螺旋の暗闇と、繋いだ手のぬくもり
分厚い扉が背後で重々しい音を立てて閉ざされると、塔の内部は完全な暗闇に包まれた。
「真っ暗ね……。明かりの魔法、やっぱりダメだわ」
シルヴィが杖を振るが、火花すら散らない。
「私の眼なら、壁に流れる微かな魔力の脈動を辿って道筋を見ることができます。ですが、足元は非常に危険です。はぐれないよう、手を繋いで進みましょう」
セフィラの提案に、暗闇の中で衣擦れの音が響く。
「えっと、エリス、手、どこかな?」
「あっ、アッシュ殿、そこは私の……ひゃうっ! いえ、何でもありません! 手はここです!」
暗闇に乗じてアッシュの手がどこかに触れ、エリスが小さな悲鳴を上げる。
「ちょっとアッシュ! 私の手もちゃんと握りなさいよね! 離したら迷子になっちゃうんだから!」
シルヴィが反対側からアッシュの腕にギュッと抱きつく。
「おい、前が詰まっているぞ。……仕方ない、私はシルヴィの肩を掴む。セフィラは先導を頼む」
カレンが呆れつつも、最後尾を固めた。
アッシュを中心に数珠繋ぎになった一行は、果てしなく続く螺旋階段を登り始めた。
塔の内部は、外の灰降る街よりもさらに冷え切っていた。
だが、アッシュの両手には、エリスの少し硬いけれど温かい掌と、シルヴィの柔らかい指先がしっかりと握られている。
「ごめんね。僕がみんなを守らなきゃいけないのに、今は助けられてばっかりだ」
アッシュが暗闇の中でポツリとこぼす。
「何を言うのですか。あなたのその温かい手が、今どれほど私の心を落ち着かせているか……」
エリスの声は少し震えていたが、握り返してくる力は強かった。
「そうよ。魔力がなくて心細いのは私の方なんだから。しっかりエスコートしなさいよね」
歩みを進めるごとに、周囲の空気がじっとりと重くなっていく。
そして、階段の中腹に差し掛かった頃だった。
カツン、カツン。
自分たちのものではない、誰かの足音が上から聞こえてきた。
「敵か……!?」
カレンが警戒するが、セフィラが首を振る。
「違います。あれは……記憶の残滓です」
壁の赤黒い脈動がフワリと光を放ち、螺旋階段の空間に、ぼんやりとした幻影を映し出した。
ボロボロの純白の甲冑を纏った、銀色の髪の人物。
その背中は傷だらけで、息も絶え絶えに階段を登っている。
幻影であるはずなのに、その苦しい呼吸音が、アッシュたちの鼓動と嫌な形でシンクロした。
『……もう少しだ。僕が、ここで全てを終わらせる』
幻影がふと立ち止まり、振り返った。
透き通るような白銀の髪に、意志の強い青い瞳。
顔立ちは中性的で、美しくも、どこか酷く悲しげだった。
「あの人だ……」
アッシュが足を止める。
「アッシュ殿……あの幻影の顔、少し、私に……」
エリスが息を呑む。確かに、その凛とした横顔と色彩は、エリスの面影にひどく似ていた。
幻影は再び前を向き、重い足取りで階段の上へと消えていく。
その瞬間、幻影が背負っていた『重圧』の記憶が、そのまま物理的な質量となってアッシュたちにのしかかった。
「ぐっ……!?」
「きゃあっ!」
シルヴィが膝をつき、カレンでさえも大剣を杖にして屈み込む。
空気が鉛のように重い。一歩足を踏み出すだけで、全身の骨が軋むような激痛が走る。
「これがあの人の背負っていた、痛みの記憶……」
アッシュは歯を食いしばり、震える足で立ち上がった。
魔法も、大自然の加護もない。あるのは、ただの青年の肉体だけだ。
それでも、アッシュは決してエリスとシルヴィの手を離さなかった。
「行こう。あんなに痛そうに泣いてる人を、一人ぼっちにできないよ」
アッシュが、血のにじむような一歩を踏み出す。
その真っ直ぐな背中に引かれるように、エリスも、シルヴィも、カレンも、痛みに耐えて再び立ち上がった。
「ええ。どこまでも、お供します!」
エリスがアッシュの隣に並び、共に重圧を押し退けて進む。
記憶の重さに押し潰されそうになりながらも、繋いだ手のぬくもりだけを頼りに。
一行はついに、黒き塔の最上階へと続く、最後の扉の前にたどり着いた。




