15話 アミルの挑戦
二日目。
アミルは騎士棟にいた。
「お! 今日は赤髪の子だな! よく見て頑張れよ!」
「団長、身体的特徴で呼んでは駄目って言いましたよね? それに、もう赤髪って呼ぶほど赤くないですよ」
「クリステルだって俺の事“脳筋”って言うじゃないか」
「それは頭の中です」
「……あ、えと、赤い髪のアミルです。今日はよろしくお願いします」
――アミルは今日も、一人頑張っていた。
同じ頃、エリシアとセドリスは魔法士棟の訓練場にいた。
上を見上げたまま、頭を四方八方に巡らせていた。
「騎士の動きとぜんっぜん違う! 本当に目が追い付かないね」
「……そりゃアミルがフラフラになる筈だな」
箒で軽やかに風を切る魔法士達を、二人は早くも首の後ろを押さえながら目で追った。
「……これ、ヤバいね」
「ヤバいな」
首は痛い。
しかし、エリシアの頭には全く別のことが浮かんでいた。
ちらっと隣を見ながら「……ねぇ、セドリス」と、囁いた。
「嫌だ」
「何も言ってない!」
「小声の内容なんて、どうせ碌なこと言わないだろ」
「そんな事! ……ないよ?」
「……聞くだけ聞く」
セドリスはため息をついた。
「箒――後ろに乗りたくない?」
「…………」
「体感したら、もっと分かりそうじゃない?」
セドリスはほんの少し考えるそぶりを見せたが、すぐに口角が上がった。
「……ありだな」
二人は笑い合うと、セルシィに二人乗りをお願いしにいった。
二つ返事で許可が出て、近くで話を聞いていた周りの魔法士達が、名乗り出てくれた。
「良いわよ、私達もコントロールの訓練になるし」
「ありがとうございます!」
早速二人は、次の手合わせの魔法士の後ろに乗せてもらった。
二手に分かれて、始まりを待つ。
かなり遠くに相手がいるので、エリシアが横から覗いてもセドリスは見えなかった。
旗が上げられ、手合わせが始まった――
「……ごめん……セドリス」
「いや……俺も賛成したし……」
二人は箒から落ちない様にするのでいっぱいいっぱいだった。
上下左右、前後反転、あらゆる方向へ内臓がぐりんぐりん揺さぶられる。
空と地面の境目なんて、乗って数分で分からなくなった。
急旋回に急停止は当たり前で、体のあらゆる筋が、悲鳴を上げていた。
箒を降りた頃には、二人は腰も砕けて歩けなくなっていた。
目で見る事は叶わなかったが、その分、自分の体に叩き込んだのだった。
***
エリシアとセドリスは、魔法士達に談話室まで運ばれた。
ぐったりと動かない二人を見て、休憩中の医療士達が慌てて駆け寄ると、顔色を見つつ脈拍を測り、外傷もざっと確認していく。
その合間に、やけに落ち着いている魔法士に、何があったのか問いかけた。
「手合わせの後ろに乗ったんだよ。二人乗り」
「……箒の後ろに? 二人乗り?」
「うん。頑張ってたよ」
一瞬の沈黙の後、魔法士と医療士はみんな声を出して笑った。
すぐに簡易ベッドを奥に並べると、二人を受け取ってそっと寝かせる。
エリシアとセドリスは、アミルが帰って来るまでそのまま、気絶したように眠った。
一方、アミルはというと、昨日と比べて落ち着いて観察が出来ていた。
昨日二人から聞いていた体の動きを再確認して、更にそれぞれの癖をノートに記していく。
「えっと〜、治癒魔法と併用すると効果が高い薬は……」
アミルのメモはどんどん増えていった。
二人に早く見せようと、ウキウキしながら急いで談話室に戻ったアミルは、真っ白な顔で眠っている二人を見て固まった。
抱えていたノートがばさりと腕から抜け落ちた。
「……え、な、何、どうしたの二人とも!」
アミルはすぐさま二人に駆け寄って、二人の頬に手を添えた。
