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灼熱の砂海と、涼風そよぐ快適な行軍



太陽帝国の首都シャングリラを出発した一行は、広大な『黄金の砂漠』へと足を踏み入れていた。


アミラが手配した砂漠行軍用の巨大な装甲獣(ラクダのような魔獣)に乗り、照りつける太陽の下を進む。本来であれば、肌を刺すような日差しと、水分を奪う熱風に耐えながらの過酷な旅となるはずだった。


「水袋の残量に注意してください。この先はオアシスが枯れ果てているため、補給は一切できません。熱中症の兆候があればすぐに……って、あれ?」


完全武装の砂漠装備に身を包んだアミラが、後続の様子を確認しようと振り返り、言葉を失った。


「んー、冷たくて美味しい! 砂漠って暑いって聞いてたけど、意外と涼しいね!」


「アッシュが切ってくれた冷たい果物、最高! もっと食べる!」


「風の魔導式を展開するまでもないわね。自然の風がこんなに心地よいなんて」


装甲獣の背中に設えられた天幕の下で、アッシュたちは氷で冷やされた果実を齧りながら、まるで避暑地のテラスにいるかのようにくつろいでいた。


アッシュの周囲には、涼やかで湿り気を帯びた心地よい微風が絶え間なく吹き抜けており、容赦なく降り注ぐはずの直射日光すらも、どこからともなく集まってきた薄い雲が日傘のように遮っている。


さらに信じられないことに、彼らが進む先々の柔らかく歩きにくい砂は、アッシュが通る直前に自ら硬く平らに踏み固められ、完璧な舗装路を作り出していた。 


「……あり得ない。砂漠の熱波が、この一帯だけ完全に春の陽気になっている。それに、気性の荒い装甲獣たちが、まるで主人の帰還を喜ぶ犬のように尻尾を振っているだと……?」


東の大陸の過酷な自然を知り尽くしているアミラにとって、それは魔術の常識を根底から覆す光景だった。


「アミラ殿。あまり深く考えないことです。アッシュ殿の行くところ、大自然は決して彼に牙を剥きませんから」


エリスが馬を並べ、優雅にハーブティーを傾けながら穏やかに告げた。その顔には、かつて雪山で吹雪を消し飛ばされた時のような驚きはすでになく、完全に悟りを開いた者の静けさがあった。


「エ、エリス殿……あなた方は、いつもこのような旅を……?」


「ええ。慣れれば快適なものです。ただ、常識というものは少しずつ削り取られていきますが」


エリスの言葉に、アミラはゴクリと息を呑み、改めてアッシュという存在の底知れなさに戦慄した。


順調に砂漠の中央部へと進んでいくと、やがて前方の景色が歪み始めた。


黄金色に輝いていた砂が、ある境界線を境に、どす黒く変色している。


「止まってください! あの先が……『死の砂』の領域です!」


アミラが鋭い声を上げ、装甲獣の手綱を引いた。


一行の目の前に広がるのは、生命の気配が一切感じられない、赤黒い瘴気を放つ砂の海だった。境界線付近にあるサボテンや灌木は、死の砂に触れた部分から水分を完全に奪われ、ボロボロの灰となって崩れ落ちていく。


「酷い臭いだ。ルミナスの地下や、雪山で嗅いだ穢れの臭いと同じだな」


カレンが大剣の柄に手を置き、油断なく周囲を睨む。


「ええ。あの砂そのものが、触れたものの魔力と生命力を吸い上げる呪いの魔導具のようなものです。決して直接触れてはいけません」


シルヴィが杖を構え、警戒を促した。


「アッシュ殿。この広大な死の砂漠を、教団の拠点であるピラミッドまで進まなければならないのですね」


エリスが緊張の面持ちで剣の柄に手をかける。


「うん。砂さんたちが、無理やり黒くされて苦しがってる。早く助けてあげないと」


アッシュは悲しそうに目を伏せ、装甲獣の背から飛び降りようとした。


その時である。

ズズズズズ……ッ!!!


