蹂躙される機械獣と、大樹の根を穿つ鉄の楔
エルフの郷の中心にそびえ立つ、天を衝くほどの巨木――『世界樹』。
その広大な根の隙間には、地下深くへと続く巨大な空洞が開いていた。
「この先が、世界樹の根の深層部です。教団の連中はここに陣取り、結界を張って我々を拒絶しています」
案内役を買って出たエルフの長、フィリアが青ざめた顔で地下を見据える。
本来なら、世界樹の根は淡い緑色の魔力光を放ち、清らかな生命力に満ちているはずだ。しかし、目の前の空洞からは、鉄の錆びたような悪臭と、赤黒い『穢れ』の瘴気が絶え間なく吐き出されていた。
「ひどい……。美しい木の根に、太い鉄の管が何本も打ち込まれて、無理やり魔力を吸い上げているわ」
妖精眼を持つセフィラが、痛ましそうに目を覆う。
アッシュは無言のまま、足元の太い根にそっと触れ、悲しげに目を伏せた。
「行こう。これ以上、痛い思いをさせちゃ駄目だ」
静かなアッシュの声に、仲間たちの顔つきがスッと引き締まる。
一行が暗い地下空洞をしばらく下っていくと、突如として前方の通路から、けたたましい金属音と獣の咆哮が響き渡った。
「侵入者だ! エルフか!?」
「いや、人間だ! なぜ『千年の茨』を越えてこんなところに!」
通路の奥から現れたのは、灰色の外套を着た十数人の『蝕の教団』の兵士たちと、彼らが連れた五体の巨大な魔獣だった。
魔獣たちは全身を分厚い鋼鉄の装甲で覆われ、背中には穢れを動力源とする魔力炉が埋め込まれている。エルフの精鋭戦士たちを退けた、教団自慢の魔導機巧獣だ。
「フハハ! 愚かな人間どもめ、ここを『黒き太陽』の実験場と知って……」
教団兵が勝ち誇ったように叫びかけた、その瞬間。
「うるさい。師匠の前でデカい口を叩くな、三流どもが」
カレンが一歩前に出て、背中の『竜断の大剣』を無造作に引き抜いた。
「なっ……!?」
教団兵が反応するより早く、人類最強の剣聖の姿がブレる。
――閃刃。
空気が悲鳴を上げる暇すらなかった。
カレンが軽く一振りした大剣から放たれた真空の刃が、五体の巨大な魔導機巧獣の分厚い鋼鉄の装甲を、紙くずのように一瞬で『横一文字』に両断したのだ。
「ギ、ガァ……?」
魔獣たちの巨体がズレて崩れ落ち、背中の魔力炉が誘爆して激しい炎を上げる。
「バカな!? 我らが教団の誇る超硬度の装甲が、ただの剣圧で……!?」
「ふん。師匠に手入れしてもらった私の剣は、今や竜の鱗すら豆腐と同じだ。退屈しのぎにもならん」
カレンが大剣を肩に担ぎ、獰猛に笑う。
「ひぃぃっ! ば、化け物……撃て! 穢れの魔砲を一斉に撃ち込め!!」
パニックに陥った教団兵たちが、一斉に腕の機械から赤黒い瘴気の光線を放とうとする。
だが、今度は白衣を翻したシルヴィが前に出た。
「やらせないわよ! あんたたちみたいな泥水で、私のアッシュ師匠の服を汚してたまるもんですか!」
シルヴィが指先を鳴らす。
詠唱も、魔法陣の展開すらない。ただ大自然の魔力を編み上げる、アッシュから学んだばかりのオリジナルの術式。
「吹き飛びなさい。――『白銀の暴風』!!」
ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!
