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絶品のスープと、命を喰らう死の砂



港の石畳に深々と額を擦り付ける太陽帝国の第一皇女、アミラ。


周囲の帝国兵たちが武器を下ろして静まり返る中、アッシュは困ったように眉を下げた。


「あの、顔を上げて。ここの石、太陽の光をいっぱい吸っててすごく熱いから、火傷しちゃうよ」


アッシュがしゃがみ込み、アミラの肩にそっと触れる。


その瞬間、アミラの体を覆っていた極度の緊張と恐怖が、春の陽だまりのような温かさに包まれてフッと溶けていった。


「あ……」


アミラはゆっくりと顔を上げた。


(なんという慈悲……。自らの命を狙った者に対して、石の熱さを心配するとは。王族の私でさえ、これほど深く他者を思いやったことはないというのに)


アッシュの底知れぬ器の大きさに、アミラは再び深い感銘を受けた。


「それより、冷たいスープのお話、聞かせてもらってもいいかな。みんなも海の上でずっとお日様に当たってたから、喉が渇いちゃって」


アッシュの言葉に、アミラは弾かれたように立ち上がった。


「は、はい! もちろんでございます! 偉大なる御方、どうか我が宮殿へ! 太陽帝国が誇る最高の料理人たちに、腕を振るわせます!」


アミラが恭しく道を空ける。


つい先ほどまで伝説の海魔に大砲を撃ち込んでいた軍隊が、今やアッシュたちを歓迎する最上級の近衛兵として、宮殿までの道を通行止めにして警護し始めた。


「……本当に、どこへ行ってもこうなるのですね」


エリスが剣を鞘に納め、深い息を吐く。


「まあ、美味しいものが食べられるなら結果オーライよ! さあ、東の大陸の魔導技術、じっくり見せてもらうわよ!」


シルヴィがウキウキとした足取りで歩き出す。


一行はアミラの手引きにより、港から続く巨大な城塞都市『シャングリラ』の中枢、白と黄金で彩られた壮麗な宮殿へと案内された。


風通しの良い宮殿のテラス席。


そこには、氷の魔導具でキンキンに冷やされたガラスの器が並べられていた。


東の大陸の特産品である香草と、酸味のある果実、そして新鮮な海産物をすりつぶして作られた、翡翠色の『冷製スープ』である。


「ん〜っ! 冷たくてすごく美味しい! お口の中がさっぱりするね!」


アッシュが目を輝かせてスープを口に運ぶ。


「本当だ、酸味が絶妙だな。砂漠の気候にはこれ以上ないご馳走だ」


カレンも満足そうに頷き、リリィはすでに三杯目のおかわりに突入している。


「お気に召していただけたようで、何よりでございます」


アミラが少しだけ安堵したような表情を浮かべた。だが、その赤い瞳の奥には、拭いきれない深い憂いが沈んでいる。


「アミラ殿。先ほど港で仰っていた『死の砂』とは、一体何なのですか」


食後のハーブティーを飲みながら、エリスが真剣な表情で本題を切り出した。


アミラは表情を引き締め、テラスから見える広大な砂漠の彼方へと視線を向けた。


「……数ヶ月前のことです。我が帝国のさらに東、神話の時代から存在すると言われる『黄金のピラミッド』がある深層砂漠のあたりから、突如として『黒い砂』が現れました」


アミラの言葉に、周囲の兵たちの顔つきも変わる。


黒い砂。それは間違いなく、これまでの旅で幾度となく直面してきた教団の『穢れ』に関連するものだ。


「その黒い砂は、ただの砂ではありません。触れたものの水分と生命力を強制的に奪い取り、自らを増殖させる……文字通りの『死の砂』なのです」


アミラが拳を強く握りしめる。


「我が国を支える重要なオアシスが、すでに三つも死の砂に飲み込まれ、干上がってしまいました。このまま砂の増殖が続けば、いずれこの首都シャングリラも飲み込まれ、帝国は滅亡します」


「……間違いありませんね。エルフの森の世界樹を枯らそうとしたのと同じ、自然の魔力を吸い上げる教団の兵器です」


セフィラが妖精眼を細め、辛そうに呟く。


「砂漠の地下水脈を、強制的に穢れに変換させているということね。なんてタチの悪い……」


シルヴィが忌々しそうに顔をしかめた。


「我が国の軍隊も幾度となく調査に向かいましたが、死の砂の周囲には、黒い外套を着た不気味な魔術師たちと、鋼鉄の装甲を持った魔獣が徘徊しており、近づくことすらできませんでした」


アミラはそこで言葉を区切り、すがるような目でアッシュを見つめた。


「海魔を従え、大砲の弾を一瞬で砂に変えた貴方様の御力があれば……どうか、この国を蝕む死の砂を止めてはいただけないでしょうか!」


アミラが再び深く頭を下げる。


エリスたちは一斉にアッシュの方を見た。


アッシュは、空になったスープの器をそっとテーブルに置き、悲しそうに東の空を見つめていた。


「風が……すごく乾いてる」

アッシュがポツリと呟く。


「砂さんたちが、本当は水を飲みたくないのに、無理やり命を吸わされて苦しがってる。……それに、あの黒い砂の奥から、僕を呼ぶ声がするんだ」


「呼ぶ声……?」


エリスがハッとして身を乗り出す。


「うん。雪山の神殿で空に飛んでいった『真っ白な光』。あれと同じ、すごく暖かくて懐かしい光の欠片が、あのピラミッドの中で痛がってる」


アッシュの言葉に、仲間たちの間に緊張が走った。


教団の穢れの兵器。『神の欠片』。


全ての線が、東の砂漠の奥地へと繋がったのだ。


「……分かりました。アミラ殿、その依頼、私たちがお引き受けいたします」


エリスが立ち上がり、騎士として力強く宣言した。


「アッシュ殿の記憶を取り戻し、これ以上大自然を弄ぶ教団の悪行を許すわけにはいきません」


「ほ、本当ですか! おお……太陽神に感謝を!」

アミラが感極まって涙をこぼす。


「スープ、ごちそうさまでした。すごく美味しかったから、この国のお水がなくなるのは僕も嫌だな」


アッシュが微笑んで立ち上がる。


彼にとっては、美味しいご飯を作ってくれた人たちへの恩返しが何より大切なのだ。


「アミラ殿。深層砂漠への案内を頼めるか? さすがに地の利がない砂漠のど真ん中を進むのは骨が折れる」


カレンが大剣を背負い直しながら尋ねる。


「はい! もちろんでございます! 私がご案内いたします!」


かくして、一行は新たな仲間を加え、東の大陸を蝕む『死の砂』と、その奥に眠る黄金のピラミッドを目指すこととなった。


灼熱の砂漠を舞台にした、大自然の愛し子による次なる大掃除が、静かに幕を開けようとしていた。

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