10話 初めての経験
魔獣の群れが森を抜け、見張りの二人がそろそろ押し負けそうな頃、セルシィ率いる魔法士団が到着した。
風を鳴らして魔法士達が飛び交い、見張り二人の近くまで押し寄せていた魔獣達を蹴散らした。
「よく頑張ったわね! 私が来たからもう大丈夫よ〜! 後ろに回ってなさい!」
空を滑空しながら見張りの二人に声をかけたセルシィは、そのまま横に広がる魔獣達をなぞるように、すーっと指を動かした。
次の瞬間――風の刃が走り抜け、魔獣達は一斉に切り裂かれていった。
後には白銀に光る魔法の軌跡だけ。
魔獣達の咆哮が響きわたる。
「わぁ〜、相変わらず、色々怖いですねぇ」
見張りの魔法士は、笑いながら空を飛び回って魔獣達を切り裂いていくセルシィを見て、肩をすくめた。
「……お前のとこの団長まじで怖いな」
「今更ですよ〜。さあ、我々はものすーごく頑張ったんでもう下がりましょう」
「そうするか」
傷だらけの騎士と魔力切れ間近の魔法士は、互いに肩を貸し合い後方へと下がった。
入れ違いに、騎士団の魔馬軍団が砂煙を上げながら到着した。
二人は騎士に拾われ、魔馬の背に乗って砦へと運ばれていった。
「行くぞお前ら〜!! 魔法士達と連携しろよ! 丸焦げにされるぞ!」
ロデリックは普段こそ豪放磊落だが、剣を振るえば軍神の如く勇ましく、その一太刀は見る者を圧倒した。
彼の後ろにいれば、安全だと誰もが思う。
ロデリックが鞘から剣を抜き放つと、青白く光る大剣へと姿を変えた。
「うお〜!!」
一振りで周りの魔獣達を薙ぎ払い、斬り伏せていく。
騎士と魔法士達が一通り魔獣達を殲滅させると、セルシィとロデリックが合流した。
「ねぇ、これ第二波あると思うんだけど」
「奇遇だな、俺もそう思ってた」
「……面倒ね」
「……やるか?」
二人はニヤリと笑い合うと背を向けてセルシィは空へ、ロデリックはそのまま前へと進んだ。
そして示し合わせた様に同時に止まった。
森の奥から、魔獣達の気配と重い地響きが届いた。
静止した二人は声を上げた。
「中型魔獣の第二波が来るわ!」
「俺達が先にやるからこぼれた魔獣は任せたぞ!」
それだけ言うとセルシィとロデリックは、空と地から特大の攻撃を仕掛けた。
セルシィが振り上げた腕に、膨大な魔力が渦を巻く。
同時に、ロデリックの大剣が眩い青白さを放った。
空から魔法が降り注ぎ、地上では魔法剣が大地ごと魔獣を薙ぎ払った。
辺りには土埃が舞い上がり、視界が遮られた。
土や魔獣の焦げた匂いが充満し、後から熱風がやってきた。
攻撃の範囲から外れた魔獣達は、一心不乱に前だけを見て走り続けていた。しかし、待ち受けていた他の者達によって、その場から先へ進むことはなかった。
***
セリオンは後方の駐屯地から、二人のド派手な戦いの気配を耳や振動で感じていた。
「……全く。どっちが悪者かたまに分からなくなるなぁ」
苦笑いと共に、独りごちた。
普段の倍は出た負傷者を一通り手当てし終わった時、一瞬の静寂が訪れた。
他の医療士と共に医療天幕から出て前線の見えるところに移動すると、既にセルシィが空で位置についていた。
――あぁ、やるな。
と、思ったら前線が白い光に包まれて、一際大きな地響きと轟音が鳴り響いた。
一瞬で全てが終わるような、そんな光景だった。
「早く帰れそうで良かった」
セリオンは砦の方向を眺めて、愛しの我が子を想った。
その頃エリシアは、アランやセドリス、アミルと共に、魔馬に乗せられて戻ってきた騎士と魔法士の手当をしながら、前線の話を聞いていた。
「セルシィ士団長はずっと笑ってて、魔王みたいだったよ〜。魔王なんて物語でしか知らないけど」
「あ、あの、このお薬を飲んでください」
アミルがのんびりした魔法士に渡したのは、魔力補充の薬だった。
魔力切れはとても辛くて話すのも億劫になると聞いたのに、セルシィの部下は誰もが規格外なのか、怖いほど普通に見えた。
エリシアは治療室のベッドに寝かされた騎士のそばで、医療士の求める薬や包帯を次々と手渡していた。
見て学ぶことも多い。
けれど、その間も何度も治療室の入口へ視線が向く。
それでも、名前が呼ばれないということは、きっと無事なのだと自分に言い聞かせ、再び薬を手渡した。
「……いってぇ」
「大丈夫ですかー? 足の方の咬み傷は、もぉっとしみまーす」
医療士は治癒魔法を使いながら薬を同時に塗りこんでいく。
効き目が良くなって、跡が残りづらくなるのだ。
「いだー!!」
「痛いですよねぇ、分かります。分かりますよー、はい、もう一回」
「いだだだだ!」
棒読みの医療士。
エリシアは、笑いを堪えるのに必死だ。
「……棒読みすぎないか?」
「よく言われます」
「ぶふっ!」
エリシアは吹き出してしまった。
「笑ってくれ……! その方が意識が逸れて助かる」
「ごめ、ごめんなさ……あは!」
「あ、ここ絶対しみますよ、痛いですよねー、頑張れー」
「ぐぁっ! 棒読みが……過ぎる」
医療士のあまりの“無”の感じに、エリシアは笑いが止まらなくなったのだった。
外が慌ただしくなったことにエリシアが気付いたのは、騎士が眠りについた時だった。
全身の処置が終わり、毛布をかけた所で魔馬達のいななきが聞こえたのだ。
「帰ってきたね」
アランがエリシアに微笑んだ。
「行っていいよ」
「……でも、まだ片付けが」
「エルシーはお掃除魔法苦手でしょ? 得意な人に任せるから行っておいで」
「大丈夫だよ、エルシー。私の親は砦に残ってるし」
「俺の父上もだ。エルシーはお出迎えに行くといいよ」
アランもアミルも、セドリスまでもエリシアの事を気遣って言葉を掛けてくれた。
「ありがとう、行ってきます!」
エリシアは一目散に裏口まで駆け抜けた。
――魔導車はきっと裏口に停めるはず。
自分の中ではすごい速さで走ってるのに、全然辿りつかない事に焦りを覚えて、足がもつれそうになった。
それでも何とか裏口に着いて、セリオンの姿を探す。
――いた!
セリオンは誰かと話しているようで、背を向けていた。けれど、その背中は絶対に間違えない。
「お父様!!」
エリシアはありったけの大声で叫んだ。
セリオンは弾かれた様に振り返ると、満面の笑みでエリシアに向けて両手を広げた。それは幼い時から変わらない、抱っこのポーズ。
エリシアは全力で走って、ぶつかる勢いでセリオンに文字通り飛びついた。
両腕と両足を絡ませ、全身で抱きつくエリシアを、セリオンもまた強く抱きしめた。
エリシアは少し経って冷静さを取り戻した後、顔から火が出るほど恥ずかしくなったのだが、セリオンがずっとニコニコしているので『今日だけ特別!』と、ずっと膝の上に座っていたのだった。




