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始まりの泉と、腐敗の魔女



ティターニア女王の導きで妖精郷の奥深くへと進むにつれ、周囲の幻想的な景色は無惨な姿へと変わり果てていた。


かつて七色に輝いていた空中の水球は黒いヘドロのように濁り、光を放っていた巨大な花々は枯れ落ち、強烈な腐臭を放っている。


「酷い有様ね……。森の生命力が、根こそぎ『死』へと反転させられているわ」


シルヴィが鼻を覆い、顔をしかめる。


「ええ。この嫌な気配、東の砂漠や大火山で感じたものと同じです。ですが、よりねっとりと……生命を冒涜するような悪意を感じます」


エリスが白銀の剣を抜き、周囲の枯木を警戒した。


やがて一行は、妖精郷の中心『始まりの泉』へとたどり着いた。


本来ならば星の輝きを溶かしたような美しい泉であるはずのその場所は、今はドロドロの黒い沼と化していた。


そして、その黒沼の中央。


禍々しい赤黒い茨の玉座に座り、妖精たちの羽をむしり取って遊んでいる女がいた。


「アハハハッ! もっと、もっと絶望の声を上げなさい! 純粋な精霊が恐怖に染まる瞬間こそ、最高の蜜の味ねェ!」


黒い法衣を纏い、肌に不気味な紫色の茨のタトゥーを這わせた女。


彼女こそが『蝕の教団』第三使徒、マリス。腐敗と猛毒を司る狂気の魔女だ。


マリスの足元には、五つ目の『光の欠片』が黒い茨でがんじがらめに縛り付けられ、泉の汚染を加速させるためのポンプとして無理やり魔力を抽出されていた。


「……僕の大事な欠片に、なんてことを……!」


アッシュの灰色の瞳に、静かだが確かな怒りの火が灯る。


「おやァ? 貴方が教皇様やゼノをコケにしたという『大自然の愛し子』ですかァ?」


マリスが玉座から立ち上がり、長い舌で唇を舐め回した。


「遅かったですねェ! この『始まりの泉』の魔力と、その光の欠片の力を使って、今まさに最高に可愛いペットが産声を上げるところですゥ!」


マリスが両手を掲げると、泉の泥がゴポゴポと沸騰し、周囲の枯れた木々や岩を巻き込んで、山のように巨大な『腐敗の泥神』へと形を変え始めた。


「これぞ全ての生命を溶かす猛毒の塊! さァ、羽虫どもごと溶かしておしまいッ!」


泥神の体から、触れるもの全てを即死させる猛毒の触手が無数に放たれた。


「アッシュさん! 猛毒の核は触手の先端から三寸のところにあります!」


セフィラが翠緑の瞳を輝かせて的確に叫ぶ。


「上出来だ! 核さえ分かればただの泥遊びだ!」


カレンが大剣を大上段に構え、闘気を爆発させて跳躍する。


「一刀両断ッ!」


豪快な斬撃が、迫り来る三本の触手の核を正確に粉砕し、ただの泥水へと還元する。


「風よ、穢れを吹き飛ばしなさい!」


シルヴィが杖を振り抜き、不可視の真空刃で残る触手を千切り飛ばす。


「道は私が! 聖なる光よ!」


エリスが純白の祈りを込めた剣閃で、マリスの玉座まで続く泥の沼を真っ二つに切り裂いた。


「今です、アッシュさん!」


「ありがとう、みんな!」


アッシュは仲間たちが開いた道を駆け抜け、泥神とマリスの目の前へと一気に肉薄した。


「ヒィッ!? ば、馬鹿な! 私の猛毒の防壁が、一瞬で……!」


マリスが焦り、自らの腕を巨大な腐敗の茨に変えてアッシュの胸を貫こうとする。


「死になさい! 生命を腐らせる絶望の毒を喰らえェェッ!」


だが。


「こんな臭い泥遊びは、もうおしまいだよ」


アッシュは突き出された茨の槍を、避けることもなく、素手でギュッと掴んだ。


「ハッ! 馬鹿め! 私の毒に直接触れれば、骨までドロドロに溶け――」


マリスが勝ち誇ろうとした瞬間。


パァァァァァァァァンッ!!!


