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暴逆の竜帝と、翠緑の道標




幻惑の霧が完全に晴れ渡った竜帝峰の頂上。


そこは、すり鉢状になった巨大なカルデラだった。本来なら清らかな大地のマナが満ちる神聖な場所であるはずが、今はドロドロとした赤黒い瘴気が渦巻き、息を吸うだけで肺が焼けるような穢れに汚染されていた。


「ひぃぃっ……! ば、馬鹿な! 私の完璧な幻術結界が、ただの暴力的な光で……!」


カルデラの縁に立つ祭壇で、第二使徒バルドスが腰を抜かして後ずさっていた。


「バルドス。もう隠れんぼは終わりだよ。バハムートさんを返して」


アッシュが静かに歩み寄る。その後ろには、武器を構えたエリスたちが油断なく付き従っている。


「ふ、ふざけるなァ! たかが一度結界を破ったくらいで、勝った気でいるんじゃありませんよォ!」


バルドスが血走った目で絶叫し、懐から真っ黒に染まった竜の鱗を取り出し、高々と掲げた。


「出でよ、我が最高にして最強の人形パペット! 大自然の愛し子ごと、この生意気な羽虫どもを灰に帰すがいい!!」


ドゴォォォォォォォォンッ!!!


カルデラの底から、山そのものが爆発したかのような凄まじい地鳴りが轟いた。


岩盤を砕き、溶岩の飛沫を上げながら姿を現したのは――山と見紛うほどに巨大な、漆黒の竜だった。


「グオォォォォォォォォォォッ!!!」


咆哮だけで突風が吹き荒れ、シルヴィの張った風の防壁がひび割れる。


全竜の頂点、竜帝バハムート。本来は黄金の鱗を持つ誇り高き神竜だが、今はバルドスの幻惑と穢れに完全に精神を支配され、破壊衝動だけの化け物と化していた。


「デカいわね……! 前にに戦った獣王とは、質もスケールも桁違いよ!」


シルヴィが杖を握り直し、額に汗を浮かべる。


「だが、的が大きい分、私の大剣は当てやすいな!」


カレンが闘気を爆発させ、迎撃の体勢をとる。


「アッシュ殿、バハムートから放たれる瘴気が濃すぎます! うかつに近づけば、いくら貴方でも……!」


エリスがアッシュの前に立ち塞がり、白銀の剣を構えた。


「ハーッハッハッハ!! どうですゥ? 竜帝の圧倒的な力! さあ、バハムート! 奴らを消し炭にしなさい!」


バルドスが勝ち誇ったように叫ぶ。


バハムートが巨大な顎を開き、その喉の奥で、全てを焼き尽くす暗黒のブレスが圧縮され始めた。まともに食らえば、岩山ごと消滅させられる威力だ。


「アッシュさん、待ってください!」


その時、セフィラがアッシュの腕を掴み、一歩前に出た。


彼女の翠緑の瞳が『真なる妖精眼』として眩く発光し、巨大なバハムートの全身を高速で走査する。


「この瘴気、バハムート自身の力ではありません! バルドスが持っている『黒い鱗』から、見えない支配の糸がバハムートの額に繋がっています! 額の奥、ちょうど眉間の少し上に……『穢れの楔』が打ち込まれています!」


