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星の記憶と、冷めない余韻



星の揺り籠の最深部、純白の光に満たされた空間で。


アッシュは、泣き崩れるゼノを静かに抱きしめていた。彼から放たれる紅蓮の白銀の輝きは、ゼノの虚無を全て溶かし尽くし、ただの迷子のような、か弱き魂だけを優しく包み込んでいる。


「……私の、何もない世界が……温かい光で、満たされていく……」


ゼノの虚無の瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。彼を縛っていた『世界への拒絶』は、アッシュの底なしの慈愛の前に完全に打ち砕かれていた。


少し離れた場所で、セフィラが妖精眼を細めて微笑んだ。


「大自然から切り離され、死に絶えようとしていたこの空間に、満天の星の魔力が戻ってきています。……アッシュさんは、虚無の使徒の心さえも浄化してしまったのですね」


エリスは白銀の剣を鞘に納め、アッシュの背中を見つめた。


(ただの剣の模倣、手刀の素振り一つで、概念さえも砕く圧倒的な力。それなのに、誰よりも優しく、敵であった者さえも温めようとする……)


エリスの青い瞳が、熱を帯びて潤む。彼女の胸の奥で、騎士としての忠誠心と、一人の少女としての抑えきれない慕情が激しく入り混じり、心臓が早鐘のように鳴り響いていた。


「……終わったわね。師匠、本当に常識外れよ」


シルヴィが杖を支えに、呆れたように、けれどひどく愛おしそうに笑う。


「ガハハハッ! さすがは私の主だ! 第一使徒をただの泣き虫に変えるとはな!」


カレンが大剣を背負い直しながら、豪快に笑った。


静けさを取り戻した星の揺り籠で、アッシュは泣き止んだゼノをそっと離した。


「おはよう、ゼノ。……もう、寒くない?」


ゼノは自分の震える両手を見つめた。そこには、世界を滅ぼす絶望の力はもう一滴も残っていない。だが、不思議と心は穏やかだった。


「……ああ。不思議なものだ。全てを失ったはずなのに、今は……酷く、温かい」


ゼノはその場に力なく座り込んだ。もう、彼に戦う意志はなかった。


アッシュは立ち上がり、自分の胸にそっと手を当てた。


そこには第一、第二に加え、たった今取り込んだ第三の『光の欠片』が、ポカポカと温かく、そして懐かしく共鳴して脈打っていた。


欠片と融合したことで、アッシュの頭の中に、失われていた記憶のワンシーンが鮮明にフラッシュバックする。


それは、真っ白な光に包まれた『あの人』が、幼いアッシュの頭を撫でて去っていく後ろ姿。


以前は「自分を捨ててどこかへ行ってしまった」と思っていた。しかし、記憶の中の光は、ひどく悲しそうで、震えていたのだ。


(あの光の人は、ぼくを捨てたんじゃない。何か、すごく重たいものを一人で背負って、泣きながら遠くへ行ったんだ……)


アッシュは、星空の天井を見上げた。


見つけたら、よく頑張ったねって、頭を撫でて抱きしめてあげたい。


彼の中で、記憶を辿る旅の目的が、より深く、優しいものへと変わっていた。


「アッシュ殿……」


エリスたちが駆け寄ってくる。


「みんな、怪我はない?」


アッシュがいつものようにふんわりと微笑んで振り返ると、エリスはたまらずアッシュの胸に飛び込んだ。


「あなたが無事で……本当に、よかった……!」


「エリス、手がまだ少し冷たいね。ゼノの冷気が残ってるんだ」


アッシュは全く悪びれる様子もなく、エリスの冷えた両手を自分の大きな手で包み込み、ふーふーと息を吹きかけた。


「ひゃうっ……!?」


エリスの顔が、瞬時にゆでダコのように真っ赤になる。空での密着、そして今。彼女の理性が、アッシュの無自覚な優しさの前で再びメルトダウンを起こしかけていた。


「ちょ、ちょっとアッシュ! 私も冷気が残ってるわ! ほら、手も耳も冷たいでしょ!」


シルヴィが顔を真っ赤にして割り込み、アッシュの腕にしがみつく。


「僕も! アッシュ、ぎゅーして!」


リリィがアッシュの背中に飛び乗る。


「……ふん。私は闘気があるから平気だが、戦士の筋肉を労わるために、少しだけその温もりを分けてもらうとするか」


カレンもちゃっかりとアッシュの隣に陣取り、背中合わせにくっついた。


「あはは、みんな一緒なら暖かいね」


アッシュは困るどころか、嬉しそうに仲間たちの温もりを受け入れている。ヒロインたちの動鐘をよそに、大自然の愛し子の『無自覚なタラシっぷり』は今日も絶好調だった。


数時間後。


天空の大陸の神殿で、天翼族の騎士たちがアッシュたちを歓迎する盛大な祝宴を開いていた。ゼノは力を失い、神殿の地下牢で静かに罪を償うことになった。


テラスには、フワフワの雲のスープや、天空の果実が並べられている。


「美味しい! このスープ、やっぱり何度飲んでも不思議な味がするね!」


アッシュは幸せそうにスープを頬張っていた。

セレスティア大長老が、穏やかな微笑みを浮かべてアッシュの前に進み出る。


「アッシュ様、空の世界を救っていただき、本当にありがとうございます。貴方様の胸の欠片が、次の目的地を示しているようですね」


「うん。次の欠片は、ここからずっと北……すごく大きくて、熱い息を吐く生き物がいっぱいいる大陸だって、教えてくれたよ」


「北の大陸……神話の竜たちが棲まう『竜の帝国』ですね」


エリスの顔つきが、騎士のものへと切り替わる。


「教団の残党も、間違いなくそこへ向かっているはずです」


「うん、行こう。美味しい果実とスープのお礼に、世界中のお掃除、まだまだ頑張るよ」


アッシュがのんきに笑う。

天空の大陸を救済した一行。


彼らの『終わらない観光旅行』は、広大な空を越えた先の未知なる舞台『竜の帝国』へ向けて、さらなる広がりを見せようとしていた。

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