誇り高き森の民の平伏と、大樹と繋がる美しき長
「ささっ、御遣い様! どうぞこちらへ! 足元、木の根が出ておりますのでお気をつけて!」
「うん、ありがとう。でも僕、別に御遣い様じゃないんだけどな」
鬱蒼と生い茂るエルフの森。
その道中は、先ほどまでの刺々しい殺気が嘘のように、極めて過保護で快適なものとなっていた。
先頭を歩くエルフの防人隊長は、アッシュが歩きやすいように自ら進んで邪魔な枝を払い、落ち葉を掃き清めている。他のエルフたちも、アッシュの周囲を飛ぶ精霊たちに畏れ多くて直視できず、常に深く腰を折ったまま付き従っていた。
「……あんなに人間を虫ケラのように見下していた誇り高きエルフが、完全にただの案内人になっていますね」
エリスが遠い目をしながら呟く。
「仕方ないわよ。エルフにとって精霊は信仰の対象そのもの。その精霊たちが、アッシュ师匠の周りで『バンザイ!』って大合唱しながら飛んでるんだもの。彼らにとっては、歩く神話みたいなものよ」
シルヴィが呆れ半分、誇らしげな顔で胸を張る。
「えっへん! アッシュの凄さがわかって当然よ!」
リリィがなぜか一番ふんぞり返って歩いていた。
やがて、巨大な木々の合間を抜けると、ふわりと視界が開けた。
巨木群の枝葉の上に築かれた、美しく幻想的な大集落――エルフたちの郷だ。
しかし、その美しい景観とは裏腹に、郷全体にはどんよりとした暗い空気が立ち込めていた。
エルフの住人たちの顔には疲労と絶望の色が濃く、皆一様に、郷の中心からさらに奥……天を衝くほど巨大な『世界樹』の方角を見つめて祈りを捧げている。
「セフィラ殿、どうですか?」
エリスの問いに、セフィラが瑠璃色の妖精眼を細めた。
「……ひどい状態です。あの巨大な世界樹の根元から、ルミナスの地下で見たのと同じ、ドロドロとした黒い太陽の魔力が脈打っています。世界樹が、下から毒を吸い上げさせられている……」
セフィラが痛ましそうに胸を押さえる。
エルフの隊長が、悲痛な顔で振り返った。
「御遣い様方。実は……世界樹の穢れの影響で、世界樹と直接魂を繋いでいる我らがエルフの長が、数日前から危篤状態なのです。高位の治癒術師が何人も付き添っていますが、容態は悪化する一方で……!」
「案内して。早くしないと、その長さんも木も、息ができなくなっちゃう」
アッシュの静かで迷いのない言葉に、隊長は深く頷き、郷で一番大きな巨木の中腹にある館へと一行を導いた。
館の最奥の部屋。
そこには、神聖な葉を敷き詰めた寝台の上で、苦しげに荒い息を吐く一人の美しい女性エルフが横たわっていた。
透き通るような金糸の髪と、長い耳。年齢はエリスたちと変わらないように見えるが、エルフの長ともなれば数百年の時を生きているはずだ。
しかし、彼女の美しい顔は赤黒い瘴気に覆われ、首元から腕にかけて、黒い血管のような『穢れ』の紋様がびっしりと浮き出ていた。
「長! しっかりなさってください!」
「駄目だ、浄化の魔法が追いつかない! 穢れが魂の奥まで……!」
数人のエルフの治癒術師たちが、絶望の涙を流しながら光の魔法をかけ続けている。だが、穢れの進行は止まらない。
「どいてくれ! 御遣い様をお連れした!!」
隊長が部屋に駆け込み、道を開ける。
治癒術師たちが「人間だと!? この神聖な場に……」と怒りの声を上げかけたが、アッシュの姿と、彼を包む圧倒的な精霊の光を見た瞬間、全員が息を呑んで言葉を失った。
「痛そうだね」
アッシュは治癒術師たちの間をすり抜け、寝台の横に膝をついた。
「バカな、近づくな! その穢れは触れれば伝染するぞ!」
一人の治癒術師が叫んだが、アッシュは構わず、苦しむエルフの長の額にそっと右手を置いた。
「ごめんね、無理させて。……悪い夢は、もう終わりだよ」
アッシュが優しく囁いた、その瞬間だった。
シュォォォォォォン……ッ!!
