14話 レポート
談話室に戻った三人は、それぞれの感想を興奮気味に語り合っていた。
紅茶が入っていたカップは、すでに空っぽだ。
体は疲れているのに、背もたれにもたれることなく話し続ける三人の顔は活き活きとしている。
「でもほんっとうに格好良かったんだよ、騎士さん達! ね、セドリス」
アミルが身を乗り出した。
「なになに〜?」
「ああ。あんな風に軽々と剣を振り回すなんて、俺には出来ないな」
セドリスが羽ペンを剣に見立てると、かなり大袈裟に振り回してみせた。
「え〜そんな大きく振り回すの〜? 本当〜?」
さすがに大袈裟過ぎでは、とアミルが首を傾げると、「それが、大袈裟じゃなくて本当にあんな感じなの!」と、エリシアはアミルに体ごと向けた。
「そうなの?」
「そうなの! セドリスだからちょっと残念な感じに見えただけだから!」
「……悪かったな」
セドリスは羽ペンをポケットに入れると、足を組んで苦笑いを浮かべた。
女子二人はもう盛り上がりの真っ最中だ。
「それに魔法剣も使ってるところ見たんだけど、凄かったよー! 風と炎の対決! って感じで!」
エリシアが足をジタバタさせると、アミルも「はいは〜い!」と、手を挙げた。
「はい、アミルさん!」
「ね、ね、訓練の時は軽装だった? 私、鎧をがっつり着てる時より軽装の方が好きなんだ〜」
「軽装だったよ! 私もそっちの方が好きなの! すっごく素敵だったー」
「わぁ楽しみ〜!」
エリシアとアミルは手を握り合ってぶんぶん振り回している。
セドリスは、微笑ましいなと思いながら二人を見ていた。
しかし、黙っているのはそれだけが理由ではなく。
さっきから、何か忘れているようなモヤモヤが、ずっと消えずに胸にあるのだ。
「なんか俺、忘れ物とかしたか……?」
セドリスのポツリと溢した呟きを聞いて、エリシアは少し心配そうな表情を浮かべた。
「え、どうしたの? 何か失くしたの?」
「いや、分からない。ただずっと何かモヤモヤしてて――」
その時、アミルが突然「あ〜!」と、声を上げた。
「レポートだよ〜」
セドリスとエリシアは視線を合わせて、「あ!」という顔をした。
――三人揃って忘れていた。
顔を見合わせて苦笑すると、慌てて机の上に羽ペンや、アランから支給された“レポート用のノート”を鞄から出した。
「すっかり忘れてたな……」
「私ちゃんと書ける気がしないよー。何かレポートじゃなくて日記になりそう」
「分かる〜! 私もすっごく格好良かったとか書いちゃいそうだも〜ん!」
また話が始まりそうな空気を読んで、セドリスが手のひらを二人に見せるように両手を軽く上げた。
「ここだと集中出来ないから、図書室行かないか?」
エリシアとアミルは、出したばかりの荷物をすぐさま鞄に詰め込んだ。
図書室に移動すると、人影はなく静まり返っていた。
エリシアとアミルが横並び、エリシアの対面にセドリスが座る。
いつも大体この並びで座っている三人は、再びノートと羽ペンを出した。
エリシアはセドリスに「期限って、あったっけ?」と、言いながら、羽ペンの先を指先に乗せてふわりと浮かせた。
そしてそのまま、くるくると回し始めた。
それを見たセドリスも、同じ様に指先に羽ペンを乗せてくるくる回すと、上下にも回転を入れた。
「やるね!」
「コントロールなら俺の方が上だな」
「私もこれくらいは出来るもの」
エリシアが負けじと回転を増やそうとした時、それまで黙って見ていたアミルがスッと自分の羽ペンを指先に乗せた。
そして、ふっと浮かせると羽ペンが猛烈な勢いで回転し始めた。
それはもう、そのまま穴でも掘れそうなほどで、風が唸っていた。
しかも、それを操っているアミルの顔が、“無”なのがとてつもなく怖くて、エリシアは頬を引き攣らせた。
エリシアもセドリスも、そっと羽ペンを置いた。
「期限は今日。明日も実地観察があるの。書こう?」
「「……ごめんなさい」」
アミルの微笑みが、ここまで怖いと思ったのは初めてだった。
それからしばらくすると、部屋にはペン先が紙を擦る音だけが響いていた。
羽ペンを魔法で操ることなく、一文字一文字を紙へ刻んでいく。
