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吹雪の果ての神殿と、冒涜された白き揺り籠




雪原に作られた温かなかまくらで一夜を明かし、翌朝。


猛烈に吹き荒れていた吹雪は、アッシュの「お願い」を聞き入れた精霊たちによって、嘘のように穏やかな粉雪へと変わっていた。


「さあ、いよいよですね。あの山の頂に、教団の目論む最悪の災厄が眠っています」


エリスが白銀の剣を腰に帯び直し、険しい表情で天空を指差した。


万年雪に覆われた大陸最高峰、『始まりの揺り籠』。だが、その頂上付近だけは、太陽の光を遮るような赤黒く分厚い暗雲が渦を巻き、禍々しい瘴気が滝のように流れ落ちてきている。


「ものすごい魔力の密度だわ。……近づくだけで息が詰まりそう」


シルヴィが杖を握る手に力を込める。


「上等だ。どんな化け物が出ようと、この大剣で叩き斬る」


カレンが闘気を練り上げ、周囲の雪をチリチリと溶かした。


「行こうか。山のみんなが、すごく苦しがってるから」


アッシュが先頭に立ち、雪山への第一歩を踏み出した。


本来なら、熟練の登山家でさえ命を落とす死の雪山だ。しかし、アッシュが歩みを進めるたび、深い雪は自ら退いて固く平らな道を作り、険しい氷壁は階段へと形を変えていく。


過酷な雪山登山すらも、大自然に愛された青年の前では、ただの少し長い散歩道でしかなかった。


数時間後。


雲海を抜け、一行はついに山頂へと辿り着いた。


そこは、すり鉢状になった巨大なカルデラだった。


その中央に、純白の大理石で造られた荘厳な古代神殿がそびえ立っている。それこそが、千年前の神話の時代に建てられた遺跡『始まりの揺り籠』だ。


だが、神聖であるはずのその場所は、おぞましい光景へと変貌していた。


純白の神殿には無数の巨大な鉄の杭が打ち込まれ、そこから伸びる太いパイプが、神殿の中心部に向かってどす黒い『穢れ』の魔力を絶え間なく注ぎ込んでいる。


そして神殿の広場には、灰色の外套を着た数百人もの教団兵がひざまずき、狂信的な祈りを捧げていた。


「よくぞここまで辿り着いたな。神にすがり、理に縛られた愚か者どもよ」


広場の最奥。神殿の祭壇に立つ一人の男が、両手を広げてアッシュたちを見下ろした。


金糸の刺繍が施された豪奢な法衣に身を包み、手には禍々しい黒曜石の錫杖を握っている。ルミナスの地下で倒したザイラスよりも、さらに格上とわかる圧倒的な威圧感。


「私は『蝕の教団』を統べる教皇、マクシム。ルミナスでの失態は聞いているが……もはや遅い」

教皇マクシムが、背後の祭壇を指し示した。


そこには、巨大な『赤黒い繭』が鎮座していた。

世界中の穢れを集め、機械の装甲で補強された、脈打つ巨大な肉塊。その繭の表面には、アッシュがかつてどこかで見たような『真っ白な光』が、不規則に、そしてひどく苦しそうに明滅している。


「なっ……! あの繭の中にいるのは……!」


セフィラが妖精眼を見開き、悲鳴のような声を上げた。


「純粋な精霊の力……いえ、もっと根源的で、巨大な光の塊が、人工的な穢れに縛り付けられて、無理やり形を変えられようとしています!」


マクシムが狂気に満ちた笑い声を上げる。


「その通り! これぞ千年の時を経て我らが見つけ出した『神の抜け殻』! 大自然の王が残した強大な権能を、我々人類の叡智(機械と穢れ)で上書きし、意のままに操るための完全なる新たな神だ!」


