忠誠
よくある話である。
「ねぇ375号館出るらしいよ。研究で残ってた、ほら考古学教室の水沼教授の院生がさオバケが出たって言って居なくなったらしいよ」
そんな話を聞いたのは、食堂の遅い昼下がりのことだった。
僕も講義をとっている水沼教授の院生と言えば顔見知りだ。聞き耳を立てていると、概要がわかってきた。
だいぶ昔の話になるが、博多の祇園の発掘調査の際、多数の人骨が出土した。
おそらく、鎮西探題を急襲した菊池武時一派がさらし首になったときの骨か。
もしくは九州探題滅亡の際の北条を中心とする豪族たちの骨か。
小規模ながら調査を依頼されたため自然人類学の教授と協力して現在研究を行っている。
なぜ知っているかと言うと、骨を並べる手伝いを顔見知りだからと言って手伝わされたのだ。
依頼したのは、行政を通した企業だと聞いている。
熊本の菊池神社に保管されている。骨を調査する事は叶わなかったが、自治体保管の骨ならばということで持ち込まれたらしい。
なかなか数が多く、大変な作業だった。
「君も将来ここの院生になるんだろうから手伝っておいて損はないよ」
そう言われたのでまだわからないと返答すると、教授のウチに来るんじゃないの?と言う当たり前のような言い様が大変心をくすぐった。
まぁウチの教授と仲が良くて君いい子だね、うちにおいでよと笑い話で言ってくれる僕にとって貴重な人だ。
とまれ。
そう、失踪話の詳細はこうだ。
骨の分析資料を片手に歴史文献を睨み合わせる作業をしているというのは僕も聞いている。
遅くまで研究をしていた院生が、骨を保管している所に入った時火の玉が集まり人の形を成したのを見て気絶して朝起こされた途端に悲鳴をあげて走り出しそこから連絡が途絶えたと言う。
その人と関係性があった人が連絡が取れないと周りに相談をしているらしい。
1つ問題があって、その院生と連絡が取れないと嘆いているのが複数人だと言う事。
最初はお前は何だと言い合いになっていたらしいが、既に失踪から1週間が経ち、みんなで住居であるアパートに突撃したら人の痕跡がなかったそうだ。
関係性があった複数の男女は戸惑っていたが、力を合わせて探すことにしたらしい。
その際、骨の調査を請け負った、別の協力大学の自然人類学の関係者も失踪していることが判明した。
まさかと。
協力大学は先輩の大学だった。
「おはようございます。今日も暑いですね。」
今年は雨が少なく7月初頭日差しは真夏並み。
外で待ち合わせなどとんでもないと、待ち合わせの図書館で短冊を書く子ども達を見ながら本を読んでいたら、ゆっくりと相変わらず真っ白な肌で日焼けのかけらもない頬が緩んだ。
「いや、遅れてしまったよ。すまないね。」
そう言いながら、登山で有名なメーカーの帽子を置いた。
にこりと微笑み移動しようかおごるよという言葉に喜び図書館を出てどこに行くか相談をする。
近くの大学学食か、ちょっと移動した大衆イタリアンか、ファミレスか。
先輩はゆっくり話せるカフェがいいと。
逡巡しつつ財布を出す人に従うべしと地下鉄で移動して、入った事は無いが聞いた事はある呉服町の喫茶店へと入った。
メニューの値段にヒィんとしているとさっさと先輩がランチとコーヒーと紅茶を注文してしまう。
暑いねとシャツの襟元を動かしている様に、後輩らしく鞄から扇子を取り出して扇ぐと嬉しそうに目を閉じる。
人心地ついたのだろう、もういいよと先輩が言うので手を止めた。
「ここは少し時間がかかりそうだから、早速話をしようか」
先輩のカバンからファイルが取り出された。
差し出されたファイルを見れば、人骨の年代測定が書いてある。
推定鎌倉末期。
最新の測定でも結果は変わらなかった可能性が高いと言うことだ。
「史学側からの見地でも同意見です」
この骨が、鎌倉幕府滅亡にあたり、鎮西探題滅亡における戦死者の骨か、その前の博多日記に記載がある菊池武時一派襲撃による晒された者たちの骨かは判別する方法は現代では無い。
話はここで終わるはずだった。
だが、僕たちの本題は、これからだ。
カラン、と氷が鳴る。
緑が濃く天が高い。
鎮西探題が滅んだ建物前を歩く人々が日常となった頃であろう。
「失踪は裏をとった所史学科の院生が一人ですが、噂ではそちらからもお一人いなくなったと聞きます」
「そのように聞いているよ。そっちの失踪者、どんな人だったのかな?」
大変交友関係が広くストライクゾーンはそれ以上に広い人物だった事を説明した。
話を聞いてクスリと笑い、その人こういう人でしょうとnoteを開いた。
有料記事で歴史と恋愛について執筆をしている中々の人気者だった。
