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記憶の欠片と、世界を巡る救世主(?)の旅



地下空間を満たしていた『黒き太陽』の瘴気は完全に浄化され、エルフの郷には数百年ぶりとも言える清浄で温かな風が吹き抜けていた。


「おおぉぉ……! 世界樹様が、あのように美しく輝いておられる……!」


「奇跡だ! 大自然の御遣い様が、我ら森の民を救ってくださったのだ!!」


地上に戻ったアッシュたちを待っていたのは、数千人のエルフたちによる熱狂的な歓呼と、地面に額を擦り付ける勢いの平伏だった。


死の淵から完全に回復したエルフの長・フィリアも、豪奢な礼服を身に纏い、アッシュの前に深々と跪いている。


「大自然の御子よ。あなたの底知れぬ慈愛と力に、我ら森の民は永遠の忠誠を誓います。どうか、このエルフの秘宝『星霞の首飾り』をお受け取りください。そして、我らエルフの戦士団を、あなたの世界を救う『聖戦』の御供に……」


フィリアが恭しく差し出したのは、国が一つ買えるほどの国宝級の魔導具だ。


エリスやシルヴィが息を呑む中。


「うーん。首飾りは綺麗だけど、僕には似合わないからいいや。それより、あっちの美味しそうな果実、食べてもいい?」


アッシュは国宝には目もくれず、エルフたちが宴の準備のために並べていた、色とりどりの果実と芳醇な香りを放つ肉料理の山を指差した。


「え……?」


フィリアがポカンと口を開ける。


「あと、聖戦とか世界を救うとか、そういう難しいことは僕よくわかんないんだよね」


アッシュは大きな果実を一つ手に取ってかじり、幸せそうに頬を緩めながら、はっきりと口にした。


「僕がこの森に来たのは、エルフの森の果実が世界一甘いって風の精霊たちに聞いたからなんだ。エリスやみんなと一緒に、いろんな街を観光して、美味しいものを食べて、綺麗な景色を見る。それが僕の旅の目的なんだよ」


「……ただの、観光旅行……?」


人類の存亡をかけた戦いだと信じて疑わなかったエリスが、ポツリと呟いた。


「うん。でもね、一番の目的はもう一つあるんだ」


アッシュは果実を飲み込むと、ふと灰色の瞳を伏せ、どこか遠くを見つめるような、少しだけ寂しそうな顔をした。


「あのね、僕、自分の昔のこと……よく覚えてないんだ。エリスに出会う少し前までの記憶が、すっぽり抜け落ちてて」


アッシュの突然の告白に、エリスたちがハッと息を呑む。


彼のことをこれまで詮索してこなかったが、自分のことを語らないのではなく、まさか記憶を失っていたとは…。


「ただ、一つだけ覚えてることがあるんだ。すごく暖かくて、優しい『真っ白な光』に包まれていたこと。……その光の人は、僕を置いてどこか遠くに行っちゃったみたいなんだけど」


アッシュは自分の胸にそっと手を当て、ふわりと、けれど切なげに微笑んだ。


「だから僕、世界中を回って、色んな景色を見てみたいんだ。そうすれば、僕を包んでくれてたその『光』のことも、少しずつ思い出せる気がするから。……」


静寂。


誰もが言葉を失う中、エリスの脳内で、とんでもない「勘違い(解釈)」のパズルが組み上がってしまった。


(アッシュ殿の言う『真っ白な光』……それは間違いなく、『大精霊(あるいは神そのもの)』のことだ。アッシュ殿ほどの人物なら神の寵愛を受けていたにちがいない!!自分を置いていった神の真意を知るために、失われた記憶と神の痕跡を辿る巡礼の旅をしているのだ……!!)


「な、なんて恐れ多く、そして尊い目的……!」


エリスが感極まって両手を組み、祈りの姿勢をとった。


「失われた神の記憶を辿り、世界の理を巡る旅……! ああ、アッシュ師匠! どこまでもついていきますわ!!」


エリスに感化されたシルヴィが感動の涙を流してひれ伏す。


「私もだ! 師匠の記憶を取り戻す旅……私の剣で全ての障害を切り拓いてみせる!」


カレンが大剣を掲げて雄叫びを上げる。


「アッシュを一人ぼっちにした悪い光なら、私が燃やしてあげるからね!」


「私も……アッシュさんの記憶が戻るその日まで、ずっとお傍に」


リリィとセフィラも、瞳をキラキラと輝かせてアッシュを見つめている。


エルフたちに至っては、「神の奇跡を辿る救世主バンザイ!!」と涙を流して抱き合っていた。


「あれ? なんかみんな、すごく燃えてるね。まあいっか。フィリアさん、ごちそうさまでした」


美味しいご飯と、記憶の中の温かな光への想い。


アッシュ本人は純粋な「自分探しの観光旅行」のつもりだったが、世界最高峰の武と魔を極めた少女たち、そして世界は、彼を『神の足跡を辿る絶対的な救世主』として崇め、この勘違いの旅路は決定的なものとなった。


宴が落ち着いた後。


フィリアが、深い憂いを帯びた表情でアッシュの元を訪れた。


「アッシュ様。あなたが探しておられる『真っ白な光』の痕跡……一つだけ心当たりがございます。世界樹が浄化された際、地下の深層から、途切れ途切れの『声』を聞いたのです」


フィリアの言葉に、アッシュの表情が真剣なものに変わる。


「エルフの森から遥か北。万年雪に閉ざされた世界で一番高い山脈、『始まりの揺り籠』。……千年前、神々がこの世界から去る際、最後に立ち寄ったとされる神話の遺跡です」


フィリアはそこで言葉を区切り、震える声で続けた。


「ですが、世界樹は同時に伝えてきました。教団の連中は、その遺跡の奥底に眠る『神の抜け殻(神骸)』に目をつけ、世界中の穢れを集めて、最悪の邪神として受肉させようとしています。……もしそれが目覚めれば、今度こそ大自然の理そのものが崩壊し、アッシュ様であっても、命の保証はありません」


『始まりの揺り籠』。


そこに行けば、自分の記憶の欠片である「光」の正体に辿り着けるかもしれない。しかしそこには、これまでのように「お願い」だけでは退けられない、星を滅ぼすほどの『絶対的な死の気配』が巣食っている。


「……そっか。教えてくれてありがとう、フィリアさん」


アッシュは静かに頷き、北の空を見据えた。


彼の背中を見つめるエリスたちの顔にも、これまでにない決死の覚悟が宿っていた。


「行きましょう、アッシュ殿。あなたの失われた記憶を取り戻し、この世界の絶望を完全に断ち切るために」


エリスが力強く頷く。


一行はエルフたちに盛大に見送られ、次なる目的地にして、彼らの最大の試練が待ち受ける極北の地『始まりの揺り籠』へと、新たな一歩を踏み出したのであった。

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