「神の抜け殻を、穢れで染め上げただと!? なんという冒涜を……!」


エリスが激昂し、カレンとシルヴィも殺気を爆発させる。


だが。

誰よりも早く動いたのは、アッシュだった。


「……そっか。君があの中にいるんだね」


アッシュの灰色の瞳が、これまでにないほど深く沈んでいた。


怒りではない。それは、ひどく純粋な『悲しみ』だった。


彼にはわかった。


あの繭の中で穢れに侵され、泣き叫んでいる『光』。それは、かつて幼いアッシュを優しく包み込んでくれた、記憶の中の温かな光そのものだったからだ。


「痛いよね。今、出してあげるからね」


アッシュは教皇マクシムの言葉など一切無視して、祭壇の繭に向かって真っ直ぐに歩き出した。


「無礼な小僧め! 止めろ! 神の目覚めの儀式を邪魔させるな!!」


マクシムが錫杖を振り下ろす。


広場にいた数百人の教団兵が一斉に立ち上がり、武器を構えてアッシュへと殺到した。


「させないわよ!!」


エリスが白銀の剣を抜き放ち、先頭の兵士たちを薙ぎ払う。


「退け雑魚ども! 師匠の往く道に立ち塞がるな!!」


カレンの大剣が唸りを上げ、数十人の兵士を真空の刃ごと吹き飛ばす。


「燃えなさい!!」

「一網打尽よ! 『白銀の暴風』!!」


リリィの炎とシルヴィの暴風が合わさり、炎の竜巻となって広場を蹂躙していく。


仲間たちが教団兵を完璧に食い止める中、アッシュは誰にも邪魔されることなく、祭壇へと続く大階段を上り切った。


「ヒィッ……! ば、化け物どもめ……! だが、無駄だ! すでに儀式は最終段階に入っている!」


マクシムが後ずさりながら、祭壇の繭に向かって自らの魔力を全力で注ぎ込んだ。


ドクンッ……!!


山頂全体が、心臓の鼓動のように大きく跳ねた。


赤黒い繭に無数の亀裂が走り、中から、太陽よりも眩く、しかし酷く濁った『光』が迸る。


「出でよ、我らが人工の神! 忌まわしき旧時代の理を、その力で塗り潰せ!!」


パァァァァァァァァンッ!!!


繭が弾け飛び、凄まじい衝撃波が山頂を吹き抜けた。


エリスたちが思わず防御姿勢をとり、教団兵たちは衝撃で次々と吹き飛ばされていく。


光の中から現れたのは、美しくも禍々しい異形の姿だった。


純白の六枚の翼を持ちながら、その体は無機質な黒い鋼鉄の機械で構成され、顔の半分は赤黒い穢れの仮面に覆われている。


神の神聖さと、機械の冷酷さが入り混じった、絶対的な絶望の権化。


「おおおぉぉ……! 素晴らしい! さあ、新たな神よ! まずはその小僧を消し去れ!!」


マクシムが歓喜に震えながら命令を下す。


異形の神が、無感情な瞳でアッシュを見下ろした。


そして、その右手を静かに持ち上げる。


「……おはよう。すごく、嫌な夢を見てたみたいだね。でももう大丈夫だから」


アッシュは全く構えもせず、悲しげに微笑みながら、異形の神の冷たい鋼鉄の手に触れようと右手を伸ばした。


いつものように。大自然の理に語りかけ、元の姿に戻すために。


だが。


――ギィィィンッ!!!


アッシュの手が触れる直前。


異形の神の右手から放たれた『極度に圧縮された純白の光』が、アッシュの体を真正面から直撃した。


「え……?」


アッシュの口から、微かな声が漏れる。


ズドォォォォォォォォォォンッ!!!


それは、これまでの敵とは次元が違う、文字通り「神の権能」による一撃だった。


大自然の精霊たちすらも、その一撃の前に為す術なく弾き飛ばされる。


「アッシュ殿ォォォォッ!!!」


エリスの絶叫が雪山に木霊する。


圧倒的な光の奔流に飲まれ、アッシュの体が、ボロ布のように遥か後方の神殿の壁へと激しく吹き飛ばされたのだった。

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