手から伝わる冷たさに、アミルはぞっとした。
そして、二人に何かあったのではないかという恐怖に耐えきれなくなりかけた時――二人はゆっくりと目を覚ました。
自分達を見て、真っ青な顔で震えながら、目にいっぱいの涙を溜めたアミルを見た二人は飛び起きるようにして目を覚ました。
そして、セドリスとエリシアは全力でアミルを宥め、無事を報告したのだった。
***
三人は今日のレポートを書くため、昨日と同じく図書室へ来ていた。
「……何て書こう」
エリシアは、箒の二人乗りがセリオンにバレた時の事を考えて、少し躊躇してしまった。
「別に違反は犯していないし、悪い事もしてないぞ。どうせ俺が書いたらバレるんだし、普通に書けば良いんじゃないか?」
「……は! 本当だ、セドリスが書いたら芋づる式にバレる!」
「諦めろ。まぁ怒られはしないだろう」
二人の話を聞いていたアミルが、恥ずかしそうに口を開いた。
「……私もちょっと乗ってみたかったかも」
エリシアとセドリスは反射的にアミルを見ると、同時に叫んだ。
「「絶対止めた方がいい!!」」
びくっ! と体を揺らしたアミルは、慌ててコクコクと、何度も頷いた。
「レポート! レポート書こう〜二人とも! ね? 私いっぱいメモ取ったの」
「……ごめんねアミル、何かちょっと過敏に反応しちゃった」
「俺も。トラウマになってる気がする」
「そんなに、だったんだ〜……」
アミルの言葉に、二人は遠い目で空を眺めながらゆっくりと頷いた。
二人があまりにも無表情過ぎて、アミルは段々可笑しくなってきた。
そしてとうとう、プッと吹き出すと、お腹を抱えて、でも控えめに笑い出した。
「ごめ、ごめんね? でも、なんかもう可笑しくって……ふ、ふふ、ふふふふ」
「笑い方まで控えめって、そんなことある?」
「どこまでもアミルだな」
三人は楽しい気持ちのまま、アミルのメモと、昨日、今日と発見した事を詳細にレポートにしていった。
そしてアランの元にレポートが飛んでいくのを見送ると、大きく背伸びをして机にべたっと突っ伏した。
「終わったー!」
「エルシー。誰も居ないけど、一応図書室だから叫ぶなよ」
「ごめん、つい」
口を両手で塞ぐエリシアに、アミルは笑った。
「気持ちは分かるよ〜。たった二日だったけど、凄く濃かったよね」
「そうだな。アミルは一人でよく頑張ったな」
セドリスがそう言うと、アミルはポロポロと涙を溢した。
「うわぁ! 何で!」
セドリスが慌ててハンカチを渡すと、アミルは「持ってる、ありがと〜」と、自分のハンカチで涙を拭いた。
「セドリスが泣かせたー」
「子供みたいな事言うのやめろよ、エルシー」
「私達まだ子供でしょ?」
「……あー言えばこー言うのは、この口か!」
セドリスは、エリシアのふっくらした頬を親指と中指でムギュッと軽く挟んだ。
「ひょっほ、へほりふ!」
三人が笑っていると、不意に頭上から声が降ってきた。
「いやぁ、楽しそうだねぇ」
思わぬ声の登場に、三人はぎょっと飛び跳ねた。
いつの間にか近付いてきていたアランが、すぐ側に立っていた。
エリシアとアミルは激しく脈打つ胸を押さえ、セドリスは目を見開いたまま固まっている。
「驚かすつもりだったんだけど、やり過ぎちゃったかな? ごめんねー」
あははー、と笑いながら首を傾げたアランを、エリシアは軽く睨みつけた。
「……もー! 心臓、止まるくらいびっくりしました」
エリシアがそう言うと、
「君達の心臓止めたら、私は殺されちゃうなぁ」と、悪びれなく笑った。
「さて、それより。レポート読ませてもらったよ」
声音の変わったアランに、三人は一気に緊張感が高まった。
背筋を伸ばして並ぶ三人。
「いやぁ面白かったよ。二人、箒に乗ったんだ?」
