第二十七話 相性-2
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大きな音を立てながら走るトライアンフは、真っ直ぐに禎子を乗せた自動車を追跡した。
「おお! 初めて運転するが、単車ってえのもなかなか乙なもんだな!」
私の口を借りてやつが言う。
「一応、オオニワの知識から乗り方はわかる。馬に乗るのは得意な方だったが、近代の世ならこいつに乗る方が良い」
『おい! 確かにあっているのだろうな!』
なんとなく楽しんでいるだけのやつに不安を感じ、私は大声で言ったつもりだった。
やつが私の体を乗っ取り、表に出てきているため、私の叫びは声には出なかった。ただ、そうして発言するように念じると、やつには確かに伝わるようだ。
「安心しろォ。おれも闇雲に走っているわけじゃあねえ。あいつは痕跡を残してやがる。それに春の骸はオオニワに取り憑いているわけだが、それはこちら側からも春の骸の位置を逆探知できると言うことだ」
やつは言った。
「オオニワじゃあ無理だろうが、おれならそれができる」
『とにかく、禎子の向かった先がわかると言うことだな』
「おう。そう離れた場所ではねえ」
楽観的なやつに不安になりつつも、とりあえず信用することにした。それしかないのだ。
『あの男、まさか自動車を持っているとはな』
自動車は高級品だ。まさかあれも春の骸のものとも思えない。
「衣服が上等だったろう? 金はあるんだろうよ。どこぞの金持ちの穀潰しなんだろう。ああいうのはタチが悪いぜ」
ふむ、と私は、この際もうひとつ気になっていたことを尋ねた。
『先程、春の骸に押し倒された時、春の骸が一瞬私から離れただろう? あれは貴様が何かしたのか?』
「あれは違う。あれは、てめえの財布に入っている、いつぞやの天狗の守り袋の加護だぜ?」
やつはニヤリとし、私の懐に手をやった。
「いまのおれが触っても指先がチリチリしてやがる。感覚はお前にも伝わっているだろうが、わかるか?」
言われた通り、やつに憑依されていても体の感覚はわかる。静電気を浴びたようなチリチリした刺激があった。
「もちろん、いつでも決定的に守ってくれるわけじゃあねえが、これをくれた天狗とやらはなかなか大物だったんじゃあねえかな。感謝しろよ、オオニワ」
やつが挑発的にそう言った。
「さて、ぶっ飛ばしてきたが、どうやら近づいてきたらしいぞ。ふん、あの男は所詮素人だからな。逃亡方法が甘い」
まだ眼鏡はかけていたが、その奥のやつの目が殺気をはらんだのを感覚的に感じた。
「おれに不覚を取らせた罪、存分に償わせてくれる!」
私は慌てた。
『おい! くれぐれも殺生はするなよ。無益な殺生ではなく、殺生はするなだからな!』
私は心配になって言った。
「わかっているぜ。そう心配すんな。八つ裂きにはしねえ。信用しろ」
全く信用できないが。この男は気分でやらかしてしまいそうだ。
そして、私は暮れ始めた街の風景に見覚えを感じ、やつに尋ねた。
『しかし、この道……。御室のほうではないか? 仁和寺の方に戻っているのか?』
「そうだ。あれの向かった場所はわかっていると先ほども言っただろうが」
『どこだ?』
「双ヶ丘の林の中だ」
それは古い墳墓もある古い山だった。仁和寺を見下ろす山。しかし、黄昏に差し掛かる今時分は物寂しい場所だろう。
仁和寺の御室桜を見たかった朝倉文世がそこにいるのだとしたら、それは似合いの場所ではある。
「突っ込むぞ、オオニワ!」
『ま、待て、どこにいく!』
「林道を突っ切った方が早い!」
『待て! 危険だ!』
「なぁに、心配するな! 単車は馬と同じでこういうところを走れるのだろう! てめえは無理だろうが、おれなら走れる! 見ていろ!」
やつは私にそう宣言すると、問答無用で単車を林の中に乗り入れた。
*
山道で自動車を見つけるのは、さほど苦労のしないことだった。
単車ならまだしも、車はこうした開かれていない山道を走るのには向いていない。速度が落ちのろのろと走るそれに、やつの無謀な操縦で林道を暴走する単車が追いつくのは、時間の問題だった。
「いたぞ!」
やつは林道を突っ切って車を発見すると、速度を上げてびったりと横に着いた。
「止まれ!」
車両の扉を荒々しく蹴飛ばしながら、やつが声をかけた。男が窓から顔を出す。生気の抜けた目はどろりとしていながら、異常な興奮でぎらついている。
「ヤイヤイ! 車を止めて禎子を解放しろ!」
「できるものか!」
男の周りを黒い靄が取り巻いている。やはりこの男は春の骸に取り憑かれて操られているのだ。
