豪快な肉の宴と、黒煙を上げる狂乱の獣王
銀狼族の戦士・ヴォルフの案内で密林の奥へと進むと、やがて巨大な樹木の群れをくり抜いて作られた、自然と調和した集落が見えてきた。
「ヴォルフ戦士長が戻ったぞ! ……って、なぜ人間を連れているんだ!?」
「それに、戦士長が人間の青年に尻尾を振っているぞ!? 幻覚か!?」
集落を見張っていた獣人たちが、信じられない光景に目を丸くしてざわめき始める。
無理もない。弱肉強食のこの大陸において、か弱い人間は獲物か、よくて交易の相手でしかない。ましてや一族最強の戦士であるヴォルフが、まるで飼い犬のように青年の横を嬉しそうに歩いているのだから。
「控えろ、お前たち! 武器を下ろせ!」
ヴォルフが周囲の獣人たちを一喝する。
「この御方は、我ら獣人が決して逆らってはならない『生命の頂』であらせられる! 今日からこの集落は、この御方の直轄地だと思え!」
「えっ、王様とかそういうのは柄じゃないからいいよ。僕はただの観光客だし」
アッシュが慌てて訂正するが、ヴォルフは「またまた、御冗談を!」と感極まったようにアッシュの手に頬を擦り寄せている。
「……完全に群れのボスとして認識されていますね」
エリスが苦笑する。
「まあ、細かいことはいいじゃない。ほらアッシュ、広場ですごくいい匂いがするわよ!」
シルヴィが鼻をヒクヒクさせて指差した。
その夜、銀狼族の集落の中央広場では、アッシュたちを歓迎する盛大な肉の宴が開かれた。
「さあ、偉大なる大自然の王よ! 我らが狩った『大角猪』の丸焼きです! 腹いっぱい召し上がってくだせえ!」
ヴォルフをはじめとする獣人たちが、巨大な骨付き肉を次々とアッシュたちのテーブルへと運んでくる。
「わぁ……! お肉がすごくジューシーで、噛むと口の中に甘い脂が広がるね! エルフの森の果実も美味しかったけど、獣人さんの国のお肉も最高だ!」
アッシュが顔を輝かせて肉にかぶりつく。
「むー! アッシュ、私のお肉も食べて! はい、あーん!」
「こらリリィ、独り占めは許さんぞ! アッシュ殿、こちらのもも肉も絶品です!」
人間の姿のリリィとエリスが、アッシュの口元に次々と肉を運ぶ。
「おいおい、人間の女がそんなに食えるわけ……って、なんだあの剣士の嬢ちゃんは!?」
別の席では、カレンが自分の顔ほどもある肉塊を瞬く間に平らげ、屈強な獣人の戦士たちと次々に腕相撲をしては軽々と投げ飛ばしていた。
「ガハハハッ! お前たち、獣人のくせにひ弱すぎるぞ! 闘気の練り方が甘い!」
「ひぃぃっ! この人間、腕力がバケモノだぁ!」
「あらあら、力任せじゃ駄目よ。肉を焼くなら、もっと効率的に火の魔力を使わないと」
シルヴィはシルヴィで、広場の巨大な焚き火の火力を魔術で完璧にコントロールし、獣人の料理人たちから「炎の神童様!」と崇められていた。
「アッシュ殿の仲間というだけで、すでにこの集落を力と技で制圧してしまっていますね……」
セフィラが温かいスープを飲みながら、平和(?)な光景に目を細める。
宴もたけなわとなった頃。
ヴォルフが真剣な表情を浮かべ、アッシュの隣に片膝をついた。
「王よ。実は……我々が縄張りを厳重に警戒していたのには、理由があるのです」
ヴォルフの言葉に、周囲の獣人たちも静まり返る。
エリスたちも箸を止め、ヴォルフの次の言葉に耳を傾けた。
「この大陸の中心にある『大火山』。あれは我ら獣人にとって、大地の恵みを象徴する聖地です。
しかし数ヶ月前から、あの火山が『黒い灰』を吹き上げるようになったのです」
「黒い灰……」
エリスの青い瞳が鋭く光る。東の砂漠を蝕んでいた『死の砂』や、海魔を狂わせていたものと同じ、教団の穢れの気配だ。
「大火山を治めているのは、全獣人の頂点に立つ獣王・ライオネル様です。誇り高く、誰よりも大自然を愛する素晴らしい御方でした。……ですが、黒い外套を着た人間の集団が火山の火口に招かれてから、獣王様は完全に人が変わってしまったのです」
ヴォルフがギリッと牙を食いしばり、拳を握りしめた。
「ライオネル様は、周囲の部族に過酷な労働を強いて、火山の地下から謎の『赤い鉱石』を掘り出させています。逆らう者は容赦なく処刑され……このままでは、火山から溢れ出す黒い灰によって、密林の動物たちも我々も全て死に絶えてしまいます」
悲痛なヴォルフの訴えを聞き、カレンが静かに大剣の柄を叩いた。
「黒い外套の人間……『蝕の教団』の残党で間違いないな。東の砂漠から逃げ延びた使徒ゼノが、今度は獣王を操って火山を穢れの拠点にしているのだろう」
「獣王ライオネル……大陸最強の武を誇るという彼が操られているとすれば、力ずくで止めるしかありませんね」
エリスが騎士としての決意を固める。
だが、アッシュの視線は、夜空の奥で不気味な黒煙を上げている大火山へと真っ直ぐに向けられていた。
「風が……むせている」
アッシュがポツリと呟く。
「火山の奥で、火の精霊さんたちが真っ黒な灰を吸わされて、すごく苦しがってる。それに……」
アッシュは自分の胸にそっと手を当てた。
彼の中に宿った第一の『光の欠片』が、大火山に向かって微かに、しかし確かに共鳴して脈打っている。
「あの黒い煙の奥から、ずっと僕を呼ぶ声が聞こえる。……きっと二つ目の欠片が、あの中で泣いてる気がするんだ」
「アッシュ殿……」
エリスが、アッシュの静かな、けれど決して揺るがない決意を感じ取って頷く。
「ライオネルさんっていう獣王も、きっと本当はすごく苦しいんだと思う。無理やり悪いものを飲まされて、心が痛がってるんだ」
アッシュは立ち上がり、黒煙を上げる大火山へと手を伸ばした。
「行こう。あそこで泣いている光と精霊さんたちを助け出して……ライオネルさんにも、悪いものを全部吐き出させてあげよう」
「おおぉぉ……! 大自然の王が、我らをお救いくださる!」
ヴォルフをはじめとする銀狼族の戦士たちが、一斉にアッシュに向かって深く平伏した。
「案内は私たちにお任せください! 獣王様の牙城まで、我ら銀狼族が命に代えても道を切り拓きます!」
「うん、ありがとう。でも命に代えたりしなくていいからね。みんなで無事にお掃除して、また美味しいお肉を食べに帰ってこよう」
アッシュの優しくも力強い言葉に、獣人たちは感極まって雄叫びを上げた。
東の大陸で己の『内なる光』に覚醒し、さらに頼もしさを増したアッシュ。
彼と仲間たちの次なる目的地は、教団の穢れによって黒く染まった聖地『大火山』。
大陸全土を巻き込む、獣王との激突の足音が、熱帯の夜風と共に静かに近づいていた。




