8話 できること、できないこと
エリシアが目を覚ましてから、数日後。
屋敷の厨房では、エリシアが粉まみれになって料理長達をハラハラさせていた。
「……おかしい。ちゃんとやってるのに、何で出来ないんだろう。私ってお薬以外何にも出来ないの……?」
頭から粉を被って真っ白のエリシアは、自分の不器用さに怒りを通り越して悲しくなった。
セリオンへの差し入れとして、クッキーを焼きたかったのに全く工程が進まないのだ。
混ぜるたびに、なぜか粉が器の外へ逃げていく。
みるみる減る粉に、見ている方も笑いを通り越して、摩訶不思議さを感じて怖くなっていた。
「……本当に、なぜなんでしょうか……ただ混ぜるだけなんですが」
隣で同じ工程をしていた料理長は、もうお手上げ状態だった。
「お嬢様、粉の過程は私がするので、捏ねる所……いえ、型取りの所からやってみては!?」
リヴィアがたまらず助け舟を出すが、それじゃ意味がないの! と、却下された。
周りの目が「だめか……」と、項垂れた。
「……クッキーやめます。粉を使わないやつに変更!」
「お嬢様……お菓子は大体粉を使います……」
「嘘でしょ!?」
――そんなすったもんだがあって、出来上がったのは具沢山スープだった。
エリシアは意外にも、お菓子ではなく料理の方は難なくこなせた。
包丁さばきも、初めてとは思えないと言われたし、野菜の切り方も記憶の片隅に残っていたのか、難なく出来た。
エリシアが包丁を手にした時、少しだけ“菜々”の頃の感覚が蘇ったのだ。
そうして満足のいく出来に仕上がったスープを大きな鍋ごと砦へと持っていった。
もちろん魔法は『お鍋ぷかぷか!』だった。
エリシアの中で浮遊魔法の発動条件が“ぷかぷか”になってしまっているのだ。
ベルク曰く、『初めて使った時の印象が強烈だったからかなぁ? たまにあるんですよ。あははー』との事で。
いくら他の言葉で試しても全く上手くいかないし、無言でも駄目。
四歳の自分に文句を言いたい気分だった。
エリシアは、『ぷかぷか』と、一生の付き合いを覚悟した。
砦に着くと、騎士の集団に出くわした。
騎士の制服や帯剣姿は、格好が良くて素敵だと常々思う。
今から巡回に行くようで、ロデリックが最後までエリシアと一緒にいたいと駄々をこねたのだが、副団長に魔法でぽーいと、飛ばされて行った。
エリシアはそれもいつもの事なので、笑顔で副団長と手を振り合った。
最近副団長になったクリステルは、とても若く美しい人で、エリシアは初めて見た時かなり驚いたのだった。
そしてセリオンの部屋へと向かった。
扉の前まで行くと、丁度アランが出て来た所だった。
「アランさん! こんにちは」
「こんにちはエルシー。どうしたの、珍しいね?」
「あの、差し入れをね? 持って来たのだけど……」
もじもじと恥ずかしがるエリシア。
アランは扉を開けて、エリシアをエスコートするように中へと誘導してくれた。
「エリシアじゃないか! どうしたんだい?」
執務机に座って何本も羽ペンを操っていたセリオンは、慌ただしく立ち上がった。
ソファへと一緒に座ると、大きな鍋に気付いて目を丸くした。
「お父様、これね……私が作ったの。一緒に食べてくれる?」
「もちろんだとも!!」
食い気味に大きく頷いたセリオンだった。
リヴィアがスープの準備をしていると、部屋の空気が一瞬揺らいだ気がした。
そして、紫の髪を靡かせたセルシィが、扉の近くに両手を広げた状態で突然現れた。
転移魔法だ。
エリシアはぴゃっと飛び跳ねるように驚いて、セリオンにしがみついた。
一拍置いて、それがセルシィだと分かった途端、彼女の腕の中に飛び込んだ。
「セルシィさん、久しぶりー!」
「会いたかったわ、エリシア! 相変わらず可愛くてどうしよう!」
エリシアの頬や、髪にキスの嵐を降らせる。
「セルシィ……所構わず転移してくるのやめなさい。ちゃんと転移場あるでしょう。後、君だけだからねそんなホイホイ転移魔法使うの」
「だって面倒じゃない。私は補助がなくたってできるしねぇ?」
「それは君が『魔力お化け』だからだよ」
遠方や緊急時に使う転移場には、数名の魔法士が待機していて、転移する際の魔力を補うのが普通なのだ。
「あのね、私が作ったスープがあるの。一緒に食べよう?」
「もちろんよ〜!!」
セルシィは、一口飲んだ途端、目を丸くした。
「あらあら! 不器用なのに料理は上手なのね! すっごく美味しいわ!」
「本当はお菓子のつもりだったんだけど、全く上手くいかなかったの……」
「あら、出来る事を伸ばせば良いのよ。出来ない事に時間をかけるのはもったいないわ」
「また君は独特の持論を……」
優雅に食後の紅茶を飲んでいるセルシィは、指を一振りした。
エリシアの髪がふわっと浮き上がると器用に編み込まれていき、最後にリボンが巻かれた。
「美味しい食事のお礼よ。そのリボン私とお揃いなの。エリシアに似合うと思って」
そう言うと、今度は鏡を出してエリシアの前まで飛ばした。
「うわぁ、可愛い! 紫のレース、セルシィさんの色だ! ありがとう、大好き!」
エリシアはセルシィの側に駆け寄ると、頬にキスをした。
「出来ない事でも何度も練習すれば出来るようになるかもしれないからね。簡単に諦めてはいけないよ?」
敢えて正反対の意見を綺麗な笑顔で言い切ったセリオンと、頬にキスをされて得意げなセルシィ。
そんな二人の空気を断ち切ったのは、エリシアだった。
ソファに座ったエリシアは、緊張を隠せないでいた。
声が上ずる。
「……お父様、あの、この前はごめんなさい……」
セリオンとセルシィは、一瞬虚をつかれたような、そんな顔で視線を交わした。
二人揃って優しげな微笑みをエリシアに向けた。
そしてセリオンは、あの薬草の特性を細かく説明して聞かせた。
エリシアの成長に繋がる、“好奇心の芽”を摘まないように慎重に言葉を選びながら。
「私も今回の事で、薬草の怖さを思い出したよ。もう慣れたものだと、慢心していたんだ。エリシアのお陰でそれに気付けたよ」
「……そんな事ないよ、お父様はすごいんだから」
「あら、私だってすごいのよ?」
ずっと口を閉じていたセルシィが、もうこの話は終わりだと言わんばかりに、自分の話にエリシアの意識を持っていった。
セルシィの武勇伝という名の、やらかし話の数々。
エリシアは瞳を輝かせて聞いていた。
後日、エリシアはこの時セルシィから聞いた魔法を試した。
すると、庭に落ちていた石粒達がふわりと浮かんだと思うと、突然四方八方、物凄い速さで弾け出してベルクを本気で慌てさせた。
――あれはもう、魔獣をも殺せる勢いでした、と後にリヴィアは語った。
セルシィは後日、「何て魔法を教えたんですか!」とベルクからしこたま叱られ、しばらく休みなしで働かされたのだった。




