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轟炎の玉座と、偽りの獣王




シルヴィが展開する風の結界に守られながら、アッシュたちは大火山の火口付近、煮え滾る溶岩が川のように流れる灼熱の中枢へと足を踏み入れた。


「……酷い環境ね。魔力の密度が異常だわ。熱気というより、魔力そのものに焼かれているみたい」


シルヴィが杖を握り締め、額の汗を拭いながら眉をひそめた。


「ええ。大地の怒りと、火の精霊たちの悲鳴が、この空間全体を支配しています」


エリスが白銀の剣を構え、周囲の岩陰を警戒する。


火口の中央。溶岩の湖に浮かぶ巨大な岩の島には、黒い鉱石で作られたおぞましい玉座が据えられていた。


そこに、一人の男が鎮座していた。


身の丈は三メートルを超え、黄金のたてがみを持つ、圧倒的な威圧感を放つライオンの獣人。

彼こそが、全獣人の頂点に立つ獣王・ライオネルだ。


だが、かつてヴォルフが語った「誇り高い獣王」の姿は、そこにはなかった。


彼の全身には、赤黒く発光する『穢れの鎖』が幾重にも巻き付けられ、その鎖は玉座から溶岩の底へと伸び、火山のエネルギーを無理やり吸い上げている。


ライオネルの瞳は濁った赤色に染まり、口元からは常人なら即死するほどの濃密な瘴気が漏れ出していた。


「……来たか。我が聖域を穢す、愚かな侵入者どもめ」


ライオネルの声が、火山の振動と共に地響きのように響いた。


その声には、理性の欠片もなく、ただ底なしの破壊衝動だけが渦巻いている。


「ヴォルフさんたちが言ってた通りだ。……ライオネルさん、すごく痛がってる」


アッシュが、溶岩の熱など全く感じていないかのように、玉座の方へと歩み寄った。


「あの中に、僕を呼ぶ二つ目の光の欠片がある。……それに、火の精霊さんたちも、みんなライオネルさんの体の中で泣いてるよ」


「アッシュ殿、近づいてはいけません! あの男から放たれる闘気は、すでに魔獣の域を超えています!」


エリスが叫んだ、その瞬間。


「グルァァァァァァッ!!!」


ライオネルが玉座から跳躍し、音速を超えてアッシュの目の前へと迫った。


彼の手には、自身の身長ほどもある黒鉄の巨大な戦槌が握られている。


「死ねェッ!!」


ライオネルが戦槌を振り下ろす。


それは、山をも砕くほどの、圧倒的な暴力の権化だった。


「アッシュ!!」


リリィが飛び出そうとするが、エリスがそれを制した。


「待ってください! アッシュ殿は、もう……!」

ズドォォォォォォォォォォンッ!!!


灼熱の石室に、鼓膜を裂くような巨大な衝撃音が響き渡った。


ライオネルの放った戦槌は、確かにアッシュの頭上を捉えていた。


だが、アッシュは微動だにせず、ただ右手を頭上に掲げていた。


手には何も持っていない。ただの、手のひら。

アッシュの手から放たれた眩いばかりの純白の『神威の光』が、ライオネルの放った巨大な戦槌を、真正面から、完全に受け止めていたのだ。


「……なっ……!?」


ライオネルの濁った赤い瞳が、驚愕に見開かれた。


「我が、全力の一撃を……ただの素手で、受け止めたというのか……!?」


「うん。すごく重たいね。……でも、君が本当に背負いたいのは、こんな重たいハンマーじゃないはずだよ」


アッシュが悲しげに微笑みながら、掲げた右手に力を込めた。


メリメリ……ッ。


神威の光に押し潰され、教団がもたらした黒鉄の戦槌に亀裂が走り、次の瞬間、跡形もなく粉砕されて溶岩へと崩れ落ちた。


「ば、バカなァァァッ!!」


「ライオネルさん、もう無理して怒らなくていいんだよ」


アッシュは破壊された戦槌には目もくれず、ライオネルの胸元に、そっと左手を押し当てた。

東の大陸で覚醒した、アッシュの内なる光。それは、他者を破壊するものではなく、大自然の理そのものを呼び覚ます、絶対的な『浄化の光』だ。


「僕の中にある、みんなから教わった勇気と……エリスたちがくれた、たくさんの温かいもの。……君の中の、苦しがってる光に届いて」


アッシュの手から放たれた光が、ライオネルの体を包み込んだ。


その瞬間。ライオネルの体内で眠っていた、二つ目の『神の欠片』がアッシュの光に共鳴し、爆発的な輝きを放ち始めた。


カァァァァァァァァンッ!!!


