16話 空色の髪の騎士
翌日。
三人は全く仕事にならなかった。
筋肉痛、首の筋を痛めて首が回らない、腕が全く上がらない、酷い倦怠感など、挙げればキリがないほどの後遺症に頭を抱えた。
もちろん周りのみんなはそうなると分かっていたので、別段怒られる事もなかったのだが、普通にしててもどこかしらが痛むので何もできなかった。
「その感覚も“学び”だから、頑張って乗り越えようね。でも一つだけ治してあげるから、何を治したいか教えてくれる?」
と、朝一にアランから有難いお話があった。三人で考えた結果、とりあえず腕だけでもそれなりに動かせるようにとお願いした。
「いいよ。三人共、同じだね?」
そう言うと、アランは三人に治癒魔法をかけていった。
本当に腕だけが、それも少しだけ動くようになって、三人は心からホッとしたのだった。
「今日は仕事にならない筈だから、薬草園に行って、観察しておいで。勉強も仕事の内だから。補助魔法とかも使わないようにね〜、じゃあ行ってらっしゃ〜い」
とてもゆっくりと頷いて、そろそろと歩いていく三人に、アランを始め、医療士達は笑顔で手を振って見送った。
砦には、薬草園が二つある。
一つは医療士棟の裏手で、もう一つは騎士棟の裏手だった。
「どっちの園行く?」
エリシアの問いに、二人は黙った。
それもそうだろう、明らかに騎士棟の方が遠く、今の状態で行くのは時間もかかるし、かなり辛い。
――ここの裏の園がいい!
三人とも、心の中では迷わずそう叫んでいた。
しかし、そんな時こそこの三人は声を揃えてこう言った。
「「「…………騎士棟の方で」」」
お互いが顔を見合わせて、「本気!?」とでも言うように、何度も視線を合わせあった。
そして、エリシア達は小さなため息を吐くと、腹筋を使わない程度に軽く笑った。
「……馬鹿だよなぁ、俺ら」
「私は馬鹿な方が好き〜」
セドリスの軽口にアミルが、笑って言った。
「私も馬鹿な方が好き! だから二人とも好き!」
エリシアの言葉に、三人で笑った。
でもすぐに腹筋が痛くなって、黙り込む三人だった。
***
「頑張って、アミル! 騎士棟にはもう入ったから、後は訓練場を抜けるだけよ」
訓練場の横にある脇道を通れば、もう薬草園はすぐそこだった。
しかしアミルのダメージが一番酷く、もはやギリギリだった。
そこで三人は、訓練場に向かう渡り廊下の壁にもたれて一息つくことにした。
「……はぁぁぁ〜」
「やめろ、うつる」
「勝手に出ちゃうんだもん」
「ごめんね、またすぐ頑張るから」
「アミルはもう充分頑張ってるよ、だから私も頑張る!」
そう言ってエリシアが、もたれていた体を壁から無理矢理剥がした時。
訓練場から、きらりと光る銀色の金属片のような物が、廊下へ向かって弾丸のように飛んできた。
その軌道の先には、丁度アミルがいた。
エリシアなら、ぎりぎりその前に滑り込める位置だった。
アミルは当然動けない。
セドリスも間に合わない。
言葉を発する暇もない。
エリシアは動かない足を無理やり動かし、アミルの前に立った。
当たり所が悪くなければきっと大丈夫、と、自分を叱咤して体中に力を込めた。
(いや、やっぱりダメかも!)
目を閉じたかったが、どこに痛みが来るのか分からない方が怖いので、ギリギリまで軌道を見ようと目を精一杯見開いた。
背後で上がった悲鳴と、息を呑む気配で、もう間近に来ていると悟った。
真正面すぎて、距離感が掴めない。
と、その時。
金属同士が、ぶつかったような甲高い音が耳に響いた。
目の前で、火花が散った。
そして、エリシアの前に立った少年の、水色の髪が光を受けて風に靡いていた。
「「エルシー!!」」
アミルとセドリスが咄嗟に名前を呼んだ時には、石畳の廊下に、金属の落ちる音が大きくこだましている。
息を止めていたエリシアは、ありったけの空気を吐いた。
「……あっぶなー、大丈夫?」
「……は、はい」
飛んできた剣先を叩き落としたのは、騎士服を着た少年だった。
辺りをぐるりと確認して、もう大丈夫そうだと分かると剣を鞘にしまった。
エリシアは身体中から力が抜けて、その場にへたり込んだ。
「エルシー、大丈夫か!?」
「ごめんエルシー、私が動けなかったせいで〜」
「大丈夫、大丈夫……!」
心配そうな二人にあははと、笑ったつもりが、どうにも乾いた声しか出なかった。
バクバクとうるさい鼓動が、かなり怖かったのだと言っているようで、今更ながら身震いした。
騎士は落ちていた刃先を拾うと、エリシアと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「……ごめんな、怖い思いさせて。これはきちんと上に報告しておくから」
「……い、いえ、大丈夫です」
本当は全く大丈夫ではない。
足は震えているし、手には力が入らない。きっと今の声も震えていたはずだ。
