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過保護な足取りと、エルフの郷の祝宴



極北の雪山『始まりの揺り籠』から下山する道のりは、登る時よりもさらに過保護で、そして少しだけ騒がしいものとなっていた。


「アッシュ殿、足元が滑ります! 私の肩につかまってください!」


「ちょっと騎士女! アッシュ師匠の右腕は私が支えるって決めたのよ! あなたは前を歩いて雪を払いなさい!」


「だーっ! どっちも邪魔! アッシュは私が背負って飛ぶからいいの!」


エリス、シルヴィ、リリィの三人が、アッシュの周囲を囲んでギャーギャーと牽制し合っている。


禁忌の力を使って倒れたアッシュに対し、仲間たちの心配性は完全に振り切れていた。少しでも彼がよろけようものなら、全員が血相を変えて飛んでくる有様だ。


「ええと……みんな、ありがとう。でも、もう全然痛いところもないし、自分で歩けるよ?」


アッシュが困ったように笑いながら言うが、三人は全く聞く耳を持たない。


「なりません! アッシュ殿はご自身の命を軽んじすぎです! しばらくは絶対安静です!」


エリスが真剣な顔で言い切り、アッシュの腕をギュッと抱え込む。


「そうよ師匠! あの膨大な魔力暴走の反動、普通の人間なら細胞が破裂して死んでるわ。数日は私の魔導式で心拍と魔力脈を常時モニタリングしますからね!」


シルヴィも反対側の腕をしっかりとホールドする。


「もう……みんな過保護なんだから」


アッシュは苦笑しながら、大人しく二人に腕を預けた。


その後ろで、教皇マクシムを縛り上げた縄の端を引いているカレンが、呆れたように肩をすくめる。


「やれやれ。完全に手のかかる弟扱いだ」


「ふふっ。でも、あんなに無茶をしたアッシュさんを、誰も放っておけないのは事実ですから」


セフィラがクスクスと笑いながら、カレンの隣を歩く。


そんな賑やかな道中を経て、一行がエルフの郷へと帰還した時、彼らを待っていたのは想像を絶する熱狂だった。


「おおお! 御遣い様方のお戻りだ!!」


「世界樹様を、森を救ってくださった英雄たちを迎えよ!!」


エルフの郷の入り口には、色鮮やかな花冠を持ったエルフの子供たちや、楽器を鳴らす音楽隊、そして満面の笑みを浮かべた長・フィリアをはじめとする数千の民が立ち並んでいた。


アッシュたちが姿を現した瞬間、割れんばかりの歓声と、天から降るような花吹雪が郷全体を包み込んだ。


「うわぁ、綺麗だね。お花がいっぱいだ」


アッシュが感嘆の声を漏らし、舞い落ちる花びらを一枚手にとる。


「アッシュ様、そして頼もしき仲間の方々。教団の邪悪な儀式を止め、大自然の調和を取り戻してくださったこと、いかに感謝してもしきれません」


フィリアが進み出て、深く、そして優雅に一礼した。


彼女の背後にある世界樹は、以前のような禍々しい瘴気は微塵もなく、青々とした葉を揺らして、星屑のように美しい魔力の光を降らせている。


「世界樹様も、あなた方の帰還を心から喜んでおられます。さあ、今夜は森の恵みを全て持ち出した、最大級の祝宴です。どうか、心ゆくまで羽を伸ばしてください」


その夜。

エルフの郷は、これまでにないほどの賑わいを見せた。


広場には巨大な焚き火が焚かれ、テーブルには甘い果実の酒、森で採れた新鮮な野菜のサラダ、そして香ばしく焼き上げられた巨大な肉塊が並べられている。普段は人間を警戒するエルフたちも、今夜ばかりはアッシュの仲間たちに次々と杯を勧めていた。


「ぷはぁーっ! このお酒、魔力がたっぷり溶け込んでて最高ね! お代わり!」


シルヴィが顔を真っ赤にしてジョッキを掲げる。


「おっ、こっちの肉もいい焼き加減だ! 剣の修行には良質な肉が必要不可欠だからな!」


カレンも豪快に骨付き肉にかぶりつき、エルフの戦士たちと腕相撲を始めている。


「むー、私もお肉食べる! アッシュ、あーんして!」


リリィがアッシュの膝の上に陣取り、口を大きく開けて待っている。


アッシュは「はいはい」と優しく肉を切り分け、リリィの口へと運んでやった。


「美味しいね、リリィ」


「うんっ! アッシュが切ってくれたから一番美味しい!」


和やかな光景を、少し離れた席から見つめているエリスがいた。


彼女の手元には果実水が入ったグラスがあるが、全く減っていない。彼女の視線は、縛られて魔法の檻に閉じ込められている教皇マクシムへと向けられていた。


「……エリスさん。お顔が怖いですよ」


隣に座ったセフィラが、エリスのグラスに果実水を注ぎ足しながら静かに声をかけた。


エリスはハッとして、慌てて表情を緩めた。


「あ、申し訳ありません、セフィラ殿。せっかくの宴なのに……」


「教団の教皇のこと、そして、彼を引き渡すあなたの祖国……聖堂国のことを考えていたのですね?」


妖精眼を持つセフィラには、エリスの心の中に渦巻く不安がはっきりと見えていた。


エリスは小さくため息をつき、グラスの縁を指でなぞった。


「ええ。教皇マクシムを捕縛できたのは大きな成果です。これを聖堂国の異端審問局に引き渡せば、教団の根は一気に絶てるはず……。ですが、彼は教団の『最高幹部』であって、トップではありません」


エリスの青い瞳に、暗い影が落ちる。


「これほどの大規模な組織を動かし、魔導都市やエルフの森の深部まで兵器を運び込む……それは、どこか強大な国家の『後ろ盾』がなければ不可能なのです。もし、その手引きをしているのが、私の信じる聖堂国の上層部だとしたら……」


東の砂漠を目指すためには、どうしても港町へ向かう必要があり、その道中には聖堂国の領地を通らなければならない。


自分の故郷であり、信仰の拠り所である国が、アッシュの敵に回るかもしれない。その不安が、エリスの心を重く沈ませていた。


「……難しい顔をしてると、せっかくのご飯が美味しくなくなっちゃうよ」


不意に、エリスの頬に、冷たくて甘い何かがピトッと押し当てられた。


驚いて振り返ると、そこには串に刺さった冷たい果実の飴を持ったアッシュが、のんきに微笑んで立っていた。


「アッシュ殿……」


「リリィがお腹いっぱいになって寝ちゃったから。エリス、全然食べてないでしょ? はい、これあげる」


アッシュは果実飴をエリスに手渡し、彼女の隣に腰を下ろした。


「心配なことがあるなら、全部僕に預けていいんだよ。エリスは、僕を最初の街から連れ出してくれた、大事な案内人なんだから」


アッシュの灰色の瞳が、焚き火の光を反射して優しく輝いている。


その真っ直ぐな言葉に、エリスの心の奥底にあった氷のような不安が、スゥッと溶けていくのを感じた。


「……はい。そうですね」


エリスは果実飴を一口齧り、ふわりと、この旅で一番の美しい笑顔を見せた。


大自然に愛された青年がいれば、どんな困難も、どんな巨大な闇も、きっと晴らしてみせる。


エルフの郷の温かな宴の火は、彼らの次なる旅路を祝福するように、夜遅くまで燃え続けていた。

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