周りの事情を知らない他の棟の人達から『医療士見習いってあんなに過酷なの……?』と、遠巻きに心配されていた。
「だいぶ弱ってるみたいだけど、大丈夫?」
「「いやー!!」」
「うわー!!」
大人しく食事をしていた三人は、今一番耳にしたくない声が聞こえて、仲良く椅子から滑り落ちた。
「その反応は流石にやり過ぎじゃないかなぁ? ほら、周りの目が凄い事になってるよ?」
アランは手首をくるりと回すと、三人まとめて椅子に戻してあげた。
「すみません。何かもう、条件反射で」
「君が言うと冗談に聞こえないよ、セドリス」
「本気なもので」
アランの後ろから、もう一人白衣姿が現れた。
「やぁみんな、思ったより元気そうだね」
優しい笑顔を浮かべたセリオンだった。
その言葉に、エリシア達は周囲から(あれで!?)という視線が突き刺さるのを感じて、思わず笑いそうになった。
セリオンは三人の近くまで足を進めると、まだあどけなさが残る子供達の頭をぽんぽんぽんと、撫でていった。
「君達はまだ成人前の“子供”だよ。分かるね?」
三人は、「はい」と、頷きながら、何を言われるのか、と身を固くしてセリオンの言葉を待った。
「だからね、“見習い”だからと、何でもかんでも背負わなくていいんだよ。それに責任なんてもう少し大人になれば、嫌でも付いてまわるんだから、今は色んなことを頼りなさい」
エリシアは返事も忘れて、じっとセリオンを見つめた。
大人になろう、役に立たなければ、と張り詰めていた胸に、じわりと、言葉が染み込んでいく。
「甘えて頼ってはいけないと思ってないかい? 特に今は。でもそれが出来るのが見習いなんだよ。今のうちに私やアラン、他のみんなからも色々聞いて学びなさい。君達は少し、しっかりしすぎだ。アランが調子に乗ってしまうよ?」
『アラン』と言う言葉に三人が反応して、肩をぴくりとさせた。
アランがそれをめざとく見ていて、セリオンの少し後ろで、プッと噴き出している。
「ね?」
エリシアは、自分がずっと肩に力を入れていたことに、その時初めて気付いた。
きっと、二人も同じだったのだろう。
三人は力無く笑った。
――セリオンとアランが去った後
「みんなみたいに、何でも出来るようにならないとって思ってた。今は特にこんな状態で迷惑かけてるし」
セドリスの言葉に、エリシアとアミルも頷いて口を開いた。
「……私も。早く挽回しなきゃって」
「子供が何言ってるのって感じだったのかなぁ〜」
「「「…………はぁぁぁ」」」
長いため息を吐いて項垂れる三人を、食堂にいた面々は懐かしいものを見るように、そっと見守っていた。
食堂を出る頃には、三人の肩から余計な力は抜けていた。
そこにあったのは、見習いらしい、年相応の笑顔だった。