死の砂の領域が波打ち、黒い砂柱が何本も立ち上がった。


砂の中から姿を現したのは、全身を鋼鉄の装甲と穢れの魔力炉で改造された、巨大な砂蠍デザート・スコーピオンの群れだった。


その数、ざっと二十匹以上。教団が死の砂を防衛するために放った、生きた兵器だ。


「教団の魔獣どもめ……! 伏兵を潜ませていたか!」


アミラが宝杖を構え、近衛兵たちに陣形を組ませようとする。


「皆の者、死の砂には触れるな! 遠距離魔術で一網打尽に……」


アミラが指揮を執ろうとした、その瞬間。


「邪魔だ、虫ケラども」


疾風の如く前に出たのは、カレンだった。


彼女は鞘に収めたままの大剣を無造作に振り抜き、巨大な砂蠍の群れに向かって、闘気を纏わせた強烈な衝撃波を放った。


ドゴォォォォォォンッ!!!

「ギシャァァッ!?」


最前列にいた五匹の巨大蠍が、鋼鉄の装甲ごとひしゃげ、黒い砂の海をバウンドしながら遥か彼方へと吹き飛ばされる。


「なっ……!?」


アミラが目を見開く。帝国が誇る魔術師団の一斉射撃でも傷一つつけられなかった鋼鉄の魔獣が、ただの剣圧で紙屑のように吹き飛んだのだ。


「燃えちゃえ!」


続いてリリィが宙に舞い上がり、深呼吸と共に純白の炎を吹き下ろす。


死の砂の熱気を遥かに凌駕する竜の息吹が、左翼から迫っていた蠍の群れを一瞬で白煙へと変え、さらに黒い砂の表面までもをガラス状に浄化して焼き固めてしまった。


「教皇を失っても、まだこんなおもちゃを作って遊んでいるのね。目障りよ!」


シルヴィが指先を鳴らすと、右翼の蠍の群れの足元の重力が反転し、魔獣たちは成す術なく空高く巻き上げられ、そのまま同士討ちをするように激突して砕け散った。


「…………え?」


アミラと太陽帝国の近衛兵たちは、完全に思考を停止していた。


国を滅亡の危機に陥れていた教団の恐るべき防衛線が、たった三人の少女たちによって、文字通り数秒で瓦礫の山へと変えられてしまったのだ。


「終わりましたね。アミラ殿、お怪我はありませんか?」


エリスが剣を抜くことすらなく、静かに問いかける。


「あ……ええ……。あ、あなた方は、一体……」

アミラは震える声で尋ねるのが精一杯だった。


「エリスたち、すごく強いんだよ。だから安心してね」


アッシュがのんきに笑いながら、焼き固められた黒い砂の上へと歩み出る。


「でも、この子たちは無理やり改造されて、痛かっただけなんだ」


アッシュは、破壊されて動かなくなった砂蠍の残骸の一つに、そっと手を触れた。


「ゆっくり、おやすみ」


アッシュの手から放たれた淡い光が、鋼鉄の装甲と穢れの魔力炉をボロボロの赤錆に変え、砂蠍の本来の姿である小さな土色の蠍の霊体を解き放つ。


霊体はアッシュの指先に擦り寄るように感謝を伝え、光の粒子となって砂漠の地下深くへと帰っていった。


圧倒的な破壊をもたらす仲間たちと、絶対的な浄化と慈悲をもたらす青年。


「……太陽神よ。私は今、神話の真ん中を歩いているのですね」


アミラは自らの宝杖を握り締め、深く祈りを捧げた。


「さあ、急ごう。この奥で、誰かがずっと待ってるから」


アッシュが真っ直ぐに、死の砂の奥底……地平線の彼方に微かに見える、黄金のピラミッドを見据える。


アミラという新たな信者を加え、アッシュたちの常識外れの行軍は、教団の野望が渦巻く深層砂漠へとさらに足を踏み入れていくのであった。

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