表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/67

湯けむりの竜人街と、至高の浄化湯



案内役(?)へと寝返った巨大な火竜に先導され、アッシュたちは険しい岩山の合間に広がる温泉街『イグニス』へと降り立った。


頭に立派な角を生やし、ところどころに竜の鱗を持つ竜人ドラゴニュートたちが、突如飛来した火竜とグリフォン、そして見慣れぬ人間たちを見てざわめき始める。


「おい、あれは国境警備隊の火竜じゃないか? なぜ人間なんかを乗せて……」


「それに、あの火竜……人間の青年に向かって犬みたいに喉を鳴らしてないか?」


街の住人たちが目を丸くする中、火竜の背から降りた竜騎士は、震える足でアッシュの前に歩み寄り、ガクンと片膝をついた。


「も、申し訳ありませんでした! 貴方様がこれほど高次な『気』を纏う御方とは知らず、無礼な態度をとってしまい……!」


竜騎士は完全に平伏していた。誇り高き竜族の相棒が、出会って数秒で完全服従したのだ。目の前の灰色の青年が、ただの人間であるはずがないと本能で悟ったのである。


「えっ、謝らなくていいよ。それより、すごくいい匂いがするんだけど、ここが温泉?」


アッシュが周囲に立ち上る白い湯煙を見て目を輝かせる。


「は、はい! このイグニスは帝国随一の湯治場! 貴方様のような尊き御方には、街で一番の最高級宿『竜泉亭』の貸し切り大露天風呂を手配させていただきます!」


竜騎士の鶴の一声により、一行はあっという間に豪華な温泉宿へと案内されることになった。

宿の奥に広がる大露天風呂は、巨大な岩をくり抜いて作られており、見晴らしの良い崖沿いからは竜の帝国の大パノラマが一望できる素晴らしい造りだった。


「わぁ……! すごく広くて、お湯がたっぷりだ!」


アッシュはさっそく脱衣所へと向かおうとする。


その後ろで、エリス、シルヴィ、カレンの三人は、顔を真っ赤にしてガチガチに固まっていた。


宿の主人が「貸し切りですので、皆様ご一緒にどうぞ」と気を利かせてしまったため、正真正銘の『混浴』が確定してしまったのだ。


「ど、どうしましょう……! いくら湯着を巻くとはいえ、アッシュ殿と同じお湯に……っ!」


エリスが両手で顔を覆い、しゃがみ込む。


「わ、私は別に気にしないわよ!? 師匠の背中を流すのも弟子の務めだし! た、ただ少し心臓が破裂しそうなだけで……っ!」


シルヴィも声が裏返っている。


「ふ、ふん。戦士たるもの、共に裸で汗を流すのも絆を深める儀式だ。な、何も恥じることは……うう、やっぱり少し緊張するな……」


カレンは腕を組みながらも、尻尾があればパタパタと落ち着きなく揺らしているような状態だった。


「アッシュ、早く早くー!」


一人だけ全く気にしていないリリィに手を引かれ、アッシュは一足先に露天風呂へと入っていった。


「……行くしか、ありませんね。騎士として、主の側を離れるわけにはいきませんから!」


エリスが悲壮な(しかしどこか期待を含んだ)決意を固め、三人は厚手の湯着をしっかりと身にまとい、湯気のもくもくと立ち込める露天風呂へと足を踏み入れた。


「ア、アッシュ殿、失礼しま……す?」


お湯に浸かっているアッシュの背中を見つけたエリスだったが、彼女はそこで不思議な光景に気づいた。


アッシュは温泉を楽しんでいるというより、お湯の湧き出し口である岩の近くにしゃがみ込み、悲しそうに水面を撫でていたのだ。


「どうしたの、アッシュ?」


リリィがお湯に飛び込みながら尋ねる。

「……お湯が、少し泣いてるんだ」


アッシュが静かに呟いた。


エリスたちが近づいてよく見ると、透明なはずの温泉のお湯が、微かに黒く濁っているのがわかった。


「これは……『穢れ』の気配!? 温泉にまで教団の毒が……!」


エリスがハッとして周囲を見回す。


「うん。地下のずっと深いところで、無理やり黒い石を埋め込まれて、お水さんたちが息苦しがってる。……痛かったね。僕が綺麗にするからね」


アッシュが、湧き出し口の岩にそっと両手を当てた。


その瞬間。


アッシュの掌から、純白の神威の光がお湯を伝って温泉全体へと広がっていった。


シュウウウウゥゥゥ……ッ!


