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竜の舞う大地と、無自覚な温泉の誘い

いつもお読みいただきありがとうございます!

本業が忙しくなってきた関係で55話より毎日18時のみの更新に変更とさせていただきますので、何卒ご容赦いただけますと幸いです。




天空の大陸での盛大な見送りを背に、アッシュたちは再び天翔グリフォンの広い背に乗り、一路北へと空を駆けていた。


「アッシュ様、どうか道中お気をつけて。星の加護が、貴方様の旅路を照らさんことを」


セレスティア大長老の祈りの声が、風に乗っていつまでも響いていた。


グリフォンは雲海を切り裂き、さらに冷たい北の空へと高度を上げていく。


「わーい! 次は竜の国! 私のお友達がいっぱいいるかも!」


リリィが人間の姿のまま、グリフォンの背中でぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃいでいる。


「リリィ、危ないわよ。落ちたらどうするの」

シルヴィが呆れながらも、万が一に備えて風の魔術の準備をしている。


「大丈夫だもん! 私も竜だもん、飛べるもん!」

「うん、リリィのお友達がたくさんいるといいね。……でも、少し寒くなってきたから、こっちにおいで」


アッシュが手を広げると、リリィは「えへへー!」と喜んでアッシュの胸に飛び込み、その温もりにすりすりと頬を寄せた。


「……またアッシュ殿の周りだけ、見えない暖炉があるみたいに暖かいですね」


エリスが少しだけ羨ましそうに(そして先日スープをあーんされた時のことを思い出して顔を赤くしながら)言う。


「エリスたちも、寒かったら遠慮しないでくっついていいからね」


アッシュが全く悪びれることなく、空いているスペースをポンポンと叩く。


「い、いえ! 私は騎士として、これくらいは自力で……っ、くしゅっ」


強がった瞬間にくしゃみをしてしまうエリス。

「ほら、無理しないの。カレンもシルヴィも、おいで」


アッシュに優しく腕を引かれ、結局エリスたちは顔から火が出るほど赤くなりながら、再びアッシュを中心にギュッと身を寄せ合うことになった。


「な、なんだかアッシュ殿に甘えてばかりで、申し訳ありません……」


「べ、別にアッシュにくっつきたくて来たわけじゃないんだからね! 効率的に魔力を温存するためよ!」


「ふん……まあ、このフォーメーションが一番安全だからな」


言い訳を並べながらも、三人はアッシュの体温と心地よい匂いに包まれ、すっかり顔をだらしなく緩ませていた。


やがて、数日間の飛行を経て、眼下の景色が劇的に変わり始めた。


雲が切れ、現れたのは天を突くような鋭い岩山が連なる広大な大地。その岩山の合間からは、いくつもの真っ白な湯煙が立ち上っている。


さらに、その空には、巨大な翼を持つ大小様々な『竜』たちが、悠然と舞い飛んでいた。


「見えましたわ! あれが北の大陸……『竜の帝国ドラグニア』です!」


セフィラが妖精眼を輝かせて指差す。


「わぁ……! リリィみたいに羽が生えた生き物がいっぱい飛んでる! それに、下の方からすごく温かくて、硫黄の匂いがするね」


アッシュが身を乗り出して下界を見下ろす。


「硫黄……ということは、温泉が湧いているということだな。長旅の疲れを癒すには最高じゃないか」


カレンが大剣を背負いながら、ニヤリと笑う。


「温泉! それはいいわね。お肌のお手入れもしたいし、ゆっくりお湯に浸かりたいわ」


シルヴィも目を輝かせた。


「温泉……ですか。いいですね。温かいお湯なら、みんなで入ればもっと温かいね!」


アッシュが、無邪気な笑顔で爆弾発言を投下した。


「「「……はい?」」」


エリス、シルヴィ、カレンの三人の動きがピタリと止まる。


「えっ、温泉って、大きなお風呂でしょ? だから、みんなで一緒に入ったら、背中も流せるし、すごく楽しいと思って」


アッシュは心底不思議そうに首を傾げている。

「みっ、みんなで……い、一緒に……!?」


エリスの顔が、一瞬にして沸騰したやかんのように赤くなり、頭からぷしゅーっと湯気が噴き出した。


(ア、アッシュ殿と……混浴……っ!? あああっ、裸で……お背中を流す……!?)