部屋の中を、清らかな風が吹き抜けた。
エルフの長を苦しめていた赤黒い瘴気が、アッシュの手が触れた場所から波紋のように浄化され、あっという間に消え去っていく。
黒く浮き出ていた血管の紋様も嘘のように引き、彼女の顔に本来の透き通るような血色が戻った。
「なっ……!?」
「呪いが……数日がかりで浄化できなかった世界樹の呪いが、一瞬で……!?」
治癒術師たちが腰を抜かし、その場に崩れ落ちる。
「……ん、ぁ……」
長い睫毛が震え、エルフの長がゆっくりと目を開けた。
新緑のような美しい翠色の瞳が、目の前で優しく微笑む灰色の青年を捉える。
「……あたたかい。あなたは……大自然の、御子……?」
長が掠れた声で呟く。
「おはよう。もう痛いところはない?」
「はい……。私を蝕んでいた世界樹の痛みが、ひどく穏やかになりました。あなたが、鎮めてくださったのですね」
エルフの長はゆっくりと身を起こすと、寝台の上で姿勢を正し、アッシュに向かって深く、深く頭を下げた。
「私はエルフの長、フィリア。森の民を代表し、大精霊に愛されし御子に、心よりの感謝を申し上げます」
長が頭を下げたのを見て、周囲の治癒術師たちも慌てて床に額を擦り付けた。
「どういたしまして。でも、根本的な原因はまだ治ってないよ。一番痛がってるのは、あそこだから」
アッシュが窓の外……高くそびえる世界樹の根元を指さす。
フィリアは悲痛な面持ちで頷いた。
「……おっしゃる通りです。数週間前、『黒き外套の人間たち』が森の結界を破り、世界樹の根の深層部へと侵入しました。彼らはそこに、おぞましい鉄の機械を打ち込み、世界樹の魔力を強制的に吸い上げて『穢れ』の兵器を生産しているのです」
「やっぱり『蝕の教団』の連中か。世界樹の魔力を使って、どれだけ巨大な魔導兵器を作る気だ……」
カレンが大剣の柄を握りしめ、ギリッと歯ぎしりをする。
「結界を破られた我々は、なんとか彼らを排除しようと突入しました。しかし……彼らの放った『機械の鎧を着た魔獣』の前に、森の戦士たちは手も足も出ず、私自身も深く呪いを受けてしまったのです」
フィリアの言葉に、エリスが一歩前に出た。
「長殿。私たちは、その教団の野望を阻止するためにここへ来ました。どうか、世界樹の根元へ続く道を教えていただけないでしょうか」
フィリアはエリスたち一行を、そしてアッシュを真っ直ぐに見つめた。
そして、微かに希望の光を宿した笑顔で頷いた。
「大自然の御子と、その心強き仲間たち。……今のあなた方になら、世界樹の嘆きを止めることができるかもしれません。ご案内しましょう、我らの聖域の、最も深き闇の中へ」
エルフたちの希望を背負い、アッシュたちはついに、教団の陰謀が渦巻く世界樹の根元……巨大な地下迷宮へと足を踏み入れる決意を固めた。
「待ってなさい教団のバカども! アッシュ師匠の力と、私の魔導で木っ端微塵にしてやるんだから!」
「私が一番に斬り捨てる。師匠の露払いは私の役目だ」
「あんたたち邪魔よ! 私が全部燃やして灰にするんだから!!」
やる気に満ち溢れ、なぜか対抗心を燃やして火花を散らすヒロインたち。
「……頼もしいですが、このままでは教団より先に、味方によって森が灰にされそうです」
エリスが胃の辺りを押さえながら、静かに聖堂騎士としての覚悟(と胃腸薬)を決め直すのであった。
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