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生命の螺旋と、黎明の轟炎



紅蓮に輝く白銀の髪を揺らし、大火山そのものと同調したアッシュ。


彼から放たれる圧倒的な『生命』の波動は、凍りついていた溶岩を瞬時に融かし、火口全体を清らかな熱気で満たした。


「……あり得ない。大自然から切り離したはずだ。精霊など、存在しない空間のはずだ……! 貴様、一体、何を変質させたァァァッ!!」


天井付近の岩壁で、ゼノが狂乱の絶叫を上げる。


絶対の無であるはずの『虚無の領域』が、アッシュという一つの存在を起点に、生命の螺旋によって、静かに、しかし圧倒的な力で上書きされていく。


アッシュは、静かに異形の神へと歩み出した。


その足取りは、もはや「ひ弱な人間」のものではなく、世界そのものを背負った、絶対的な「生命の頂」のそれだった。


『――――――――ッ!!!』


異形の神(虚無の神)が、初めて意志めいたものを放った。


それは、自らの存在を脅かす『生命』への、根源的な恐怖と排除の叫び。


黒い翼が羽ばたかれ、アッシュへと、世界を無へと還す『虚無の概念』が、これまでにない密度で叩きつけられた。


だが。


アッシュは、ただ静かに右手を突き出した。


手には何も持っていない。しかし、その手から放たれたのは、剣閃でも炎でもなく、紅蓮に輝く『生命の螺旋』だった。


ドォォォォォォォォォォンッ!!!


紅蓮の螺旋と、漆黑の虚無が、真正面から激突した。


物理的な破壊音ではない。世界に存在するあらゆる『理』と、それを否定する『無』が、概念のレベルでぶつかり合う、静かで、しかし凄まじい衝撃。


「う、うあぁぁ……ッ!!」


アッシュの体が、虚無の圧力に軋む。


いくら大火山と同調したとはいえ、相手は世界を終わらせる神。その重圧は、彼の魂までをも押しつぶそうとする。


(……それでも。僕は、負けない。エリスたちが、僕を信じてくれたから。火山の精霊さんたちが、僕に命を預けてくれたから!)


アッシュは、胸の中にある二つの『神の欠片』、そして外の大火山へと、さらに深く意識を向けた。


「みんな、もっと……もっと、歌って! 生きたいっていう、君たちの歌を!」


アッシュの叫びに、大火山が呼応した。


地下深くで眠っていた、純粋な大地の魔力が、アッシュという器を通じて、一気に噴出した。


カァァァァァァァァンッ!!!


紅蓮の螺旋が、さらに眩い、黄金色を帯びた輝きを放った。


それは、ただの力ではない。世界が、自らの存在を肯定する、圧倒的な『意志』そのもの。


「これが……世界の……声……?」


床に這いつくばっていたエリスが、涙を浮かべながら見上げた。


彼女の妖精眼には、アッシュから放たれる螺旋が、世界中のありとあらゆる生命の理と、見えない光の糸で繋がっているのが見えていた。


黄金の螺旋は、異形の神が放つ虚無の奔流を、真正面から、完全に押し潰した。


「ば、バカな……! 私の、虚無の神が……! 世界を否定する、絶対の無が……ッ!!」


ゼノが恐慌状態に陥り、狂乱の絶叫を上げる。

アッシュの放った生命の螺旋は、そのまま異形の神の本体へと直撃した。


それは、神を破壊するものではなかった。


『無』であった神の体に、圧倒的な『有(生命)』を、強制的に、そして優しく流し込む儀式。


『――――――――ォォォォォォッ!!!』


異形の神が、悲鳴とも、歓喜ともつかぬ叫びを上げた。


黒い瘴気で構成されていたその体が、アッシュの光によって、内側から黄金色へと塗り替えられていく。


そして。

ザァァァァァァッ!!