アッシュの手から放たれた『神威の光』が、猛毒の茨を純白の閃光で包み込んだ。


「なっ……!?」


溶けるはずのアッシュの手は無傷のまま。それどころか、マリスの放った腐敗の茨は、アッシュの手が触れた場所から、美しい白百合の花々へと瞬時に変化(浄化)していったのだ。


「あ、あばばばばっ!? 私の、私の死の魔力が……! 綺麗な花に、書き換えられていくゥゥッ!?」


「マリス、君の心も、こんな風に綺麗になればいいのにね」


光の波紋はそのままマリスの全身を駆け巡り、彼女を覆っていた穢れと狂気を完全に洗い流した。マリスは白百合の花に包まれながら、白目を剥いてその場に気絶した。


主を失った泥神も、アッシュの光を浴びて一瞬で浄化され、本来の澄み切った清らかな泉の水へと戻って降り注いだ。


「終わったわね。セフィラのサポート、本当に完璧だったわ!」


シルヴィが額の汗を拭い、セフィラに笑顔を向ける。


「は、はいっ! 皆様のおかげです!」


セフィラも長い耳を嬉しそうに揺らした。


アッシュは泉の中央に歩み寄り、解放された五つ目の『光の欠片』をそっと両手で包み込んだ。

「痛かったね。もう大丈夫だよ」


欠片は歓喜の光を放ち、アッシュの胸の中へと溶け込んでいく。


五つの欠片が揃い、アッシュの記憶のフラッシュバックはさらに鮮明なものとなった。


(真っ白な光に包まれた『あの人』。その背中だけでなく、振り返った横顔が微かに見えた。……透き通るような白銀の髪。そして、どこか悲しげに微笑む、エリスに少し似た、美しい瞳……)


「……もう少しで、あの人の顔が思い出せそうなんだ」


アッシュが自分の胸に手を当てて呟くと、仲間たちも優しい眼差しで彼を見守った。


「アッシュ様! ありがとうございます!」


ティターニア女王と妖精たちが、浄化された泉の周囲に集まってきた。


「泉が元に戻ったわ! 人間さん、ありがとう!」

妖精郷は教団の魔の手から完全に救われた。


そして、緊張の解けた一行は、泥だらけになった服を見下ろした。


「あーあ、触手を切り刻んだ時に泥を被っちゃったわ。せっかくの泉だし、少し汚れを落としていきましょうか」


シルヴィが魔法で周囲に目隠しの風の壁を作りながら言う。


「そうですね。幸い、泉の水はとても温かくて心地よさそうです」


エリスも泥のついた防具を外し始める。


「じゃあ僕も洗おうかな」


アッシュも一緒に服を脱ごうとした、その時だった。


『恩人のアッシュ君と、可愛いお姉さんたちをもてなそう!』


『妖精の魔法、えいっ!』 


悪戯好きな妖精たちが、空からキラキラと輝く魔法の粉を一行に振りかけた。

すると――。


「えっ……!?」

エリス、シルヴィ、カレン、セフィラが着ていた下着や衣服が、魔法の力で淡く光る『透け透けの花びらで作られた水着』のような際どい衣装に一瞬で変わってしまったのだ。


「ひゃああっ!? な、なんですかこれは! 丸見え……っ、いやぁぁっ!」


エリスが真っ赤になって胸元と股間を隠してしゃがみ込む。


「ちょ、ちょっと妖精たち! 何てことしてくれんのよ!!」


シルヴィも涙目で必死に体を隠す。


「な、なんという破廉恥な……! 闘気で隠さねば……っ!」


カレンですら顔から火を噴いて背中を向けている。


そんな大パニックのヒロインたちを見て、アッシュは目を丸くし、そして満面の笑みを浮かべた。


「わぁ……! みんな、お花のお洋服、すごく似合ってるね。可愛いよ!」


「〜〜〜ッッ!!!」


大自然の愛し子からの、純度100%の無自覚な賛辞。


エリスたちの理性が、妖精の魔法以上に強力な一撃を受けて完全にショートした。


「ア、アッシュ殿の……えっち……っ!」


清らかな始まりの泉に、甘酸っぱい悲鳴と、アッシュののんきな笑い声がいつまでもこだまする。

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