助けてくれた目の前の騎士に、申し訳なさそうな顔をさせてしまって、エリシアも申し訳ないと、思ってしまった。
エリシアがうまく言葉に出来ずにいた時、セドリスがゆっくりと近づいて来た。
その様子を見て、騎士はエリシアを支えながら立ち上がらせると、セドリスを待った。
「エルシーを助けていただき、ありがとうございました」
セドリスは頭を下げた。
そして、騎士が手に持っている刃先に視線を落とした。
「……そんな物が、あの速さで彼女に刺さってたらと思うとゾッとします。本当にありがとうございました。……で、あの……我々はすぐには動けないのでお先にどうぞ」
「…………」
騎士のポカンとした沈黙を受けて、セドリスは自分でも、締まらない最後だなと思ってしまった。
思わず苦笑いのセドリスに、騎士はフッと笑った。
「この先の薬草園? なら、これに乗っていけば。押すから」
そう言って、騎士は訓練場から大きな荷台をがらがらと持ってきてくれた。
「これ、大丈夫……?」という、エリシア達の反応を見て、「強化かかってるから。ほら」と、騎士が思いっきり蹴った。
荷車はびくともしなかったものの、それを見ていたエリシア、アミルは目を丸くした。
「わ、わぁ……蹴り上げた……」
「荷車、無事だね〜」
「問題なさそうだな」
荷台の強度を目の前で実感したエリシア達は、まずアミルに手を貸して荷台に乗せると、自分達も、のそのそと乗り込んだ。
もちろん騎士も手を貸してくれたが、かなり動きが遅い三人に、なんとも言えない表情をしていた。
「……呪いでもかかってんの?」
「ただの、後遺症です……」
セドリスが代表で答えて、エリシアとアミルは恥ずかしそうに笑った。
「まぁいいや、引くよー」
騎士はそう言うと、あっという間に薬草園まで引いていってくれた。
三人はまた時間をかけて荷車を降りると、その騎士は「じゃあ」とこれまたあっという間に騎士棟へと姿を消した。
荷車を引いて去っていく騎士の背を見送っていると、陽の当たる場所では水色だった髪が、建物の影へ入ると灰色がかった青へ変わった。
「……有り難かったな」
「本当助けてくれて良かったよ〜。いい人〜」
感心しているセドリスと、アミルの会話を聞きながら、エリシアは騎士棟をじっと見ていた。
「どうした、エルシー?」
「……ん、何でもない! ちょっと気になっただけ」
「……気になるの?」
「うーん……前に一度すれ違った時も思ったんだけど、綺麗な髪だなぁって。陽に当たってないと色変わるって不思議だね」
「それだけ?」
アミルの問いかけに、エリシアは首を傾げた。
「何が?」
「え〜? 助けてもらって格好いい〜とか?」
エリシアとアミルは、お互いがお互いを不思議そうな顔で見ていた。
「さ、行くぞ。ここまでだいぶ時間かかったんだから」
「あ、本当だね、早く行こう!」
「ふふ……ふふ! 気持ちだけしか早く行けないけどね〜」
「やめてアミル、笑っちゃう。お腹痛くなるから!」
「それ言うなって、今はしょうもない事も面白く感じるんだぞ。あー、もう、お腹痛い」
エリシア達は、笑いを堪えてお腹を押さえながら、ようやく薬草園へと辿り着いた。
高い山を登り切ったような達成感に浸ってから、また三人はギシギシの体を動かして中へと入った。
「ここの薬草園、第二だけど結構広いよね」
「だよね〜。種類豊富」
「そうだな。それに騎士達の怪我に直結するようなやつもあるぞ……ほら、そこのは止血のやつだし」
「あれって、手で揉んで貼り付けるだけでも使えるから、騎士だけでも応急処置できる薬草だね」
「そうそう〜。こうやってね〜?」
アミルが両手で揉む仕草をした。
「……何かこちょばされそうな、嫌な手の動きよ、それ」
「エルシーはくすぐったがりなの?」
未だモミモミと手を動かしていたアミルが、ふふふ……ふふ、といつもの調子で足を踏み出そうとして、そのままベシャリと転んだ。
「「…………!」」
笑うのを我慢しようとすればするほど、笑いが込み上げてくるのは何故なのか。
そんな事を考えたからか、初めに噴き出したのはエリシアだった。
「ぎゃー! 腹筋死ぬ!」
「アミル! おま……なんて事を! いてぇ!」
「……助けて……起き上がれない」
いつもは静かな薬草園から何度も聞こえる悲鳴に、外にいた騎士達が何事かと駆け付けてくれた。
騎士達は、うつ伏せて動かない少女と、蹲って動かない二人を見て、かなり危険な状況だと判断した。
そして三人を颯爽と保護すると、医療士棟へと運んだ。
医療士達は運ばれた三人を見て、みんな涙が出る程笑ったのだった。
――その後、『医療士見習いの三人が事件に巻き込まれて倒れたらしい』という噂が出回った。
知り合いに会うたび本気で心配された三人が、恥ずかしさのあまり、しばらく医療士棟に引き篭もったのはまた別の話。