セフィラの声が、戦場に響き渡る。


「あの楔さえ壊せば、バハムートを苦しめている幻惑は解けます! アッシュさん、私が楔の正確な位置を光で指し示します!」


「ありがとう、セフィラ。すごく分かりやすいよ」


アッシュがふわりと微笑み、紅蓮の白銀の髪を揺らして前に出た。


「エリス、シルヴィ、カレン、リリィ! 僕がバハムートさんに触れるまで、少しだけ道を作って!」


「承知しました、我が主!」

「任せなさい!」

「行くぞ!」

「がおーっ!」


四人が一斉に動いた。


「私の風で、ブレスの軌道を逸らすわ!」


シルヴィが最大出力の暴風を放ち、バハムートが吐き出した暗黒の炎を下から押し上げ、空の彼方へと逸らす。


「そのデカい顔、少し下げてもらうぞ!」


カレンが跳躍し、バハムートの巨大な顎に向かって、闘気を込めた大剣を叩きつける。重力すら超えたその一撃に、バハムートの巨体がガクンと沈み込んだ。


「道は……私が開きます!」


エリスが純白の祈りの光を纏った剣閃を放ち、バハムートの周囲を渦巻く瘴気の壁を十字に切り裂いた。


「今です、アッシュさん! あの額の赤い点です!」


セフィラが妖精眼から一筋の光の矢を放ち、バハムートの額に埋まった『穢れの楔』を正確にロックオンする。


「うん、見えた」


仲間たちが繋いでくれた完璧な道筋。


アッシュは地面を蹴り、無重力のようにふわりと跳躍すると、バハムートの巨大な額へと降り立った。


「なっ……!? ば、馬鹿な! バハムート、何をしている! 奴を振り落とせ!!」


バルドスが叫ぶが、遅い。


「痛いの飛んでいけ」


アッシュの右手が、セフィラの示したポイントにピタリと触れた。


瞬間、アッシュから放たれた『神威の光』が、強烈な閃光となってバハムートの全身を包み込んだ。


「ガァァァァァァァァァッ!?」


バハムートの額に打ち込まれていた穢れの楔が、パンッと音を立てて弾け飛ぶ。


同時に、祭壇でバルドスが持っていた黒い鱗も粉々に砕け散った。


「あ、あばばばばっ!? 私の、私の支配の要石がァァァ!?」


光の波紋は竜帝峰全体へと広がり、赤黒かったカルデラの瘴気を、清らかなエメラルドグリーンの大地のマナへと瞬時に浄化してしまった。

そして、光が収まると――そこには、本来の気高き黄金の鱗を取り戻し、静かに瞳を閉じる竜帝バハムートの姿があった。


「……終わったね。おはよう、バハムートさん」

アッシュが額を撫でると、バハムートはゆっくりと目を開き、その巨大な瞳で、自分の鼻先に立つ小さな人間を見つめた。


『……我を、いや、この帝国を救ってくれたか。大自然の愛し子よ』


バハムートの低く、威厳のある声が直接頭の中に響く。


『我が心に巣食っていた幻魔を打ち払うとは。そなたのその光……確かに、神話の記憶に刻まれたものだ』


同時に、バハムートの体内から、四つ目の『光の欠片』がふわりと浮かび上がり、アッシュの胸の中へと吸い込まれていった。


四つの欠片が揃い、アッシュの中でさらに温かく、そして確固たる力が脈打つ。


「ヒィィィィッ!! ば、化け物どもめェ! 覚えていろ、教団の力はこんなものでは……っ!」


全てを失ったバルドスが、無様な悲鳴を上げながら逃げ出そうと背を向けた。


だが。

「逃がすか」


ドンッ! と、カレンの大剣の腹がバルドスの背中に叩きつけられ、バルドスはカエルが潰れたような声を出して地面に突っ伏し、そのまま白目を剥いて気絶した。


「……本当に、アッシュ殿の前ではどんな使徒もただの小悪党に成り下がりますね」


エリスが呆れたように剣を収める。


「でも、今回はセフィラのおかげだよ。セフィラが痛いところを教えてくれなかったら、もっと時間がかかっちゃってたとおもう」


アッシュがバハムートの額から飛び降り、セフィラの元へとてくてく歩いてきた。


「あ、アッシュさん……いえ、私はただ、眼を使っただけで……」


セフィラは謙遜して俯くが、その長い耳は嬉しそうにピンと立っている。


「ううん、セフィラはすごいよ。本当に助かった。ありがとう」


アッシュは全く悪びれる様子もなく、セフィラをギュッと抱きしめ、その美しい銀糸の髪をふりふりと撫でた。


「ひゃうっ!?」


エルフの長生きな人生の中で、かつてないほどの至近距離で浴びる『大自然の愛し子の純度100%のスキンシップ』。


セフィラの翠緑の瞳がグルグルと回り、顔からは温泉の時以上の湯気が噴き出す。


「わ、わわっ……アッシュさん、抱擁は少し刺激が……っ、でも温かい……ふにゃぁ……」


知的なエルフの威厳は完全に崩壊し、セフィラはアッシュの腕の中でだらしなくとろけてしまった。


「あーっ! セフィラだけずるいわ! 私も大活躍したんだから、ぎゅーってしてよ!」


「わ、私だって道を開いたのです! 騎士への労いとして、ハグの一つくらい……っ!」


「フハハ! 私は別にハグなど求めていないが、アッシュがどうしてもと言うなら胸を貸してやろう!」


「アッシュ、私もー!」


気絶した使徒と、それを呆れ顔で見下ろす黄金の竜帝を置き去りに。


竜帝峰の頂上では、大自然の愛し子を巡るヒロインたちの、平和で騒がしい(そして甘酸っぱい)戦後処理がいつまでも続くのであった。

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