異形の神は、割れる音すら立てず、ただ静かに、数え切れないほどの黄金色の『光の粒子』へと姿を変え、凍りついていた溶岩へと降り注いだ。


その光の粒子が触れた瞬間。


凍りついていた溶岩は、かつてないほど清らかで、美しい『黎明の轟炎』へと戻り、火口全体を、温かく、優しい光で満たした。


火の精霊たちが、歓喜の声を上げて、黎明の炎の中で舞い踊る。


大火山に染み付いていた教団の『穢れ』は、完全に浄化され、跡形もなく消え去った。


「……終わった……?」


カレンが、大剣を支えに、信じられないものを見るような目で周囲を見回した。


灼熱の、しかしどこか懐かしい、優しい熱気。それは、大火山が本来持っていた、生命を育む大地の暖かさだった。


「フハハハッ……ハハハハッ!!」


天井付近の岩壁から、ゼノが乾いた笑い声を上げた。


彼の漆黒の法衣はズタズタに引き裂かれ、青白い肌には、虚無を打ち破られた代償としての黒い亀裂が走っている。


「見事だ。見事すぎる……! 大自然の愛し子よ。

君は、我が教団が何百年もかけて作り出した『無の神』を、ただの生命の光で、存在そのものを『有』へと書き換えたというのか……!」


ゼノが、恐怖と、そして狂気じみた崇拝の入り混じった目で、アッシュを見下ろす。


「君こそが、真なる神。世界を創り、壊し、再び創り変える、大自然そのもの……! 素晴らしい。君が、その記憶を取り戻した時、世界は、どれほど美しい混沌に包まれるのか……!」


「ゼノ……! 貴様、まだそのようなことを!」


立ち上がったライオネルが、ゼノに向かって咆哮した。


「ライオネル。君の操り人形ピペットとしての役目は終わった。……大自然の愛し子、アッシュ。君の記憶の旅は、まだ始まったばかりだ。

次なる欠片は、さらに南……『天空の大陸』にある、神話の時代から続く大迷宮にある。……そこで、待っているよ。君が、本当の君に出会う場所で」


ゼノは、そう言い残すと、崩落しかけた岩壁の奥へと、みっともなく転がるようにして逃げ去っていった。


ライオネルが追おうとしたが、アッシュがそれを制した。


「ライオネルさん、いいよ。あの子は、もう……心が、空っぽになっちゃったから」


アッシュが、静かに告げる。


彼には、逃げ去るゼノの背中に、かつての自分と同じ、深い寂しさが宿っているのが見えていた。


ゼノが逃げ去り、異形の神が消えたことで、大火山全体を覆っていた『虚無の領域』は、完全に霧散した。


世界に、本当の意味での色と音が戻ってきた。

紅蓮に覚醒していたアッシュの白銀の髪が、静かに収まり、いつもの灰色の髪へと戻っていく。


彼の胸元にあった傷も、内側からの光によって、すでに綺麗に塞がっていた。


「アッシュ殿!!」


エリスが駆け寄り、無傷に戻ったアッシュの体に、両腕を回してぎゅっと抱きしめた。


「心配を……かけないでください……。あなたが無事で……本当に、よかった……!」


「わっ! エリスずるい! 私もアッシュに抱きつく!」


「ちょっとリリィ、私にも場所を開けなさい!」


リリィとシルヴィも泣き笑いの顔でアッシュに飛びつき、カレンも呆れたように笑いながら、そっとアッシュの肩に手を置いた。


「おはよう、ライオネルさん。もう、どこも痛くない?」


アッシュが、抱きつかれたまま、足元に膝をついたライオネルに微笑みかけた。


「おお……。貴様……いや、貴方様は……」


ライオネルは、自らを救い出した圧倒的な光と慈悲の前に、ただ圧倒され、その場に深く、深く頭を垂れた。


「全獣人の王たるライオネル……愚かにも穢れに心を売った我が身を、救っていただき……心より感謝申し上げる。偉大なる、大自然の愛し子よ……」


全獣人の頂点に立つ獣王が、一人の人間の青年の前に、完全なる敗北と服従を誓った瞬間であった。

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