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狂い泣く吹雪と、かまくらの中の観光客




エルフの郷を出発し、一行は北へと歩みを進めていた。


数日も経つと、周囲の景色は緑豊かな森林から、岩肌が剥き出しの荒野へ、そしてやがて、見渡す限りの白銀の世界へと変わっていった。


「さ、さむ……っ! なんでこんなに寒いのよ! 防寒の魔導具が全然効かないじゃない!」


分厚い毛皮のコートを着込んだシルヴィが、ガタガタと震えながら悲鳴を上げる。


天才魔導師である彼女が展開する結界すら貫通してくる、異常な冷気だ。


「たるんでるぞボサボサ。闘気を練っていればこの程度の寒さ……ぶくしゅっ!」


カレンが腕を組んで強がった直後、盛大なくしゃみをした。


「だらしなーい。竜は寒さなんて平気だもん。ねー、アッシュ」


人間の姿のリリィだけは、普段の薄着のワンピースのままアッシュの背中にぴたりと張り付き、湯たんぽ代わりになってぬくぬくと暖をとっている。


「……異常です。単なる自然の雪山ではありません」


エリスが険しい顔で前方を睨んだ。


彼らが向かう『始まりの揺り籠』を抱く大山脈。


その麓に広がる雪原は、現在、視界が数メートルも効かないほどの猛烈な吹雪――ホワイトアウトに見舞われていた。


セフィラが寒さに震えながら、妖精眼で吹雪の奥を見透かす。


「エリスさんの言う通りです。雪の精霊たちが……北の山から流れてくる『穢れ』に怯えて、パニックを起こして泣き叫んでいます。この吹雪は、精霊たちの悲鳴です」


「教団の連中め。あの山脈の遺跡で、どれほどの穢れを撒き散らしているというのだ」


カレンが大剣の柄に手をかけるが、相手が実体のない自然現象(吹雪)では斬りようがない。


「このまま進むのは危険すぎます。一度引き返して、天候の回復を待つか……」


エリスが聖堂騎士としての冷静な判断を下そうとした、その時。


「待たなくていいよ」


アッシュが、リリィを背負ったまま、猛烈な吹雪の吹き荒れる雪原へと一歩踏み出した。


「アッシュ殿!? 駄目です、一瞬で凍りついてしまいます!」


エリスの制止も聞かず、アッシュは吹き荒れる白い風に向かって、両手を広げた。


「冷たいね。怖いね。……北の山から流れてくる黒い水が、嫌だったんだね」


アッシュの言葉に、猛吹雪がヒュオォォォッと悲鳴のような音を立てて応える。


シルヴィやエリスが思わず身を屈めるほどの突風。だが、アッシュは微動だにせず、ただ優しく微笑みかけた。


「僕たちが、その黒い水を止めに行くから。だからもう、泣かなくていいよ」


アッシュが両手をポンッと軽く打ち合わせた。

その瞬間。


ピタリ、と。


一行の周囲数十メートルの範囲だけ、嘘のように吹雪が止んだ。


それどころか、狂乱していた雪の精霊たちがアッシュの足元に集まり、クルクルと踊るように回り始める。


ズズズ……ッ。


雪が意思を持ったように盛り上がり、アッシュたちの周囲を囲むように、巨大なドーム状の雪の家――いわゆる『かまくら』をあっという間に作り上げたのだ。


さらに、かまくらの中央には、土の精霊が気を利かせたのか、ポッカリと開いた穴からコンコンと温かいお湯が湧き出してきた。即席の天然温泉である。


「わぁ。雪のお家と、あったかいお風呂だ。雪の精霊さん、土の精霊さん、ありがとう」


アッシュが嬉しそうに雪の壁を撫でると、かまくら全体がポゥッと淡く温かな光を帯びた。


外は相変わらず猛烈な吹雪が吹き荒れているが、このかまくらの中だけは、春の陽だまりのようにぽかぽかと暖かかった。


「……信じられない。自然災害レベルの吹雪を鎮めるどころか、雪の精霊に宿を提供させるなんて」


シルヴィが呆然と呟き、かまくらの壁に触れる。冷たいはずの雪の壁が、魔力によって断熱材の役割を果たしている。


「すごい! アッシュ、お風呂入ろ! 一緒に入ろ!!」


リリィが服を脱ぎ捨てようとして、エリスに慌てて羽交い締めにされる。


「こらリリィ殿! いくらなんでもはしたないですよ!」


「ふふっ。本当に、アッシュさんの周りだけは、どんな場所でも優しい世界になってしまうんですね」


セフィラが温かい温泉の湯気を感じながら、嬉しそうに微笑んだ。


「これなら寒さなんて関係ないな。師匠、私もご一緒して……」


「カレン殿も何を言っているのですか!! アッシュ殿、あなたはあちらで壁を向いていてください!」


わちゃわちゃと騒ぎ始める仲間たちをよそに。


アッシュは言われた通りに壁の方を向きながら、足湯のように温泉に浸かり、ほぉっと息を吐いた。


「雪景色を見ながらの温泉。……やっぱり、観光旅行はこうでなくちゃね」


教団が撒き散らした穢れによる猛吹雪。


本来なら命を落としかねない過酷な自然の猛威すらも、アッシュにとっては『風情のある雪中キャンプ』でしかなかった。


「……大精霊様。この旅で一番試されているのは、私たちの羞恥心と常識のようです」


エリスは顔を真っ赤にしながら、静かに温泉の湯で顔を洗うのであった。


猛吹雪の雪原にポツンとできた、温かな雪の宿り。


一行はここで英気を養い、教団の待つ大山脈『始まりの揺り籠』への最後の登頂へと挑む準備を整えるのだった。

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