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砦のエリシア ―辺境砦で紡ぐ、医療士たちの日々―  作者: 灯影
第4章 初めての試練

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16話 空色の髪の騎士

 


 翌日。


 三人は全く仕事にならなかった。


 筋肉痛、首の筋を痛めて首が回らない、腕が全く上がらない、酷い倦怠感など、挙げればキリがないほどの後遺症に頭を抱えた。


 もちろん周りのみんなはそうなると分かっていたので、別段怒られる事もなかったのだが、普通にしててもどこかしらが痛むので何もできなかった。


「その感覚も“学び”だから、頑張って乗り越えようね。でも一つだけ治してあげるから、何を治したいか教えてくれる?」


 と、朝一にアランから有難いお話があった。三人で考えた結果、とりあえず腕だけでもそれなりに動かせるようにとお願いした。


「いいよ。三人共、同じだね?」


 そう言うと、アランは三人に治癒魔法をかけていった。

 本当に腕だけが、それも少しだけ動くようになって、三人は心からホッとしたのだった。


「今日は仕事にならない筈だから、薬草園に行って、観察しておいで。勉強も仕事の内だから。補助魔法とかも使わないようにね〜、じゃあ行ってらっしゃ〜い」


 とてもゆっくりと頷いて、そろそろと歩いていく三人に、アランを始め、医療士達は笑顔で手を振って見送った。


 



 砦には、薬草園が二つある。

 一つは医療士棟の裏手で、もう一つは騎士棟の裏手だった。


「どっちの園行く?」


 エリシアの問いに、二人は黙った。

 それもそうだろう、明らかに騎士棟の方が遠く、今の状態で行くのは時間もかかるし、かなり辛い。


 ――ここの裏の園がいい!


 三人とも、心の中では迷わずそう叫んでいた。

 しかし、そんな時こそこの三人は声を揃えてこう言った。


「「「…………騎士棟の方で」」」


 お互いが顔を見合わせて、「本気!?」とでも言うように、何度も視線を合わせあった。

 そして、エリシア達は小さなため息を吐くと、腹筋を使わない程度に軽く笑った。


「……馬鹿だよなぁ、俺ら」

「私は馬鹿な方が好き〜」


 セドリスの軽口にアミルが、笑って言った。


「私も馬鹿な方が好き! だから二人とも好き!」


 エリシアの言葉に、三人で笑った。

 でもすぐに腹筋が痛くなって、黙り込む三人だった。



 ***



「頑張って、アミル! 騎士棟にはもう入ったから、後は訓練場を抜けるだけよ」


 訓練場の横にある脇道を通れば、もう薬草園はすぐそこだった。


 しかしアミルのダメージが一番酷く、もはやギリギリだった。

 そこで三人は、訓練場に向かう渡り廊下の壁にもたれて一息つくことにした。


「……はぁぁぁ〜」

「やめろ、うつる」

「勝手に出ちゃうんだもん」

「ごめんね、またすぐ頑張るから」

「アミルはもう充分頑張ってるよ、だから私も頑張る!」


 そう言ってエリシアが、もたれていた体を壁から無理矢理剥がした時。


 訓練場から、きらりと光る銀色の金属片のような物が、廊下へ向かって弾丸のように飛んできた。

 その軌道の先には、丁度アミルがいた。

 エリシアなら、ぎりぎりその前に滑り込める位置だった。


 アミルは当然動けない。

 セドリスも間に合わない。


 言葉を発する暇もない。

 エリシアは動かない足を無理やり動かし、アミルの前に立った。


 当たり所が悪くなければきっと大丈夫、と、自分を叱咤して体中に力を込めた。


 (いや、やっぱりダメかも!)


 目を閉じたかったが、どこに痛みが来るのか分からない方が怖いので、ギリギリまで軌道を見ようと目を精一杯見開いた。


 背後で上がった悲鳴と、息を呑む気配で、もう間近に来ていると悟った。 

 真正面すぎて、距離感が掴めない。


 と、その時。


 金属同士が、ぶつかったような甲高い音が耳に響いた。


 目の前で、火花が散った。

 そして、エリシアの前に立った少年の、水色の髪が光を受けて風に靡いていた。


「「エルシー!!」」


 アミルとセドリスが咄嗟に名前を呼んだ時には、石畳の廊下に、金属の落ちる音が大きくこだましている。

 息を止めていたエリシアは、ありったけの空気を吐いた。


「……あっぶなー、大丈夫?」

「……は、はい」


 飛んできた剣先を叩き落としたのは、騎士服を着た少年だった。

 辺りをぐるりと確認して、もう大丈夫そうだと分かると剣を鞘にしまった。


 エリシアは身体中から力が抜けて、その場にへたり込んだ。


「エルシー、大丈夫か!?」

「ごめんエルシー、私が動けなかったせいで〜」

「大丈夫、大丈夫……!」


 心配そうな二人にあははと、笑ったつもりが、どうにも乾いた声しか出なかった。


 バクバクとうるさい鼓動が、かなり怖かったのだと言っているようで、今更ながら身震いした。


 騎士は落ちていた刃先を拾うと、エリシアと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「……ごめんな、怖い思いさせて。これはきちんと上に報告しておくから」