極度に圧縮された純白の暴風が通路を駆け抜け、教団兵たちの放とうとした穢れの光線を一瞬でかき消し、彼らの体を機械の武装ごと遥か後方へと吹き飛ばした。
壁に激突し、教団兵たちは全員が白目を剥いて気絶する。
「おーっほっほっほ! 見ましたか師匠! 術式の無駄を省いたおかげで、威力が今までの三倍に跳ね上がりましたわ!」
「うん、シルヴィさんすごいね。風の精霊さんも喜んでるよ」
「師匠に褒められたぁぁぁっ!」
シルヴィが両手で頬を押さえて身悶えする。
「……あのう」
背後で、剣の柄に手をかけたまま硬直しているエリスが、虚ろな声を出した。
「私、まだ一度も剣を抜いていないのですが……」
「仕方ないわよエリス。このパーティ、火力がおかしいもの」
セフィラが苦笑しながらエリスの肩を叩く。
エリスは聖堂騎士の中でもトップクラスの実力者だが、人類最強の剣聖と最高の魔導師が露払いをしてしまうため、完全に『ただのツッコミ役』と化してしまっていた。
あっという間に教団の防衛線を突破した一行は、ついに地下の最深部――世界樹の中心核がある巨大な空間へと辿り着いた。
そこは、言葉を失うほどおぞましい光景だった。
広大な地下空間の中央で、世界樹の最も太い『主根』が、巨大な鉄の枷で雁字搦めに縛り上げられていた。
主根には無数のパイプが突き刺さり、吸い上げられた魔力が、空間の中央に浮かぶ巨大な『黒い太陽(人工魔力球)』へと絶え間なく注ぎ込まれている。
「酷い……! 世界樹の命を削って、あんな巨大な穢れの塊を作っているなんて!」
エリスが怒りに声を震わせる。
「よくぞここまで辿り着いたな、ネズミども」
不意に、黒い太陽の真下から、冷酷な男の声が響いた。
黒い神父服のような祭祀衣に身を包み、顔の半分を銀色の仮面で覆った男。その身からは、先ほど倒した兵士たちとは比べ物にならないほど濃密で、吐き気を催すような強大な『穢れ』の魔力が立ち上っていた。
「私は『蝕の教団』の最高幹部が一人、枢機卿のザイラス。……ルミナスにいたバルバスからの定期連絡が途絶えたと思えば、貴様らのような羽虫が我々の崇高な計画を邪魔していたというわけか」
仮面の男――ザイラスが、見下すようにアッシュたちを睨みつける。
「崇高な計画ですって? 大自然の命を弄んでおいて、ふざけないで!」
シルヴィが杖を突きつける。
「ふん。神や精霊の理に縛られた愚か者には理解できまい。この世界樹から吸い上げた魔力で『黒き太陽』が完成すれば、我ら人類は自然から完全に独立し、この星の新たな神となるのだ!」
ザイラスが両腕を広げ、狂信的な笑い声を上げる。
「さあ、見せてやろう! お前たちがどれほど無力で、ちっぽけな存在かを!」
ザイラスが黒い太陽に向かって魔力を放つと、空間全体が激しく振動し始めた。
黒い太陽からドロドロとした瘴気が溢れ出し、それがザイラスの足元で巨大な形を成していく。
「いでよ! 神話の時代より蘇りし、災厄の竜機!!」
瘴気が晴れた後。
そこに現れたのは、全身が黒い鋼鉄の鱗で覆われ、口から赤黒い炎の息を漏らす、見上げるほど巨大な『機械の骸骨竜』だった。
圧倒的な死の気配。先ほどの魔獣たちとは次元が違う、文字通りの『災害』クラスの魔導兵器だ。
「なっ……! あれは世界樹の魔力を直接取り込んでいる! カレン殿の剣でも、容易には斬れないかもしれません!」
エリスが顔を青ざめさせ、剣を抜く。
カレンとシルヴィも、ただならぬ気配に息を呑み、臨戦態勢をとった。
しかし。
「――うるさいなぁ」
狂乱する機械竜の咆哮と、ザイラスの高笑いを。
アッシュの、ひどく冷たく、静かな声が切り裂いた。
「君の声がうるさくて、木が痛がってる声が聞こえないじゃないか」
アッシュが、ゆっくりと前へ歩み出る。
その背中を見た瞬間、エリスたちはハッとして息を呑んだ。
アッシュの周囲を舞っていた光の妖精たちが、かつてないほど激しく瞬き、彼の足元から、大理石の床を割って無数の美しい『花』が咲き乱れ始めたのだ。
「……えっ?」
ザイラスが、狂信の笑みを凍りつかせた。
怒れる大自然の愛し子が、ついにその神域の力を、明確な『排除の意志』を持って解き放とうとしていた。
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