13話 初めての実地観察
新しいエプロンを身につけてから、三日が経ったある日のこと。
「さて、今日から実地観察が予定に組み込まれるからね」
アランは三人の予定表を顔の前にひらひらと浮かせながら、楽しそうに告げた。
「実地観察?」
「“騎士や魔法士達の訓練を見学して、どんな風に体を使っているかを観察する』と、書いてあった」
澱みなく答えたセドリスに驚きの目を向けたエリシア。
「どこに書いてあったの!?」
「医療士関連の何か、だったな」
「そこは覚えてないんだ〜」
アミルが可笑しそうに言うと、セドリスは「まぁな」と頷いた。
アランはぱちぱちと手を叩くと、嬉しそうに笑って言った。
「すごいねセドリス、正解だよ。動きを観察すると、どの部位にどんな負荷が掛かるのか分かるようになる。そうすれば、治癒魔法も格段にかけやすくなるんだ」
「「なるほど……」」
エリシアとアミルは大きく頷いて顔をみあわせた。
「何か緊張するね〜」
「うん。私ちゃんと分かるかな……」
「エルシーはいつも何か観察してるから、変わらないんじゃない?」
「あはは、そうかも」
二人が笑い合っているうちに、セドリスはアランから予定表を受け取って確認していた。
エリシアも受け取ると、二人は予定表を見せ合った。
「あ。私、騎士棟だ。一緒だね」
「だな。今日の午前中に……今から騎士棟か」
「わ、私、魔法士棟〜……一人で……」
アミルが小刻みに震え始めた。
「……あー、と、ね? セドリス」
エリシアは困ったようにセドリスへ視線を向けた。
「はぁ!? 俺!? こほん……、アミル。これは試練だ。頑張るしかない。常に三人一緒には居られないんだ」
「分かってるけど〜! ぐす……うぅ、心の準備が……」
アランが笑顔でぱんぱんと、手を叩いた。
「はいは〜い! そういう事だから、みんな頑張ってね〜!」
三人は二手に分かれ、それぞれ騎士棟と魔法士棟へ向かっていった。
まだまだ可愛いその背中を見送りながら、アランは満足そうに微笑んだ。
こうしてエリシア達見習い三人組の一日が始まっていった。
***
騎士棟へ向かった二人はまずロデリックの元へ挨拶に行った。
「ロデリック騎士団長、お久しぶりです」
「おはようございます、ロデリックさん」
「よく来たな! 待ってたぞ!」
セドリスとエリシアが挨拶すると、ロデリックが嬉しそうに二人の背中をバシバシと叩いた。
――と、エリシアの体が前のめりに倒れかけた。
「エルシー!」
セドリスはエリシアの腕を咄嗟に掴んだ。
「あ、あぶなかった……油断した」
「すまん、エリシア!」
ロデリックが慌てて謝るも、後ろから颯爽と駆け付けた副団長のクリステルに、首根っこを掴まれた。
「だから、いつも言ってるでしょう! 女性やお年寄り、小さい人や物は繊細に扱いなさいと! 全く……ごめんね、エリシア。大丈夫?」
「大丈夫です! 私が油断しちゃったから」
「知り合いに会うのに油断も何もないと思うんだけどな……」
エリシアの言葉に、セドリスは遠い目をした。
クリステルはロデリックを掴んでいた手を離すと、ぐいぐいと背中を押しやった。
「はい、団長はあっちで訓練の指揮とって、良いとこ見せてくださいね。この子達は私預かりですから」
ロデリックはシャキッと背筋を伸ばすと二人に向かって笑顔を向けた。
「ちゃんと見てるように! 格好いいさまを! そして後で褒めてくれ!」
「……もう、早く行ってください」
クリステルはとうとう強硬手段に出た。
ロデリックを魔法でひょいと持ち上げると、訓練場のど真ん中にぽーい、と放り投げたのだ。
綺麗な着地を見せたロデリックが、何やら文句を言っているような動きをしていた。
「「…………」」
二人はとりあえず黙っていた。
少しの沈黙が落ちたが、二人を振り返ったクリステルは何も無かったように綺麗に微笑んだ。
その笑顔に若干の冷気を感じて、セドリスは身震いした。
真っ直ぐに流れる金髪と青い瞳を持つクリステルは、目を引くほど美しい女性だった。
しかし彼女が人々を惹きつけるのは容姿だけではない。
ロデリックの右腕として騎士達をまとめる、優秀な魔法騎士でもあった。
「さ、行きましょうか」
「「はい!」」
三人が棟を出て訓練場へ向かう道すがら、さまざまな騎士や騎士見習いとすれ違った。
