第十二話 謂はぬ色
「あれから何も解決していないんですか?」
峯岸禎子は、遠慮なく物をはっきりいう娘で、私の前を歩きながらそんなことを言った。
黄色のワンピースが夏らしい。若い彼女にはよく似合う。
「しかしな、禎子」
やつは、私の後ろから禎子に馴れ馴れしく声をかける。
「ことはそんなに単純じゃあねえんだ。この間は、おれに化けてオオニワを引き込もうとしていたからな」
「あら、そんなこと!?」
禎子が振り返って驚いた顔をした。
「殿様がちゃんとついていてあげないから」
「おいおい。こいつだって頼りねえところもあるが、大の男なんだ。べったりついていなきゃならねえなんざ、勘弁願いてえもんだぜ」
(勝手なことを言う)
私は目の前で繰り広げられる会話を半ば呆れながら聞いていた。
空き時間ができたという峯岸禎子は、今日は近隣の公園を散歩するという名目で、私と話す時間を作ってくれていた。
やつは今日は、例の中折れ帽に白い着流し、夏用のインバネスという出で立ちだ。完全な洋装ではないが、洒落たように着こなしている。
今日のやつは、他人に見える姿をしており、私の付き人である、というていで同行している。
やつはそうしていると、私の用心棒に見えるので、禎子の側の付き人も安心してくれるようだ。
本物の付き人であるマサが、やつのことを気づいているかどうかは知らないが、今のところ何もいわない。もっとも、マサは無口な方で何か気づいていても、あまり話をしないかもしれない。
どうやら、禎子はすっかりやつに気を許しているらしく、気軽に話しかけていた。
やつは危険な殺人鬼として作られているが、反面子供は好きだった。そして、美しく気丈な乙女にも弱い。
禎子のような、聡明で愛らしい少女にはかなうはずもないところだった。
禎子もやつが自分には安全な存在だとわかっているから、やつには警戒もなく打ち解けていた。
「しかし、禎子のいう通り、あれは女の幽霊というわけでもなさそうだったな。それだけは収穫だったぞ。禎子の助言あってのことだな」
「お役に立てて良かったわ。でも……」
禎子は笑顔を見せて言ったが、小首を傾げる。禎子はころころ表情が変わり、少女のうつろいやすい心をそのまま出しているかのようだ。
「本当、その、春の骸っていうの、どうしてオオニワさんに取り憑いちゃったのかしらねえ。撮影所にはいろんな人がいるのに」
禎子は私を見上げた。
「オオニワさんはしっかりしてる方だし、信心深いし、殿様までいるし、幽霊が取り憑く物件としてはイマイチな気がするのよね」
「全くだな」
やつが首を振る。
「それはまだ調べがついていねえ」
「うーん、すぐに答えが出なさそうですわねえ」
禎子が私の反応をみつつそう言った。
「まだわからないことを考えても、仕方がありませんからね」
私はようやく禎子にそう言った。
「けれど、イコちゃんの手助けには助かっています」
「まだ、そんなにお役には立っていないんですけれどね。けれど、こうしてオオニワさんや殿様とお話しするの、なかなか楽しいわ。みんなには秘密のお話だし」
くすくすっと楽しそうに禎子は笑う。
「そういえば、お二人とも。今日の私のワンピースの色、どうですか?」
「えっ? ああ、よく似合っていますよ」
唐突な質問に私は焦る。
「オオニワさん、適当に答えない」
禎子は私のとりあえずの答えに不満そうにそういい、
「今度、衣装で同じ色の着物を着るんです。もちろん、白黒の映像には色は出ないから、もっとわかりやすい色の方が良いとは思うのだけど」
「確かに。キャメラで撮ると、ほとんど白に映りそうですね」
私は挽回するため、真面目に考えて答える。
「やっぱり?」
禎子はうーんと唸る。
「色は綺麗でかわいいから好きなのですが、そうよねえ。せっかくの色がかけらも出ないかしら」
変えてもらった方が良いのかなあ。
「ふうむ。おれも詳しくはねえが、それは不言色というやつじゃあねえか」
「いわぬいろ?」
禎子が大きな目を見開いた。
「クチナシ染めの黄色のことです」
私が補足する。
「殿様は詳しいんですね」
「詳しくはねえが、おれは近頃、少し着るもののことで考えているからな」
と、やつはべらりとインバネスを裏返す。
夏物のインバネスは薄物ではあったが、怪異のやつは暑さはさほど感じないらしい。いつのまにやら、裏地に派手な赤い布が使われている。
そういえば、こやつは長襦袢にわざわざ女物で持ってくるような男だったな。
「まあ、殿様はオシャレねえ」
「洒落者とはあまり言われなかったが、現代ではそうなのか」
やつは少し嬉しそうだ。
「夏だし、他の色も良いかなと思ってな。あまり派手にすると、オオニワが何かと嫌がるのだが」
まったくだ。ただですら目立ちかねない男なのに、勘弁して欲しい。
私は口には出さずにやつを睨んだが、やつは気づいていないふりをした。
「いわぬ色はおれには合わねえかもしれないが、考えてはいたんだ。風流だからな」
やつは左手で顎を撫でやりつつ、
「和歌にもあるんだぜ。ええ、なんだったかな。九重にあらで八重咲く山吹の、いはぬ色をば知る人もなし……とかいう」
「雅で古い言葉なんですね。どうしていわぬ色なんですか?」
「口無しの花の染め物だからだな」
やつが苦笑した。
「美しいが口がないから伝えられない。それを察してもらえなければ知るものもない」
「あらそういうこと」
禎子は合点がいったという顔をする。
「口がなくて物言わぬ花ね。お花はみんなそうだけれど」
と、禎子はふと言った。
「オオニワさんを悩ませている春の骸も、もしかしたら、そうなのかしら。基本的には花びらの怪異なのですもの。本当に言いたいことは、言えないのかもしれない」
禎子の言葉に、私はあの桜の花びらのことを思った。
私を惑わす言葉を吐く、腐った花の塊の醜悪な怪異。しかし、それは元は美しい花ではなかったか。
もしそうであれば、元はそれの吐く言葉も美しかったのでは。……もっとも、その時は伝える口を持たなかったのかもしれないが。
「でも、それなら今度の衣装、この色を使おうかしらね」
禎子の声が私の思考を打ち切った。
「おや、それはどうしてですか? イコちゃん」
禎子は笑顔になり、私の視線の先でくるりと一回りした。ワンピースがひるがえる。
「だって、ぴったりじゃない。映像には残らなくても、私の心には伝わるもの。見ている人に何割か、着物の色の雰囲気が伝われば良いんですものね」
禎子はいった。
「この色は謂わぬ色なんですから」




