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灰降る街の影と、分け合うぬくもり



ザクッ、ザクッ。


乾いた音が、静寂に包まれた街に響く。

足首まで埋まる白い灰は、雪のように冷たく、ひどく無機質だった。


「……っ」


シルヴィが杖の先に小さな火球を灯そうと詠唱を紡ぐ。だが、生まれたのは弱々しい火花だけで、すぐにパチンと弾けて消えてしまった。


「嘘でしょ……」


シルヴィが荒い息を吐き、杖を杖代わりにして膝に手をつく。


「空っぽなの。大気中に魔力が一滴もない。自分の内側の魔力だけで魔法を作ろうとしても、周りの空間に吸い取られちゃう……」


カレンも大剣を地面に突き立て、険しい顔で周囲を睨んでいた。


「闘気も同じだ。空気がひどく重い。ただ息をして歩くだけで、鉛を背負っている気分だ」


生きたマナや精霊の力に満ちていた外の世界とは、何もかもが違う。


ここには「生」を助ける流れが一切存在しない。


「……ごめんね」


振り返ったアッシュの唇は、微かに青ざめていた。


普段は風の精霊が彼を温かく包み込んでいるが、今はその加護すらない。薄着のままの彼は、身を切るような冷気に肩を震わせていた。


アッシュは寒さを誤魔化すように右手をかざした。だが、大火山でゼノの虚無を打ち破った時のような、光の螺旋は生まれない。


五つの欠片が暴走し、この記憶の底に彼を縛り付けている。大自然から切り離された彼は今、本当にただの「身体の弱い青年」になっていた。


「アッシュ殿、謝らないでください。それに、手もこんなに冷たくなって……」


エリスが歩み寄り、躊躇うことなく自分の着ていた騎士の外套を脱いで、アッシュの肩にふわりと掛けた。


「エリス、駄目だよ。君まで寒くなっちゃう」

「平気です。私は鍛え方が違いますから」


エリスはアッシュの冷え切った両手を取り、自分の頬に押し当てた。


「いつも、アッシュ殿が私たちを温めてくれました。今度は、私たちがあなたを温める番です」


エリスの青い瞳が、真っ直ぐにアッシュを見つめる。その瞳の奥には、一切の迷いがない。


シルヴィもカレンも、無言でアッシュの側に寄り、風を遮るように立ち塞がった。


「……動く影があります」

セフィラが翠緑の瞳を細め、前方の廃墟を指差した。


崩れかけた石造りのアーチの奥から、灰を被った何かが這い出してくる。


それは、かつてこの街の住人だったものだろうか。


人の形をしてはいるが、輪郭はぼやけ、全身が黒い灰の塊で構成されていた。虚ろな目が一行を捉えると、カチカチと歯を鳴らすような音を立てて、一斉に群がり始めた。


「魔物というより……この世界に残った、絶望の残滓ですね」


エリスが白銀の剣を抜く。祈りの光は纏えない。純粋な鋼の刃だけが頼りだ。


「下がるんだ、アッシュ。ここからは私の領域だ」

カレンが大剣を水平に構え、灰を蹴り上げて跳躍した。


ズバァァァンッ!


重力に逆らう闘気の爆発はない。だが、カレンが鍛え上げた純粋な筋力と剣筋だけで、灰の影を三体まとめて両断する。


「私も、魔法が使えなくたって!」


シルヴィが杖の石突きで影の顎をカチ上げ、体勢を崩したところへ、セフィラが正確に眉間を射抜く。魔法の矢ではない、物理的な矢尻が影を貫き、灰へと還元した。


「アッシュ殿には、指一本触れさせません!」

エリスの流麗な剣技が、死角から迫る影を次々と切り伏せていく。


魔法も、大自然の奇跡もない。


だが、アッシュの後ろを歩き、彼に守られていた少女たちは、己の限界を越えて戦い抜く「強さ」をすでに身につけていた。


十数体の影が、あっという間にただの灰の山へと変わる。


「はぁっ……はぁっ……」


エリスが剣を振り下ろし、肩で息をする。額には汗が滲み、呼吸はいつもよりずっと荒い。


「みんな……」


アッシュは、自分のために息を切らす仲間たちの背中を見つめた。


胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


自分は何もできない。ただ見守ることしかできない。


「心配そうな顔しないでよ、師匠」


シルヴィが息を整えながら、得意げに笑ってみせた。


「言ったでしょ、今度は私たちが守るって。これくらい、なんてことないわ」


「ああ。むしろ、小細工なしで剣を振るうのも悪くない」


カレンも汗を拭い、大剣を肩に担ぐ。


「……うん。ありがとう」


アッシュは外套の襟を握りしめ、ゆっくりと頷いた。


その時、アッシュの胸の奥で、微かな痛みが走った。


視線を上げた先。


灰に沈んだ街の遥か奥に、天を突くようにそびえ立つ、巨大な『黒い塔』が見えた。


塔の周囲だけ、雪のように降る灰が、重力に逆らって空へと巻き上がっている。


「あそこだ」


アッシュが静かに指差す。


「僕を置いていったあの人が、最後に笑った場所。……あそこに、行かなきゃいけない気がする」


「……分かりました。あそこが、この記憶の中心ですね」


エリスが剣の柄を握り直す。


風は吹かない。奇跡も起こらない。


それでも、繋いだ手のぬくもりだけを頼りに、一行は灰降る街を、静かに、一歩ずつ進み始めた。

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