さすがに見たことのない人が多く、エリシアの緊張は少しずつ増していった。
その時すっとすれ違った一人の騎士に、エリシアの視線が向いた。
アッシュブルーの髪が光を受けて、水色に輝いていたのだ。
セリオンの淡い空色の瞳によく似た色だと思い、思わず目を奪われたが、すぐに角を曲がって見えなくなった。
「……綺麗な髪」
エリシアの呟きは、訓練場からの喧騒に消えていった。
訓練場に着くと、すでに騎士達が訓練を始めていた。
いくつかのグループに分かれてはいるが、それぞれ統制の取れた無駄のない動きは、二人を圧倒した。
「うわぁ……すごい!」
「ああ。すごいな」
動きやすさを重視した軽装姿がとても格好よくて、エリシアは思わず見惚れてしまった。
慌てて隣を見ると、セドリスですら頬が紅潮して目が輝いていたので、何となく安心した。
そんな二人に、クリステルは我が子を自慢する様に「みんな素敵でしょう?」と、笑った。
そしてクリステルはより見やすい場所に二人を連れて行くと、目の前にシールドを張った。
「色んなのが飛んでくるから予防よ」
「色んな……?」
「剣とか、石つぶてとか、当たったら危険なものよ」
「……な、なるほど」
そんなものが飛んでくるのか、と思いつつ、用意された椅子に座ると、騎士達の激しい動きが次々と目に飛び込んできた。
エリシアの思考は、一瞬で切り替わった。
「……あ、あそこ。いま負荷掛かったよね。腰が沈んだ時」
「あの首筋だろ? 攻撃を受け止めた衝撃が、首の付け根に全部くるみたいだな」
「ねぇ、今攻撃した騎士の膝、少しだけ内側に入ったの見た?」
「……いや、分からなかったな。左の肩が内に入ったのは見た」
話をしている間にも、騎士達は思いもよらない方法で打ち合いをしている。
「なら、膝の内側を重点的に診た方がいいかも……うわ、あんな動きするんだ、すごいね!」
エリシアは熱が入り、思わずセドリスの腕を強く掴んでいた。
しかしセドリスも、痛さを感じない程、目の前の騎士達に夢中になっている。
「今の見たか……? こうやって実際見ないと分からないよな。ちゃんと覚えないと」
「……体重移動はそれぞれ癖がでるね」
「あぁ。一人一人、全く違う」
二人は初めこそ“観覧”だったが、今はもうしっかりと“観察”をしていた。
一方、魔法士棟のアミルは。
最初こそ泣きそうだったものの、すっかり魔法士達に心を奪われていた。
見た事もない魔法を操る彼らは、機敏に動き回り、地上だけでなく空まで駆けていた。
魔法が放たれたと思ったら、別の魔法で相殺されたり、当たれば氷漬けになりそうな魔法まで飛び交っていて、目が回りそうだった。
「速すぎて追い付かないです〜!」
「魔法士は派手に体を動かさない分、体全体で受けるダメージが大きいかもね〜」
アミルの後ろからのんびりとした声が聞こえてきて、思わず肩が揺れた。
「君、昔僕に薬くれた子だよね、スタンピードの時。まだ頑張ってたんだね〜えらいえらい」
スタンピードの時、見張り塔で見張りをしていた魔法士が、アミルを覚えていた。
「……覚えててくれたんですか?」
「僕、記憶力凄いんだよ。あ、今のところ見た? 衝撃波くらったよ。あれは見た目何ともないけど、内臓にくるから、気持ち悪くなるんだよね。僕嫌い」
「……内臓……見てるだけじゃわからない。問診が凄く大事になってきますね……」
アミルは急いでメモを取った。
(凄く大切な事を教えてくれてる……)
「そうだね、聞いてくれたらみんなちゃんと答えられるよ。聞かれないとわざわざ言わないけど〜」
「そ、そうなんですか!?」
「だってさぁ、いちいち「あの魔法を受けて、それからあれを放った時に風をくらって」なんて、自分から言う? 言わないよね〜聞かれないと」
「……確かに」
「よろしくね〜」
アミルは突然現れたのんびりな魔法士にだいぶ助けられながら、観察を続けた。
空を飛び回る魔法士達を目で追い続けたせいか、アミルが医療士棟に戻ってきた時には、魔法士達に両脇を支えられ、すっかりふらふらになっていた。
それでもその顔は満足そうに笑っていて、エリシアとセドリスは安心した。
三人は無事、一日目の実地観察を終えた。残るはレポートだけである。