エリスの脳内で、騎士としての理性が完全崩壊し、禁断の妄想が暴走を始める。


「ちょ、ちょっと師匠! 一緒って、それはつまり、あんなことやこんなことを見られちゃうってこと!? む、無理よ! まだ心の準備が……っ!」


シルヴィが両手で顔を覆いながらも、指の隙間からチラチラとアッシュを見ている。


「ふ、ふん。私は戦士だ、裸の付き合いなど気にならん。アッシュの背中くらい、この私が……っ」


カレンは腕を組んで強がっているが、その声は完全に上ずり、耳の先まで真っ赤になっている。


「わーい! 私、アッシュと一緒にお風呂入るー!」


一人だけ意味がわかっていないリリィが、無邪気にアッシュに抱きついた。


「みんな、顔が赤いけど、熱でもあるの? 温泉、嫌だったかな……」


「「「嫌じゃありません!!」」」


三人の少女が、食い気味に同時に叫んだ。


そんな騒がしくも甘酸っぱい空気を乗せて、グリフォンが岩山の谷間へと高度を下げていった時だった。


「――止まれ! 人間ども!」


突如、巨大な影が一行の前に立ち塞がった。

全身を紅蓮の鱗で覆われ、口からチロチロと炎を漏らす、体長二十メートルはあろうかという巨大な『火竜ファイアドラゴン』だ。その背には、竜の角を持つ武装した戦士――竜騎士が乗っていた。


「ここは我ら竜族の不可侵領域! 何人たりとも、皇帝陛下の許しなく空を飛ぶことは禁じられている! 直ちに地上へ降り、武装を解除しろ!」


竜騎士が槍を突きつけ、火竜が威嚇の咆哮を上げる。


「グルルルルルッ!!」


火竜の放つ熱気と威圧感に、グリフォンが怯えて翼をバタつかせた。


エリスたちが即座に緩んだ空気を引き締め、武器に手をかけようとする。


だが。


「あ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ」


アッシュがグリフォンの背からひょっこりと顔を出し、火竜に向かって、そっと手を振った。

その瞬間。


大自然の理そのものを内包した、アッシュの『神威の光』が、火竜の感覚器官を直撃した。

「グ……?」


威嚇していた火竜の動きが、ピタリと止まる。


そして次の瞬間、火竜は威嚇の咆哮をスッと止め、まるで飼い主に褒められた子犬のように、喉の奥で「キュルルル……」と可愛らしい音を鳴らし始めたのだ。


「な、なんだ!? 相棒、どうした!? 敵だぞ、威嚇しろ!」


竜騎士が慌てて手綱を引くが、火竜は完全に戦意を喪失し、アッシュに向かって嬉しそうに尻尾(のような長い尾)を振っている。


「道案内、してくれるの? ありがとう。あっちの方から、すごくいい温泉の匂いがするんだけど、一緒に行ってもいいかな」


アッシュがのんきに話しかけると、火竜は「グルゥ(もちろん!)」とばかりに頷き、一行を先導するように飛び始めた。


「ば、馬鹿な……。気性の荒い火竜が、ただの青年に一瞬で手懐けられただと……!?」


背に乗った竜騎士は、全く言うことを聞かなくなった相棒の上で、ただただ呆然と現実逃避するしかなかった。


「……相変わらず、大自然の生き物には絶対的な威圧テイムですね」


エリスがため息をつきながら剣から手を離す。

大自然の愛し子の前では、屈強な竜族の国境警備すらも、ただの「親切な温泉ガイド」へと早変わりしてしまうのだった。


記憶の欠片と、至福の温泉(混浴?)を求めて、アッシュたちの常識外れな旅は、竜の帝国でも波乱の幕開けを迎えていた。

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