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偽りの太陽と、大樹が紡ぐ真実の光


「やれ、災厄の竜機! その小賢しいネズミどもを、穢れの炎で一匹残らず灰に変えてしまえ!」


枢機卿ザイラスの狂気じみた号令と共に、巨大な機械の骸骨竜が大きく顎を開いた。


世界樹から吸い上げた莫大な魔力を反転させた、極大の赤黒いブレス。それが圧縮され、今まさにアッシュたちに向けて放たれようとした、その時。


「――駄目だよ」


アッシュの静かな声が、地下空間に響いた。

彼が床にそっと右手を触れる。


直後。ズドォォォォンッ!! と、空間全体が下から突き上げられるような激しい震動に見舞われた。


「なっ……何事だ!?」

ザイラスが体勢を崩す。


大理石の床を粉砕し、アッシュたちの眼前に凄まじい勢いで突き出してきたのは、淡い緑色の光を放つ『巨大な木の壁』だった。


いや、壁ではない。それは、苦痛に耐えかねていたはずの世界樹の根が、アッシュの「お願い」に応え、彼らを守るために自ら編み上げた絶対防御の盾だった。


ゴォォォォォォォォッ!!


骸骨竜の口から放たれた極大の穢れのブレスが、世界樹の盾に直撃する。


空気を焼き焦がす圧倒的な熱量。しかし、世界樹の根が放つ清らかな生命の光の前では、赤黒い炎など、まるで巨大な岩に当たる波飛沫のように左右に散らされていく。


「バカな!? 枯れかけていた世界樹の根が、自ら動いて彼奴を守っただと!?」


ザイラスが驚愕に目を剥く。


ブレスが収まると同時に、世界樹の盾がスルスルと解け、再び道を空けた。


その奥から、アッシュがゆっくりと歩み出てくる。無傷のまま、ただ悲しそうに骸骨竜を見上げていた。


「この骨……土の底で静かに眠っていた、古い土竜アース・ドラゴンのものだね。それを無理やり掘り起こして、鉄の機械を繋ぎ合わせるなんて」


アッシュが一歩、また一歩と距離を詰める。


「ええい、何をしている! 踏み潰せ!!」


ザイラスの命令に従い、骸骨竜が巨大な鋼鉄の爪を振り上げた。


カレンとエリスが咄嗟に動こうとするが、アッシュが手でそれを制する。


「もう、無理して起きなくていいんだよ。おやすみ」


アッシュが、振り下ろされる巨大な鋼鉄の爪に向かって、そっと手を伸ばした。


彼の手が冷たい鋼鉄に触れた瞬間。

カラン……。


機械竜の全身を覆っていた赤黒い瘴気が、嘘のようにフッと消え去った。


そして、動力源であった『穢れ』を失った超重量の鋼鉄の装甲と機械部品が、重力に従ってガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


「な、に……?」


ザイラスの口から、間抜けな声が漏れた。


機械の装甲が剥がれ落ちた後には、巨大な土竜の白い骨だけが残った。


その骨は、アッシュに撫でられると、ホッとしたように崩れ落ち、細かい砂となって地下空間の床にサラサラと還っていった。


教団の誇る最高傑作にして災害クラスの魔導兵器は、アッシュの言葉一つで、ただの『静かな砂山』へと変わってしまったのだ。


「あ、ありえん……。魔力炉を破壊されたわけでもないのに、なぜ急に機能が停止した! 貴様、何をした!!」


パニックに陥り、ザイラスが後ずさる。


アッシュは砂山を優しくポンと叩き、ザイラスを見据えた。


「世界樹から盗んだ魔力を、元の場所に返してもらっただけだよ。……君たちの作ったおもちゃは、自然の力を借りないと動けないくせに、どうして自然を支配できるなんて勘違いしてるの?」


それは、一切の嫌味を含まない、純粋な疑問だった。


だが、その純粋さこそが、エリート意識の塊であるザイラスのプライドを完膚なきまでにへし折った。


「黙れ、黙れェェェッ!! 私は蝕の教団の枢機卿だぞ! こんな、こんな名も知らぬ小僧の戯れに、私の計画が潰されてたまるか!!」


ザイラスは狂乱し、頭上にある巨大な『黒き太陽(人工魔力球)』に向かって両手を掲げた。


「こうなれば、この溜め込んだ穢れの魔力を全て暴走させてやる! お前たちごと、このエルフの森を死の灰に変えて……!!」


ザイラスが破滅の呪文を唱えようとした、その時。


「――遅いわよ、三流」


ザイラスの背後から、ひどく冷たい声が響いた。


「なっ!?」

振り返る間もなかった。


いつの間にか背後に回り込んでいたシルヴィが、ザイラスの顔面を杖の柄で思い切り殴り飛ばしたのだ。


「がはっ!?」


鼻血を吹き出して吹き飛ぶザイラスの首元に、銀色の閃光が走る。エリスの白銀の剣と、カレンの巨大な大剣が、交差するように彼の喉元へ突きつけられていた。


「動くな。少しでも魔力を練れば、その首を刎ねる」


カレンが野獣のような瞳で睨み下ろす。


「あなたの安っぽい呪文の起動より、私たちの踏み込みの方が百倍早いわ」


エリスが氷のように冷たく告げた。


教団の最高幹部は、アッシュの仲間たちの圧倒的な連携の前に、ただ震えて命乞いをすることしかできなくなっていた。


「さーて、ゴミの掃除は終わったわね。でも、あそこにある巨大な『黒き太陽』はどうしましょうか。世界樹から切り離さないと……って、あれ?」


シルヴィが頭上を見上げ、ポカンと口を開けた。


エリスやカレン、セフィラも視線を向ける。


空間の中央に浮かんでいた、巨大で禍々しい『黒き太陽』。


そこに向かって、アッシュがそっと両手をかざしていた。


「あんなに黒くて冷たいものは、太陽なんかじゃない。本当の太陽は、もっと暖かくて、優しい光なんだよ」


アッシュの言葉に応えるように。


遥か上空、エルフの森の空から、一条の眩い『陽光』が、分厚い大地の岩盤を透過するように真っ直ぐに降り注いだ。


大自然の精霊たちが、太陽の光を地下まで運んできたのだ。


その温かく清らかな光が『黒き太陽』に触れた瞬間。


パァァァァァァァァンッ!!


世界を蝕むはずだった巨大な穢れの塊は、音もなく、美しい金色の光の粒子となって弾け飛んだ。


降り注ぐ光の粒子は、地下空間に満ちていた悪臭を完全に浄化し、傷ついていた世界樹の根に、優しい癒しの雨となって染み込んでいく。

「わぁ……」


セフィラが、妖精眼に映るあまりにも美しい奇跡に、うっとりとため息をついた。


リリィは光の粒子を追いかけて無邪気に跳ね回っている。


突き刺さっていた鉄のパイプは抜け落ち、世界樹の主根は、かつての清らかな緑色の魔力光を取り戻し、ドクン、ドクンと力強い生命の脈動を打ち始めた。


それは、大樹がアッシュに向けて送る、深い感謝の鼓動だった。


「……終わりましたね」


エリスが剣を鞘に納め、優しい顔で微笑んだ。

「ええ。アッシュ師匠にかかれば、教団の陰謀なんてただの砂遊びよ」


シルヴィが胸を張る。


世界を脅かした『黒き太陽』の野望は、大自然を愛する一人の青年と、彼に心酔する少女たちによって、ここにあっけなく、そして美しく打ち砕かれたのであった。

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