石室全体が、真っ白に染まった。


ゼノの虚無さえも打ち破った、純度百パーセントの浄化の光。


光の中で、ライオネルを縛り付けていた『穢れの鎖』が、悲鳴を上げるようにシュウシュウと音を立てて消滅していく。


さらに、ライオネルの体内に巣食っていた濃密な瘴気が、口から黒い霧となって吐き出され、アッシュの光によって瞬時に浄化されて消え去った。


「う……あぁぁぁぁ……っ!!」


ライオネルが苦しげに絶叫を上げる。


だが、その声は破壊の咆哮ではなく、憑き物が落ちたような、安堵の嘆きへと変わっていった。


光が収まった時。


溶岩の湖の中央には、白銀の髪を揺らすアッシュと、その足元で、本来の黄金のたてがみを取り戻したライオネルが、膝をついてハァハァと息を切らしている姿があった。


ライオネルの瞳は、濁った赤から、澄み切った黄金色へと戻っていた。


「あ……我は、一体……」


ライオネルは自分の震える両手を見つめ、そして、自分の前に立つ灰色の髪の青年(アッシュの髪は元の灰色に戻っていた)を見上げた。


獣王としての本能が、目の前の青年から放たれる、大自然そのもののような絶対的な『生命のアルファ』の気配を捉えていた。


「おはよう、ライオネルさん。もう、痛くない?」

アッシュが優しく微笑みかける。


「お、おお……。貴様……いや、貴方様は……」


ライオネルは、自らを救い出した圧倒的な光と慈悲の前に、ただ圧倒され、その場に深く、深く頭を垂れた。


「全獣人の王たるライオネル……愚かにも穢れに心を売った我が身を、救っていただき……心より感謝申し上げる。偉大なる、大自然の愛し子よ……」


全獣人の頂点に立つ獣王が、一人の人間の青年の前に、完全なる敗北と服従を誓った瞬間であった。


「アッシュ殿!!」


エリスたちが駆け寄ってくる。


「すごい! 獣王を一瞬で浄化してテイムしちゃうなんて、さすがアッシュ!」


リリィが嬉しそうに飛びつく。


「ライオネル様を正気に戻すなんて……。アッシュ、あなたは本当に常識外れね」


シルヴィが呆れ混じりに、しかし嬉しそうに微笑んだ。


「うん。でも、みんなのおかげだよ。……それに、二つ目の欠片も、やっと僕の中へ帰ってきてくれた」


アッシュが自分の胸にそっと手を当てると、そこには第一の欠片に加え、たった今取り込んだ第二の『光の欠片』が、ポカポカと温かく、そして懐かしく共鳴して脈打っていた。


彼の中で、失われていた記憶が、さらに少しだけ鮮明に形を成し始めていた。


だが、彼らの勝利を祝う平穏は、長くは続かなかった。


「――フハハハッ。見事だ、大自然の愛し子よ。獣王さえも浄化し、二つ目の欠片を取り込むとはな」


火口の天井付近。煮え滾る溶岩の熱風の中から、ひどく冷たく、聞き覚えのある声が響いた。


「ゼノ……!」


アッシュが振り返り、その灰色の瞳を鋭く細めた。


岩壁に穿たれた横穴から現れたのは、黄金の砂漠で逃げ去った、教団の第一使徒ゼノだった。


彼の傍らには、大火山の力を吸い上げるために作られた、不気味に赤く発光する『穢れの鉱石』の山が、脈打つように鎮座している。


「だが、遅かったな。君が獣王と遊んでいる間に、この大火山のエネルギーは、九割がこの『赤い鉱石』へと吸い上げられた。……そして今、この鉱石を依り代に、『真なる神』の受肉が完了する!!」


ゼノが両手を掲げ、狂気じみた笑い声を上げる。


ドグンッ……!!!


大火山全体が、これまでとは比較にならないほど、大きく、そして禍々しく鳴動した。


火口の奥底から、太陽帝国の黄金の砂さえも黒く染めるような、極度に圧縮された『穢れの瘴気』が、津波のように溢れ出してきた。


「な……なんだ、この瘴気は!? 灼熱の溶岩が……凍りついていく!?」


シルヴィが驚愕の声を上げる。


教団が撒き散らした最悪の穢れは、火山の熱さえも凍らせる、絶対的な『虚無の絶望』へと変貌していた。


「さあ、目覚めよ! 旧き理を砕き、世界を無へと還す、新たなる神よ!!」


凍りついた溶岩の中から、おぞましい、しかしこの世の何よりも美しい、巨大な『黒い翼』を持った異形の神が姿を現した。

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