見習いのレポートは、自分の手で書いてこそ意味がある――そうアランが言っていた。
「……出来た。後で見てくれるか?」
セドリスの声がやけに大きく聞こえた。
エリシアとアミルは、小さく息を吐くと、ペンを置いた。
「私も書けた」
「すごく難しかった……魔法士さん達、飛び回るから目で追うの大変だったの」
「うわぁ……それは確かに観察しにくそう」
「明日の我が身、だな」
「本当だね」
三人は互いのレポートに目を通し、
「ここは『――よって、首に負荷が掛かる』とかどう?」
「『首』より『頸椎』の方が正確じゃないか?」
「それって箇所を絞りすぎじゃないかな〜」
と、意見を交わしながら、レポートを完成させた。
「よし……後は提出するだけだね」
エリシアは出来上がったレポートを満足げに眺めた。
「アランさんは今日も士長室にいそうだな」
「仲良しだもんね〜」
「あはは、仕事じゃなくて遊びに行ってるのかもね」
エリシアは書いた分をノートから切り離し、丁寧に折り畳んだ。
すると、それがふわりと浮かび上がった。
「え、なになに!? これ、アランさん、提出用に魔法かけてくれてたのかな!」
エリシアが驚いていると、セドリスも折り畳み終わった自分のレポートが浮かんだのを目にして、大きく頷いた。
「そうみたいだな。こういう細かな気遣いがあの人らしいな」
「私達まだ“連絡鳥”だめだもんね〜。早く成人したいなぁ」
「可愛いよね、光る鳥! 自分だけの鳥が出来るんだって」
「楽しみだな」
アミルがレポートを畳み終えると、三通のレポートが一つにまとまった。
三人はしゅーっと飛んでいくレポートに手を振ると、成人後にしたいことを話し始めたのだった。
***
「あ、士長届きましたよ、レポート!」
士長室に詰めていたアランの元に、折り畳まれたレポートが三通、ヒュンと音を鳴らして到着した。
アランの周りを二、三度旋回するとパタリと床に落ちた。それを拾うとアランはセリオンの机に並べて置いた。
「どうします? 見ます?」
その顔は明らかににやにやしていて、セリオンを揶揄っているのが丸わかりだ。
「…………」
レポートを凝視していたセリオンは、目を閉じて少し黙ると、ゆっくりと口を開いた。
「……み」
「る?」
「…………ない」
アランが聞き間違いかと思った。
「はい?」
「見ない! と、いうより見られない! 見られないよ!」
うわぁ〜! と、机に突っ伏したセリオンに、アランはお腹を抱えて笑い出した。
「そんな事あります!? 娘の成長に感無量とか? ぶふー!」
「……アラン、君ねぇ。ちょっと空気読んでくれないかな」
「いやいや、すみません。でも貴方、親ですけど医療士長で医療伯ですからね。覚えてました? 見習いを育てるのも仕事ですよ」
「……分かってるさ。最近、君ちょっと私に酷くないかい?」
「先に見ますね〜」
「……上司無視とか」
アランはまず魔法士棟に行ったアミルのレポートを読んだ。
そして次の二枚を並べて読んだ。
「なるほど、なるほど。また色んな視点で面白いですね。まだ少し甘いところはありますけど、合格かな」
「どれ」
セリオンもレポートを確認していった。
医療士長として見れば、アランの言う通り観点の甘い箇所もある。
だが、よく観察したと感心する部分も多かった。
セリオンは三通すべてに合格の印を押し、アランへ渡した。
アランも自分の印を押す。
初回の実地観察レポートだけは、士長と副士長の二人が確認する決まりになっていた。
アランは満足げに笑うと、合格のレポートを送り返した。
しゅーっと飛んでいくレポート。
三人の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「頑張ってほしいですねー」
「……私はもう、泣きそうだよアラン」
「泣いてもいいですよ〜、初レポートですしね」
幼い時から見て来たエリシアと、子供の頃から見て来たセドリスとアミル。
アランですら、少し胸にくるものがあった。
その少し後。
三人の元へ、二つの合格印が押されたレポートが戻り、図書室には小さな歓声が上がったのだった。




