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獣王の恩返しと、空へ続く新たな道




凍てついていた溶岩が本来の熱と輝きを取り戻した大火山。


その麓にある「嘆きの森」――今は教団の穢れが浄化され、清らかな魔力に満ちた「恵みの森」へと姿を変えた岩場に、数え切れないほどの獣人たちが集結していた。


「見ろ! 火口の黒煙が完全に消え去ったぞ!」


「ああっ……大地の温もりが戻ってきた! 大火山が生き返ったんだ!」


採掘場で強制労働させられていた者たちも、避難していた銀狼族たちも、空を覆っていた分厚い暗雲が晴れ、陽光が差し込む光景に涙を流して歓喜していた。


そこへ、火山の斜面を下ってくる一行の姿が見えた。


先頭を歩くのは、のんきな足取りの灰色の青年。その後ろには白銀の剣士や魔導師の少女たち、そして――。


「じゅ、獣王様!?」


ヴォルフが驚愕の声を上げた。


全獣人の頂点に立つ獣王ライオネルが、アッシュの斜め後ろにぴったりと付き従い、まるで主人の歩幅に合わせる忠犬のように、大人しく歩いていたのだ。


その黄金のたてがみからは狂気はすっかり抜け落ち、誇り高くも穏やかな、本来の獣王の威厳が戻っている。


「ライオネル様……正気に戻られたのですね!」


獣人たちが一斉に平伏する。


「面を上げよ、同胞たち。我が愚かな心の隙を突かれ、お前たちに多大な苦痛を強いてしまったこと、この命に代えても詫びねばならん」


ライオネルは深く頭を下げ、そして、スッとアッシュの方へ片膝をついた。


「だが、我らを……この大陸の命を救ってくださったのは、この御方だ。我が命も、獣王としての誇りも、すでにこのアッシュ様のもの。今日より我ら獣人は、大自然の愛し子たるアッシュ様を『真の王』として崇め、絶対の忠誠を誓う!」


ライオネルの力強い宣言に、森を揺るがすほどの地鳴りのような歓声が上がった。


「おおおおぉぉぉっ!! 真の王に栄光あれ!!」


「ええっ!? だから、僕は王様とかそういうのじゃないってば! ただの観光旅行で……」


アッシュが慌てて両手を振るが、獣人たちの熱狂は全く収まらない。


「ふふっ。諦めてください、アッシュ殿。あなたが大自然を救う限り、この熱狂はどこまでもついて回りますよ」


エリスが楽しそうにクスクスと笑う。


「それにしても、あの狂乱の獣王が、今やアッシュの足元でゴロゴロ喉を鳴らす大きな猫ね」


シルヴィが、アッシュに頬を擦り寄せるライオネルを見て呆れたように肩をすくめた。


「ねえねえ、ライオネルさん。お腹空いちゃったから、また美味しいお肉が食べたいな」


アッシュがライオネルのたてがみをワシャワシャと撫でながら言うと、獣王は「ハッ!」と弾かれたように立ち上がった。


「野郎ども、聞いたか!! 王が肉を所望されておられる! 大陸中の最高の獲物を集めよ! 今夜は三日三晩続く、歴史上最大級の祝宴だァァァッ!!」


「ガァァァァッ!!」


獣人たちが狩りへと飛び出していく。


かくして、獣人大陸の平和を取り戻した一行は、凄まじい規模の「肉と酒の宴」へと巻き込まれることとなった。


夜。


巨大な焚き火がいくつも焚かれ、広場は熱気に包まれていた。


アッシュのテーブルには、見たこともないような巨大な肉料理が山のように積まれ、エリスやカレンたちも獣人の戦士たちと豪快に酒を飲み交わしている。


「美味しいね、リリィ。このお肉、すごく柔らかいよ」


「うんっ! アッシュと食べるお肉が一番おいしい!」


アッシュは膝の上にリリィを乗せ、機嫌よく肉を頬張っていた。


ふと、アッシュは夜空を見上げた。


彼の中にある、第一と第二の『光の欠片』。二つの神の記憶が同調し、彼の中で一つの確かな感覚を生み出していた。


(ゼノが言っていた『天空の大陸』。……あの星空の、ずっと高いところにあるんだね)


「アッシュ殿。次なる旅の目的地について、お考えですか?」


エリスが火照った顔でアッシュの隣に座り、夜空を見上げた。


「うん。僕の失くした記憶の欠片が、空の上で待ってるのが分かるんだ。でも、あんなに高いところまで、どうやって行けばいいのかなって」


アッシュが不思議そうに首を傾げる。


すると、近くで肉を焼いていたライオネルが、耳をピクリと動かして振り向いた。


「天空の大陸……神話の時代に大自然から切り離され、空の彼方に浮かぶという『失われた浮遊大陸』ですか。アッシュ様、あそこへ向かわれるので?」


「うん。ライオネルさん、行き方を知ってるの?」

ライオネルはニヤリと、獣の笑みを浮かべた。


「我が獣人大陸には、古より伝わる『天翔ける神獣』の伝説があります。火山の浄化によって、大地の魔力が満ちた今ならば、その封印を解くことができるでしょう」


翌朝。


宴の熱気も冷めやらぬ中、ライオネルの案内で一行は火山の麓にある巨大な洞窟へとやってきた。


ライオネルが王の血を石碑に垂らすと、重厚な石の扉が開く。


その奥の巨大な空間で眠っていたのは――白銀の羽毛と、獅子の体、そして巨大な鷲の翼を持つ、見上げるほど巨大な神獣『天翔グリフォン』だった。


「おお……! これほど美しい幻獣が、この大陸に眠っていたなんて」


セフィラが妖精眼を輝かせる。


『キリュゥゥゥ……』


目を覚ましたグリフォンは、警戒するように鋭い鳴き声を上げたが、アッシュが一歩前に出ると、すぐにその気配に気づき、頭を下げて恭しく羽を畳んだ。


「おはよう、グリフォンさん。僕たちを、空の上まで連れて行ってくれる?」


アッシュが羽毛を撫でると、グリフォンは誇らしげに鳴き声を上げ、その広い背中を差し出した。


「これなら、天空の大陸までも一っ飛びね!」


シルヴィがワクワクした顔でグリフォンの背中に乗り込む。


「空での戦いか。地上とは勝手が違うが、面白そうだ」


カレンも大剣を背負い直して飛び乗る。


「アッシュ様……我ら獣人は、いつでも貴方様の盾となり、剣となる覚悟です。どうか、ご武運を」


ライオネルやヴォルフたち、数え切れないほどの獣人たちが、大地に額を擦り付けて一行を見送る。


「ありがとう、ライオネルさん。みんなも、元気でね!」


アッシュが手を振ると、エリスがその隣に立ち、白銀の剣を掲げた。


「さあ、行きましょう。アッシュ殿の記憶と、本当の光を取り戻すための空へ!」


『ギュイィィィィンッ!!!』


グリフォンが力強く翼を羽ばたかせると、凄まじい突風と共に、一行は一気に大空へと舞い上がった。


獣人大陸の鬱蒼とした密林が、みるみるうちに小さくなっていく。


雲を突き抜け、抜けるような青空のさらに上へ。


大自然の愛し子とその仲間たちの旅は、重力を振り切り、次なる未知の舞台『天空の大陸』へと、新たな軌跡を描き始めたのであった。

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