「……い、いえ、大丈夫です」


 本当は全く大丈夫ではない。

 足は震えているし、手には力が入らない。きっと今の声も震えていたはずだ。


 助けてくれた目の前の騎士に、申し訳なさそうな顔をさせてしまって、エリシアも申し訳ないと、思ってしまった。


 エリシアがうまく言葉に出来ずにいた時、セドリスがゆっくりと近づいて来た。

 その様子を見て、騎士はエリシアを支えながら立ち上がらせると、セドリスを待った。


「エルシーを助けていただき、ありがとうございました」


 セドリスは頭を下げた。

 そして、騎士が手に持っている刃先に視線を落とした。


「……そんな物が、あの速さで彼女に刺さってたらと思うとゾッとします。本当にありがとうございました。……で、あの……我々はすぐには動けないのでお先にどうぞ」

「…………」


 騎士のポカンとした沈黙を受けて、セドリスは自分でも、締まらない最後だなと思ってしまった。

 思わず苦笑いのセドリスに、騎士はフッと笑った。


「この先の薬草園? なら、これに乗っていけば。押すから」


 そう言って、騎士は訓練場から大きな荷台をがらがらと持ってきてくれた。


「これ、大丈夫……?」という、エリシア達の反応を見て、「強化かかってるから。ほら」と、騎士が思いっきり蹴った。

 荷車はびくともしなかったものの、それを見ていたエリシア、アミルは目を丸くした。


「わ、わぁ……蹴り上げた……」

「荷車、無事だね〜」

「問題なさそうだな」


 荷台の強度を目の前で実感したエリシア達は、まずアミルに手を貸して荷台に乗せると、自分達も、のそのそと乗り込んだ。

 もちろん騎士も手を貸してくれたが、かなり動きが遅い三人に、なんとも言えない表情をしていた。


「……呪いでもかかってんの?」

「ただの、後遺症です……」


 セドリスが代表で答えて、エリシアとアミルは恥ずかしそうに笑った。


「まぁいいや、引くよー」


 騎士はそう言うと、あっという間に薬草園まで引いていってくれた。


 三人はまた時間をかけて荷車を降りると、その騎士は「じゃあ」とこれまたあっという間に騎士棟へと姿を消した。

 荷車を引いて去っていく騎士の背を見送っていると、陽の当たる場所では水色だった髪が、建物の影へ入ると灰色がかった青へ変わった。


「……有り難かったな」

「本当助けてくれて良かったよ〜。いい人〜」


 感心しているセドリスと、アミルの会話を聞きながら、エリシアは騎士棟をじっと見ていた。


「どうした、エルシー?」

「……ん、何でもない! ちょっと気になっただけ」

「……気になるの?」

「うーん……前に一度すれ違った時も思ったんだけど、綺麗な髪だなぁって。陽に当たってないと色変わるって不思議だね」

「それだけ?」


 アミルの問いかけに、エリシアは首を傾げた。


「何が?」

「え〜? 助けてもらって格好いい〜とか?」


 エリシアとアミルは、お互いがお互いを不思議そうな顔で見ていた。


「さ、行くぞ。ここまでだいぶ時間かかったんだから」

「あ、本当だね、早く行こう!」

「ふふ……ふふ! 気持ちだけしか早く行けないけどね〜」

「やめてアミル、笑っちゃう。お腹痛くなるから!」

「それ言うなって、今はしょうもない事も面白く感じるんだぞ。あー、もう、お腹痛い」


 エリシア達は、笑いを堪えてお腹を押さえながら、ようやく薬草園へと辿り着いた。


 高い山を登り切ったような達成感に浸ってから、また三人はギシギシの体を動かして中へと入った。


「ここの薬草園、第二だけど結構広いよね」

「だよね〜。種類豊富」

「そうだな。それに騎士達の怪我に直結するようなやつもあるぞ……ほら、そこのは止血のやつだし」

「あれって、手で揉んで貼り付けるだけでも使えるから、騎士だけでも応急処置できる薬草だね」

「そうそう〜。こうやってね〜?」


 アミルが両手で揉む仕草をした。


「……何かこちょばされそうな、嫌な手の動きよ、それ」

「エルシーはくすぐったがりなの?」


 未だモミモミと手を動かしていたアミルが、ふふふ……ふふ、といつもの調子で足を踏み出そうとして、そのままベシャリと転んだ。


「「…………!」」


 笑うのを我慢しようとすればするほど、笑いが込み上げてくるのは何故なのか。

 そんな事を考えたからか、初めに噴き出したのはエリシアだった。


「ぎゃー! 腹筋死ぬ!」

「アミル! おま……なんて事を! いてぇ!」

「……助けて……起き上がれない」


 いつもは静かな薬草園から何度も聞こえる悲鳴に、外にいた騎士達が何事かと駆け付けてくれた。


 騎士達は、うつ伏せて動かない少女と、蹲って動かない二人を見て、かなり危険な状況だと判断した。

 そして三人を颯爽と保護すると、医療士棟へと運んだ。


 医療士達は運ばれた三人を見て、みんな涙が出る程笑ったのだった。


 ――その後、『医療士見習いの三人が事件に巻き込まれて倒れたらしい』という噂が出回った。

 知り合いに会うたび本気で心配された三人が、恥ずかしさのあまり、しばらく医療士棟に引き篭もったのはまた別の話。

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