「わかったぞ! お前、大丹羽勇次郎だな!」
男の目がさらにギラついた。
「地味で真面目なフリをしやがって、イコちゃんを食い物にして! お前、イコちゃんに何をしようとした! 不埒なやつだ!」
「はァ、オオニワぁ! 散々だな、言われているぞ」
やつは嘲笑った。
「そういうてめえはなんだ! 女を追いかけ回して、みっともねえ言い訳ばかりしやがって!」
やつはキッと睨み上げていった。
「てめえこそ、禎子に何をするつもりだ? てめえこそ、下賤な欲望から禎子を独り占めしようとしているのだろう!」
「黙れ黙れ! イコちゃんはおれが助けてあげるんだ!」
男が取り乱したようにそう言った時、男の周囲に黒い桜吹雪が現れた。
「あっちに乗り移るぞ、オオニワ」
『ま、待てっ!』
小声でやつが囁いたが、私は焦って止める。
しかし、やつはトライアンフを乗り捨て、車に飛び乗っていた。やつは窓から顔を出していた男を殴り飛ばし、助手席まで吹っ飛ばした。素早く車のドアを開け運転席を強奪すると、ブレーキをかける。
自動車は山道で停止した。
「貴様ぁぁあ!」
男がナイフを抜きながら起き上がった時、やつはすでに停止した車から外に出ていた。
「殺す!」
「おう、威勢が良いな」
やつはニヤリと笑った。
「いいだろう。出て来い!」
そして、私の眼鏡をゆっくりと外す。
男が一瞬びくりとしたのは、きっと私の三白眼に睨み上げられたからだろう。
やつの殺意を帯び、そして私が心のうちに隠す虚無と怒りに満ちた眼差し。
「今度は正面から勝負してやろう。ここなら広いし、人目にもつかねえからな! かかって来い!」
やつは私の眼鏡を懐にしまうと、挑発するように手招きした。
「来いよ。このおれが珍しく徒手空拳でやってやろうというのだ。光栄に思え!」
「くそおおおお!」
男は大声をあげた。その声が多重に膨らんだ。春の骸に含まれた男たちの声だ。
「殺してやるううう!」
咆哮する男に黒い桜の花びらが、ざわざわざらざらと蜂の群れのように取り巻き始める。
『やはり、春の骸にはさまざまなものがいるのか? 文世だけではなく』
「そうだぜ、オオニワ。こいつらは集合体だ。文世を取り込み、核としているが、周りは雑魚の集合体。もちろん、てめえを羨み妬むものの思念も混ざっていやがる」
やつは目を細めながら言った。
「文世の執着に乗っかってな。文世はそうした周りの腐乱した憎悪に惑わされ、外から隔絶されて、お前への執着だけが強くなっている」
だから、とやつは言った。
「てめえの声は届かねえ。文世に語りかけても無駄だぞ」
私がハッとした時、男が大声をあげてやつに斬りかかった。
やつはそのナイフを私の体で軽々と避ける。ナイフには黒い桜がまとわりつき、それで刺されると、私の生身だけでなくやつも負傷するはずだ。
「チッ、オオニワの体だと、手足が短くていけねえ。どうも感覚が違うな」
こんな時に悪口か?
やつが軽口を叩いたのを、私は聞き逃さなかった。
しかし、やつは余裕で追撃をかわすと、一瞬の隙をついてナイフを持つ男の手をつかんだ。
そのままねじり上げようとすると、男が悲鳴まじりの怒声をあげる。
「まったく! 真剣使えりゃア、こんなやつ一瞬で斬れるのによ!」
やつは眉根を寄せて吐き捨てると、締め付けるほど強く男の手首をにぎり、ナイフを手放させた。
やつはそれを素早く谷に蹴り落とした。
男がわけのわからない叫びをあげて、さらに飛びかかってこようとしたが、やつは冷静に当身を食らわせ男を沈めた。
「ちっ、手こずらせやがって! 本当はこのまま十発ほど張り倒してえところだが」
やつは吐き捨ててから、車の方を見た。
「まだ真打ちが残っているらしいからな」
『何?』
やつは私の質問に答えなかった。
「おい、出て来いよお嬢さん」
『あははは』
いっそ無邪気な声が聞こえた。
ふと車の後部座席のドアが開き、水色のワンピース姿の禎子が降りてきた。
しかし、ふらふらしており、なんとなく様子が変だ。
禎子は顔を上げ、口を開けずに話しはじめた。その唇に冷たい笑みが乗っている。
『まったくしつこいのね』
禎子の声を借りてそれは話した。
『本当にお前は余計ものだ。なんて邪魔をするのかしら。さっき、死んでいればよかったのにね』
禎子の体を借りているのは、春の骸だった。
『この娘、さっきの男よりも、よっぽど使えるわ。やはり女優ね。使いやすい』
春の骸の取り憑いた禎子が、別人のように妖艶に微笑んだ。
『この娘と私たち、相性が良いの』