ぎくり、と二人の肩が跳ねた。
エリシアの背や掌に、嫌な汗がじわりと滲み始めた。
「私も見習いの時に乗ったよ。あれは知らずに乗ったら痛い目見るからね」
エリシアは聞き間違いかと思って、思わずセドリスを見た。
セドリスも驚いた顔をしているので、どうやら間違いではなさそうだ。
「アランさんも?」
「乗ったんですか!?」
「そうだよ〜。でも途中で落ちちゃってさぁ、腕の骨やっちゃった」
あっけらかんと話すアランに三人は目を丸くした。
「その時飲まされた薬がもう、苦くて苦くて。そっちの方がトラウマだよ」
可笑しそうに笑うアランを、三人は何とも言えない表情で見ていた。
「で、乗ってないアミルは、どうしたい? 乗る? 乗らない?」
「私、ですか?」
「うん、そうだよ」
アミルは下を向いた。
「…………」
言葉はない。しかし誰も急かさず、静かな時間だけが流れる。
アミルはおずおずと顔を上げると、
「……乗りたいです」
と、ちゃんと口にした。
チラチラと気にするように見てくるアミルに、エリシアもセドリスも笑って何度も頷いた。
やりたい事をやりたいと、言えたアミルに嬉しくなったからだ。
二人に反対されたのに、やりたいと言ったことを気にしていたアミルは、そこでようやく笑顔になった。
そしてもう一度、「乗りたいです」と、しっかりアランに伝えた。
満足そうに頷いたアランは、三人を見回して笑った。
「じゃあ、行こうか」
四人はそのまま魔法士棟の訓練場へ向かった。
***
「………………〜〜っ!」
アミルは声にならない声を上げていた。
アランが魔法士達に事情を説明すると、すぐに魔法士達が集まって、再び手合わせを始めてくれた。
アミルを乗せたのは、あののんびりした口調の魔法士――リーンだった。
たまたま彼が訓練場のそばを歩いている時に話が聞こえ、面白そうだからと、アミルを乗せることになったのだ。
「リーンはのんびりしてるけど、凄く強いんだ。魔法威力も、箒操作も申し分ないよ」
そう、エリシア達に教えてくれたのは久しぶりに会ったベルクだった。
そして手合わせが始まり――今に至る。
朝とは違う夕焼けの空を、二人の魔法士が緩急をつけながら飛び交っている。
しかし群を抜いて、リーンの動きが速いのだ。
「あぁ〜! もう見てられない! リーンさんが凄すぎる!」
「……これは逆に嫌なパターンだな」
リーンは、箒操作が上手すぎるのだ。
その結果、アミルが死にそうになっていた。
どちらともなく速度が上がり、風を切る音と魔法の弾ける音が混ざり合っている。
アミルはもう、何が何だか分かっていないようだった。
ただリーンに、しがみついて必死に耐えていた。
アミルの頭がぐらんぐらん揺れている。
あれは自分達以上に怖いだろうな、とエリシアは確信した。
そしてそっと心の中で、アミルの無事を祈った。
しかし、アミルも頑張った。
目は開けられず、声も出せなかった。
それでも最後までリーンにしがみつき続けた。
落ちなかった点については、リーンのお陰が大きいけれど。
エリシアとセドリスに抱えられたアミルは、簡易ベッドに横たわると、二人と同じく気絶したように眠った。
しかしその寝顔は、とても嬉しそうに見えた。
昔のアミルからは想像もつかない程、強くなったアミル。
エリシアとセドリスはそんなアミルがとても誇らしかった。
彼女が目を覚ますまで、エリシアとセドリスは何度も様子を確認しながら、ベッドの脇で静かに待っていた。
そして目が覚めたアミルは、『死ぬほど怖かったけど、すっごく楽しかった!』と、笑顔だった。
アミルって実は一番肝が据わっているのかも、とエリシアは思ったのだった。




