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拒絶の森と、大樹に愛されすぎた青年


「……ここが、エルフの森の入り口。噂には聞いていましたが、これほどとは」


西へ旅を続けること十数日。


アッシュたち一行は、天を衝くほどの巨大な木々が密生する大森林の境界線に辿り着いていた。


だが、そこには文字通り『拒絶』の壁が立ち塞がっていた。森の入り口を塞ぐように、赤黒い毒の棘を持つ巨大な茨が何重にも絡み合い、分厚い城壁を形成していたのだ。


「『千年の茨』ね。外敵の侵入を防ぐためにエルフたちが大地の魔力を使って編み上げた、絶対防御の生きた結界よ。生半可な魔法じゃ傷一つつけられないわ」


シルヴィが魔導師としての知識を披露する。


「ふん。斬れないものなどない。私がこの大剣で道ごと切り拓いてやろう」


カレンが背負った大剣(アッシュに手入れしてもらってすっかり機嫌が良い)を抜きにかかる。


「お待ちください、お二人とも。エルフは極めて排他的な種族です。結界を力ずくで破れば、森全体を敵に回すことになります。教団の脅威を伝え、対話で中に入れてもらうのが最善です」


エリスが慌てて制止し、結界の前に進み出た。


「エルフの同胞たちよ! 私は聖堂騎士エリス・ヴァン・ローゼン! この森の奥にある世界樹に『穢れ』の危機が迫っている! どうか、対話の場を設けていただきたい!」


エリスの凛とした声が森に響き渡る。

しばらくの静寂の後。


茨の壁の上部、木々の枝葉の隙間から、銀色の弓を構えた数名の美しいエルフたちが姿を現した。


「去れ、野蛮な人間ども。我ら誇り高き森の民は、外の穢れた種族との関わりを絶っている」


冷たく、感情のない声。先頭に立つ金髪の美しい男エルフ――森の防人たちの隊長が、エリスたちを見下ろして弓を引き絞った。


「ましてや、穢れを生み出す元凶である人間を森に入れるなど言語道断! 我らが結界は強固であり、世界樹は我々だけで守り抜く! 一歩でも近づけば、その心臓を射抜くぞ!」


ピリッ、と殺気が膨れ上がる。


エリスが唇を噛んだ。エルフの人間嫌いは想像以上だ。このままでは世界樹の危機を伝えることすらできない。


「あーあ、相変わらず頭の固い連中ね。アッシュ、私がちょっとだけ燃やして脅かしてあげようか?」


リリィが不満げに口から煙を吐く。


「ダメだよ、リリィ。エルフの人たちも、森を守るために必死なんだから」


アッシュはリリィの頭を撫でて宥めると、エリスの横を通り抜け、茨の結界へと真っ直ぐ歩いていった。


「止まれ人間! それ以上進めば射るぞ!!」

エルフの隊長が警告を発し、弓に魔力を込める。


エリスやカレンが緊張を走らせる中、アッシュは結界の茨の目前で立ち止まった。


「……こんにちは。ちょっと、通してもらえるかな」


アッシュは、頭上のエルフたちではなく、目の前の『茨の結界』に向かって優しく語りかけた。


「は……? 貴様、結界に向かって何をしている。狂ったか」


エルフの隊長が鼻で笑った、その瞬間だった。

ズズズ……ッ!!


大地が大きく鳴動した。


何百年もの間、誰の侵入も許さず森を守り続けてきた絶対防御の茨が。


アッシュの声を聞いた途端、まるで待ちわびた主の帰還を喜ぶ忠犬のように、ブルブルと歓喜に打ち震え始めたのだ。


「な、なんだ!? 結界の魔力が乱れている!?」


エルフたちが慌てふためく中、奇跡は起きた。

赤黒かった毒の茨から一斉に美しい白い花が咲き乱れ、茨自体がスルスルと解け、左右に大きく道を空けたのだ。


それだけではない。アッシュの足元からは光の絨毯のように柔らかな苔が敷き詰められ、森の木々が一斉に枝を揺らして歓迎の音楽を奏で始めた。


「道が開いた! 師匠、さすがです!」

「ふふん、アッシュにかかればエルフの結界なんて、お庭の門みたいなものよ!」


シルヴィとリリィが歓声を上げる。


一方で、結界の上にいたエルフたちは、弓を取り落とし、全員が目を剥いて信じられない光景を見下ろしていた。


「ば、バカな……!? 我らエルフの長が何日もかけて祈りを捧げ、ようやく操る千年の結界が……人間の言葉一つで道を空けただと!?」


「それに、なんだあの光は! 森中の精霊たちが、あの一人の人間に向かって歓喜の舞を捧げている……!」


エルフの隊長は全身をガタガタと震わせた。


誇り高き森の民である自分たちでさえ、これほどまでに大自然から愛されることなどない。


目の前にいる灰色の青年は、人間でありながら、森そのものから『王』として迎えられているのだ。


「えへへ、ありがとう。みんな元気だった?」


アッシュは足元に集まってきた光の妖精たちと戯れながら、ポカンと口を開けているエルフたちを見上げた。


「ねえ、君たちも下においでよ。世界樹のところまで、案内してほしいんだ」


「あっ……あ、あぁ……!!」


エルフの隊長は、アッシュと目が合った瞬間、その瞳の奥にある底知れぬ純粋さと、神域の深淵に触れ……完全に心をへし折られた。


彼は慌てて木から飛び降りると、アッシュの前に平伏し、震える声で叫んだ。


「も、申し訳ありませんでした、大精霊の御遣い様!! 結界が自ら道を開く御方に矢を向けるなど、森の民として万死に値する愚行!! どうか、どうか我々の無礼をお許しください!!」


さっきまでの冷徹で高圧的な態度はどこへやら。


森の防人たちは全員、アッシュの足元に土下座の勢いでひれ伏し、ガタガタと震えながら彼を崇め始めた。


「またこれですか……」


エリスは深いため息をつき、静かに胃の辺りを押さえた。


「でも、これで揉めずに森に入れそうだな。さすがは私の師匠だ」


カレンが大剣を背負い直して豪快に笑う。


「あのう、御遣い様……! すぐに我らが長の元へご案内いたします! どうか、どうかこちらへ!」


昨日まで絶対の拒絶を誇っていたエルフたちは、今やアッシュの専属ガイドのように揉み手をして道を開いている。


こうして一行は、エルフたちの常識をも鮮やかに破壊しながら、世界樹のそびえる大森林の奥深くへと足を踏み入れたのであった。

お読みいただきありがとうございます。


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