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黄金竜の誓いと、湯上がりの髪梳き



赤黒い瘴気が完全に晴れ渡り、本来の清らかなマナを取り戻した竜帝峰の頂上。


気高き黄金の鱗を輝かせる竜帝バハムートは、その山のように巨大な頭を、アッシュの足元へと深く、深く垂れていた。


『大自然の愛し子よ。そなたの温かな光がなければ、我は永遠に幻惑の悪夢に囚われ、この帝国を自らの炎で焼き尽くしていただろう。全竜を代表し、心からの感謝と……絶対の忠誠を誓おう』


「ううん、バハムートさんが無事で本当によかった。頭、もう痛くない?」


アッシュが巨大な鼻先をぽんぽんと撫でると、バハムートは心地よさそうに目を細め、喉の奥でゴロゴロと巨大な猫のような音を鳴らした。


気絶した第二使徒バルドスは、竜騎士たちによって頑丈な拘束具をつけられ、帝国の地下深くにある絶対牢獄へと連行されていった。これで、東の砂漠、獣人大陸、天空の大陸に続き、竜の帝国も教団の魔の手から完全に解放されたことになる。


「……それにしても」


アッシュは自分の胸にそっと手を当てた。


たった今取り込んだばかりの四つ目の『光の欠片』。それがアッシュの内で溶け合った瞬間、彼の中に、これまでで最も鮮明な記憶の映像が流れ込んできたのだ。


(真っ白な光に包まれた『あの人』が、巨大な真っ黒い影と戦っている。……あの人は、自分の光を全部使って、その影を世界から切り離して封印したんだ。そして、ボロボロになって……泣きながら、僕の頭を撫でた)


『――あとは頼んだよ。君は、誰よりも優しく、幸せに生きなさい』


その声は、ひどく悲痛で、しかしどこまでも深い愛情に満ちていた。


自分を置いていったのではなく、世界とアッシュを守るために、自らの存在を削って戦い、遠くへ消えていったのだと、今ならはっきりと分かる。


「アッシュ殿……? いかがなさいましたか。涙が……」


エリスが心配そうに覗き込んでくる。


アッシュは自分の頬を触り、そこに温かい雫が伝っていることに初めて気がついた。


「あっ、ごめんね。……なんだか、すごく大切なことを思い出したみたいなんだ。僕を置いていったあの人は……僕を守るために、一人で泣いてたんだって」


アッシュは空を見上げ、灰色の瞳に静かな、けれど絶対的な決意の火を灯した。


「早く残りの欠片を見つけて、あの人に『もう一人で泣かなくていいよ』って、教えてあげなくちゃ」


その真っ直ぐで優しい言葉に、エリスたちも静かに頷く。


『そなたの探す光の欠片……次なる行方は、我が竜眼にも見えている』


バハムートがゆっくりと顔を上げた。


『ここより西……大地のマナの源泉たる「世界樹」がそびえる場所。深緑の結界に守られしエルフの故郷、大森林ユグドラシルへと、五つ目の光は飛んでいった』


「世界樹……エルフの故郷……!」


その言葉に、セフィラの翠緑の瞳が大きく見開かれた。


「セフィラの生まれた場所だね」


アッシュが微笑みかけると、セフィラは少しだけ緊張した面持ちで、コクリと頷いた。


「はい。私が外の世界に出るまで、ずっと暮らしていた森です。ですが、世界樹の周辺は極めて強力な結界が張られており、部外者は決して入ることができません。……私が、皆様をご案内します」


彼女の顔には、かつての一歩引いたような迷いはなく、一行を導く凛とした自信が満ちていた。


「よし、次の目的地は西の大森林だな! エルフの里となれば、また見たこともない美味い酒と肉があるかもしれん!」


カレンが大剣を背負い直して笑う。


「ちょっとカレン、エルフの里は神聖な場所なんだから、宴会気分はほどほどにしなさいよ」


シルヴィが呆れたようにツッコミを入れた。


『さあ、勇ましき乙女たちよ。我が背に乗るがいい。山の麓の温泉街まで、一息に送り届けよう』


バハムートが翼を広げる。


アッシュたちは竜帝の広い背中に乗り、心地よい風を受けながら、歓喜に沸く温泉街イグニスへと帰還した。


その日の夜。


温泉宿『竜泉亭』では、竜の帝国を救ったアッシュたちを称える、国を挙げての大宴会が催された。


美味しい山の幸と極上の温泉をたっぷりと堪能し、部屋に戻ったエリスたちは、湯着からゆったりとした浴衣のような寝巻きに着替え、ふかふかの布団の上でくつろいでいた。


「はぁ〜……。戦いの後の温泉って、どうしてこんなに最高なのかしら」


シルヴィが濡れた髪をタオルで拭きながら、ゴロンと寝転がる。


「ええ。アッシュ殿のおかげで、また一つ世界が救われましたね。……ただ、少し湯冷めしそうですが」


エリスがブルッと肩を震わせた時だった。


「みんなどうしたの? 髪の毛、まだ濡れてるよ」


襖がスッと開き、同じく寝巻き姿のアッシュが、手拭いを持って部屋に入ってきた。


「ア、アッシュ殿!? どうして乙女の部屋に……っ」


「だって、そのまま寝たら風邪ひいちゃうでしょ。ほら、こっちおいで」


アッシュは全く悪びれる様子もなく、エリスの背後に回り込むと、彼女の美しい白銀の髪をタオルで優しく包み込み、丁寧に水気を拭き取り始めた。


「ひゃうっ……!?」


エリスの背中に、アッシュの温かい胸板が微かに触れる。さらに、頭皮を撫でるアッシュの指先が、絶妙な力加減でマッサージのように心地よく、エリスの思考は一瞬で白濁した。


「エリスの髪、いつもすごく綺麗だね。月明かりみたいで、僕、すごく好きだよ」


「〜〜〜ッ!!」


ただでさえ温泉で火照っていたエリスの顔が、限界突破して真っ赤に茹で上がる。無自覚な殺し文句と至近距離でのスキンシップに、騎士の心臓は今にも口から飛び出しそうだった。


「あーっ! またエリスばっかりずるい!」

「師匠、私のも! 私の髪も梳かして!」


リリィとシルヴィが猛抗議しながらアッシュの周りに群がってくる。


カレンも「ふん、私は自分で……いや、戦士の筋肉をほぐすために、頭皮の血流を良くしてもらうのも悪くないな」と言い訳しながら、そそくさとアッシュの前に座り込んだ。


「あはは、みんな順番ね。セフィラも、ほら」

「えっ……わ、私ですか!?」


アッシュに呼ばれ、セフィラは長い耳を真っ赤にしてビクッと肩を揺らした。


「セフィラの髪も、銀色の糸みたいですごく綺麗だよ。幻惑の霧の時、すごく頑張ってくれたから、ご褒美ね」


アッシュはセフィラの後ろに座り、彼女の長い髪を優しくタオルで拭き始める。


「あ……ふにゃぁ……」


知的なエルフの威厳はどこへやら。アッシュの優しすぎる手つきと温もりに、セフィラは完全に骨抜きにされ、気持ちよさそうに目を細めてアッシュにもたれかかってしまった。


「むー! セフィラ、アッシュにくっつきすぎ!」

「順番! 次は私よ!」


夜の温泉宿に、賑やかで甘い声がいつまでも響く。


世界の命運を背負いながらも、大自然の愛し子とその仲間たちの旅は、どこまでも温かく、笑顔に満ちていた。


明日から向かうは、神秘に包まれた西の大森林。エルフの乙女の故郷へ向け、彼らは新たな思い出を胸に眠りにつくのであった。

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