微かに混ざっていた赤黒い濁りが一瞬にして蒸発し、お湯は透き通るようなエメラルドグリーンへと変化した。それだけでなく、お湯自体からキラキラとした清らかな魔力の粒子が立ち上り始めた。


「わぁ……! お湯がキラキラになった!」


リリィが歓声を上げる。


「これは……すごいわ。ただの温泉じゃない、大地の生命力そのものが溶け込んだ『究極の霊薬エリクサー』みたいな状態になってる!」


シルヴィが驚愕の声を漏らす。アッシュが無自覚に行った浄化は、温泉の効能を神話クラスへと引き上げてしまったのだ。


「もう苦しくないよ。ゆっくり温まってね」


アッシュが優しく微笑み、振り返ってエリスたちを見た。


「エリスたちも、早く入っておいで。すごく気持ちいいよ」


「あ……はいっ!」


三人は恐る恐るエメラルドグリーンに輝くお湯へと足を踏み入れた。


その瞬間、これまでの旅の疲労や、肌の小さな傷、さらには魔力の消耗までもが、スゥッと嘘のように消え去っていく。


「ふぁぁ……。これは、極楽だな……。筋肉の隅々まで熱が染み渡る……」


カレンがたまらず声を漏らし、お湯に肩まで沈み込む。


「お肌がツルツルになるわ……。エルフの森の泉よりすごいかも……」


シルヴィもうっとりと頬を緩めた。


「アッシュ殿……とても、温かいです」


エリスが、アッシュの隣にそっと移動し、恥じらいで頬を朱に染めながら上目遣いで微笑んだ。


湯気越しに見るエリスの美しさは、神聖な騎士というよりも、一人の可憐な乙女そのものだった。


「よかった。……ねえエリス、背中流そうか? いつも僕を守ってくれて、疲れてるでしょ?」


アッシュが、全く下心のない、純粋な優しさで提案する。


「ひゃうっ!? い、いえ! さすがにそれは……っ!」


エリスがパニックになって後ずさろうとするが、お湯の中でツルッと足を滑らせてしまう。


「あっ、危ないよ」


アッシュが咄嗟に手を伸ばし、エリスの細い腰を抱き止めた。


「〜〜〜ッ!!」


お湯の中での、密着。


薄い湯着越しに伝わるアッシュの体温と、彼の力強い腕の感触に、エリスの脳みそは完全にキャパシティを超え、言葉にならない悲鳴を上げてショートしてしまった。


「ちょ、ちょっとアッシュ! 私の背中も流しなさいよ!」


「ふ、不公平だぞ! 私も背中が凝っている!」


顔を真っ赤にしたシルヴィとカレンが、バシャバシャとお湯を立ててアッシュの元へ殺到する。


「あはは、順番ね。みんな、背中綺麗にしてあげるから」


アッシュは相変わらずののんきな笑顔で、大騒ぎする仲間たちの背中を優しく撫でていた。


やがて、少し落ち着きを取り戻した頃。


アッシュは温泉の奥にそびえる、一番高い岩山――竜の帝国の中心である『竜帝峰』を見上げた。


「ねえ、みんな」


アッシュの静かな声に、エリスたちがハッとして視線を向ける。


「さっき、お水さんたちが教えてくれたんだ。あの一番高い山のてっぺんで、すごく大きな竜さんが、黒い服の人たちに痛いことをされてるって。……そして、あの中に、僕の四つ目の欠片がある」


その言葉に、エリスたちの顔つきが、乙女から一瞬にして戦士へと切り替わった。


「一番大きな竜……。竜の帝国の頂点、竜帝バハムートですね」


エリスが湯滴を払い、鋭い視線を岩山へ向ける。


「獣王に続き、今度は竜帝まで操ろうとしているのか。教団の残党め、しぶとい連中だ」


カレンが低く唸る。


「行きましょう、アッシュ殿。長旅の疲れも、この素晴らしい温泉で完全に吹き飛びました。今なら、どんな敵が来ても負ける気はしません」


エリスが力強く頷く。


天空の大陸から降り立った竜の国。


極上の温泉で心身を癒し(そして絆を深め)た一行は、教団の陰謀が渦巻く竜帝の牙城へと、次なる戦いの歩みを進めるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