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蘇る黄金と、砂の巫女の目覚め




ゼノが逃げ去り、儀式が完全に崩壊したことで、『黄金のピラミッド』を覆っていた赤黒い穢れは音を立てて崩れ落ちていった。


「終わったわね。あの不気味だった迷宮も、ただの砂山に戻っていくわ」


シルヴィがピラミッドの出口へと歩きながら、背後を振り返る。


彼女の言う通り、アッシュたちが足を踏み出すたびに、死の砂によって構成されていた漆黒の壁はサラサラと崩れ、本来の美しい黄金色へと姿を変えていく。それどころか、浄化された砂漠のあちこちから、オアシスの水源が湧き出し、色鮮やかな砂漠の花が一斉に咲き乱れ始めていた。


アッシュは、静かな寝息を立てる小さな『砂の巫女』を背中におんぶし、のんびりとした足取りで砂の海を歩いていた。


「アッシュ殿、お疲れではありませんか? 私がその子をお運びしますよ」


エリスが気遣わしげに声をかける。


「ううん、大丈夫。この子、すごく軽いから。それに……」


アッシュは自分の胸の奥に手を当て、ふわりと微笑んだ。


「この子がずっと守ってくれてた『光の欠片』が僕の中に入ってから、なんだか体がすごくポカポカして、力が湧いてくるみたいなんだ」


欠片と融合したことで、アッシュの頭の中には、失われていた記憶のワンシーンが微かにフラッシュバックしていた。


それは、真っ白な光に包まれた『あの人』が、幼いアッシュの頭を撫でて去っていく後ろ姿。


以前は「自分を捨ててどこかに行ってしまった」と思っていた。しかし、記憶の中の光は、ひどく悲しそうで、震えていたのだ。


(あの光の人は、きっとぼくを捨てたんじゃない。何か、すごく重たいものを一人で背負って、泣きながら遠くへ行ったんだ……)


アッシュは空を見上げた。


見つけたら、文句を言ってやるつもりだった。でも、今は違う。


見つけたら、よく頑張ったねって、頭を撫でて抱きしめてあげたい。


彼の中で、記憶を辿る旅の目的が、より深く、優しいものへと変わっていた。


「見えました! アミラ殿たちです!」


セフィラが前方を指差す。


迷宮の外縁部で待機していた太陽帝国の近衛兵たちは、アッシュたちの姿を見るなり、一斉に歓声を上げた。


「おおお! 偉大なる御方のお戻りだ!」


「見ろ、死の砂が完全に消え去り、緑豊かなオアシスが復活しているぞ!!」


アミラ皇女は感極まった顔で駆け寄り、再びアッシュの前に深々と膝をついた。


「アッシュ様! あなた様は、我が国を滅亡の淵から救い出し、あまつさえ死の砂漠を命の楽園へと変えてくださった! この御恩、太陽帝国は永遠に忘れません!」


「顔を上げて、アミラ。僕はお掃除をしただけだよ。それより、この子をふかふかのベッドに寝かせてあげたいんだけど」


アッシュが背中の少女を見せると、アミラは目を見開いて絶句した。


「そ、そのお姿は……数百年の時を超え、帝国を導くとされる『砂の巫女』様!? まさか、ピラミッドの奥で生きておられたとは……!」


「んん……」


周囲の騒ぎに反応したのか、巫女の少女がゆっくりと目を開けた。


琥珀色の大きな瞳が、きょとんと周囲を見回し、そして、自分を背負っているアッシュの横顔でピタリと止まった。


「あ……。あなたは……大いなる、光……」


巫女の少女が、夢見るような声で呟く。


「おはよう。僕はアッシュだよ。怖い夢はもう終わったから、安心してね」


アッシュが優しく微笑みかけると、巫女の少女はポロポロと大粒の涙をこぼし、アッシュの首にぎゅっとしがみついた。


「ずっと、暗くて寒かったの……。でも、アッシュが来てくれた時、本物の太陽みたいに暖かかった……。助けてくれて、ありがとう……っ」


「うん、よく頑張ったね」


伝説の巫女が、出会って数分の青年に心を許し、泣きじゃくっている。


その神話的で尊い光景に、アミラも近衛兵たちも、エリスたちでさえも、ただ静かに見守り、深く祈りを捧げるしかなかった。


数日後。


太陽帝国の首都シャングリラでは、国を挙げての盛大な祝宴が三日三晩にわたって開かれていた。


宮殿の巨大なテラスには、冷製スープをはじめ、香草で焼かれた巨大な肉料理、色とりどりの果実が山のように並べられている。


「美味しい! このお肉、すごく柔らかいね!」


アッシュは幸せそうに頬を膨らませていた。彼の両隣には、すっかり彼に懐いた砂の巫女・ネフィと、リリィが陣取り、競うようにアッシュの皿に料理を乗せている。


「アッシュ、これも食べて! 砂漠で一番甘いお菓子なの!」


「私のお肉も食べる! アッシュ、あーん!」


「はいはい、順番ね」


「まったく……あの方は、どこに行っても人の中心にいるのだな」


カレンが苦笑しながら、帝国の強い酒を呷る。


「ええ。教団の第一使徒という脅威を前にしても、アッシュ殿の優しさは揺らぐどころか、より一層の輝きを放ちました。私の剣も、まだまだ鍛錬が足りません」


エリスが、アッシュの手刀の構えを思い出しながら、誇らしげに目を細めた。


宴もたけなわとなった頃、アミラがアッシュの前に進み出た。


「アッシュ様。ネフィ様から伺いました。貴方様は、ご自身の記憶の欠片を探す旅をされていると」


ネフィがコクンと頷き、アッシュを見上げる。


「私を縛っていた光の欠片が、アッシュの中に溶ける時、教えてくれたの。次の欠片は、海を越えたさらに南……『獣人の大陸』にある、大火山に向かって飛んでいったって」


「獣人の大陸……」


エリスの顔つきが、騎士のものへと切り替わる。


「獣王が治める、弱肉強食の過酷な大地ね。教団の使徒が逃げ延びたのも、おそらくその大陸の可能性が高いわ」


シルヴィが地図を思い浮かべながら推測した。


「そっか。じゃあ、次の目的地は南の大陸だね」


アッシュは最後のお菓子を口に放り込み、満足そうに立ち上がった。


「獣人さんたちの国には、どんな美味しいご飯があるのかな。すごく楽しみだね!」


どれほど過酷な戦いを経ようとも、絶望の使徒が待ち受けていようとも。


大自然の愛し子にとって、この旅の目的は決して変わらない。


東の砂漠を救済した一行は、新たな記憶の欠片と、まだ見ぬ絶品のご飯を求めて、次なる未知なる大地へと旅立つ準備を始めるのであった。

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