「仲の良いお友達の論文盗用やAI使用で叩かれてたから雲隠れしただけだよ、そのうち見つかるから放っておいていいよ。問題はこっち。さて、出土人骨に関わる事件を教えてくれるかい?」
知っているだろうに。
という意見が顔に出たのだろう、唇を軽く摘まれた。
さぁと促す様は教官や師のようで。
元軍襲来に対応する為、九州の豪族の合議を行う場として鎮西談義所が発足されるも、幕府の意向で鎌倉から派遣した長官による機関、鎮西探題ができた事で鎮西談義所は短い活動期間を終える。
鎮西探題は元は対元軍として設置されたが、権限が増え、軍事や訴訟、寺社や九州豪族へ所領への権限を与えられる支配権を強める事となった。
六波羅探題と同じような鎌倉幕府の下部組織と言えるだろう。
だが、後醍醐天皇の挙兵が発端の元弘の変に呼応した菊池武時が大友、少弐と共に鎮西探題襲撃を目論むも反故にされ無念を抱き、阿蘇氏と共に襲撃。その際鎮西探題側についた大友、少弐が北条と共に迎え撃ち菊池武時は滅びた。
一人息子を袖ヶ浦で逃し、阿蘇氏も落ち延びたが他は全て討ち死にし生き延びた者も捕えられ犬射馬場に晒されたという。
その数ヶ月もしないうちに六波羅探題の滅亡の勢いにより、大友、少弐、島津により鎮西探題は滅亡した。
人骨はこのどちらかのものではないか、もしかしたら両方かもしれないとされている。
と説明をした。
うんうん、と頷く先輩は、ちょうど良いタイミングで来たランチをひとまず食べようと手を合わせた。
老舗の喫茶店だけあり、大変美味でオムライス定食はとてもお腹に溜まるし、贅沢な事にアイスクリームを追加してくれた。
紅茶でもコーヒーでもどちらでも良いが、お茶が好きな僕に紅茶を譲ってくれた気遣いと、ここではフレッシュではなく紅茶にミルクをつけてくれたので喜びたっぷりの砂糖とミルクの紅茶とアイスクリームを味わう。
「2日前に失踪した院生は真面目な奴で、サークルは弓道。親しい人はおらず、文化人類学専攻で趣味は史学と民俗学。君と仲良くなれそうな奴だよ。
優しく感受性が高い性格だが冒険家の血が疼くタイプで恋人になる人は気が気じゃ無いだろう」
そこまで一気に喋りコーヒーに口をつける。
よく見れば顔色が悪い。
ああ、そうか。
「知り合いですか?」
パチリと瞬きが返る。こんな風にわかりやすい感情が表に出ているのも珍しい。
「そうだね、いつか君にも紹介しようと思うぐらいには」
遠い目をして、直ぐに僕へ向き直る。
「史学は得意じゃ無いから教えて欲しい。どっちだと思う?」
どっち。どっち。
そうか。
「今は6月で、旧暦だと5月。探題北条英時が滅んだのは5月25日。」
「土地の記憶ならぬ、モノノ記憶いや、これは人の記憶そのものかな?
骨に触れたあいつが感応したのは北条か」
意外だった。
先輩は理論でものを語っている。
直感に近い自分とは違い。
もし1333年に死した骨が訴えかけるほどの事があるならば。
己ならば、感応してくれる人に出会えたらば何を伝えるか、しようとするか。
それ程の思いは何であろうか。
「聞いた事があります。人は最初目的や意志を持って人の形を失っても立っていられるけれども、やがて目的だけとなり、強い想いだけが残る。勿論、場所に縛られたり薄い霊だけとなり意思もなく転がるだけになったりもするそうですが。
人の形を保てなくなる事の方が多いそうです。
1333年。そんな昔の意思を持ち続けるほど強いならば私情によるものって生来よっぽどの才能が無ければ難しいと思います。
だから、だからこそ。
それは私情では無い可能性をとります。」
ゆっくりと、櫛田神社の方を指差す。
「今日、7月7日は旧暦6月25日。鎮西探題が滅びた日。それを誰かの体を使ってでも伝えたいと願うならばそれは。菊池一党が主人、菊池武時へ報告しようとしたのではないかと。」
きっと僅かの力を振り絞ったゆえの使者として動いたならば。その記憶は。
菊池神社の成立は明治になってから。
「菊池武時は探題館で討たれたとされますが、伝承では首が落ちたのは菊池霊社のある六本松、胴が落ちたのが菊池神社のある七隈と。
主人に探題が陥落した事を御首をお返し申し上げ、報告を切望するでしょう。」
目を細めてうんと頷く先輩が伝票を持って立ち上がる。
「じゃあ、行こうか。付き合ってくれるだろ?」
乗り掛かった船である。
定期券を確認して深く頷いた。
地下鉄の七隈で降りて大通りから曲がり菊池神社の鳥居が見えた所に男が一人先を歩いている。
先輩を横目で見れば頷きが返る、彼が渦中の人らしい。
追いかけるのか、ただ後をついて行くのか迷えば後者らしい。
空に薄紅の肩巾が舞う逢魔時。
鳥居をくぐり社殿の前に立った男は跪き白い布を懐から出すと献じた。
「申し上げます。御首取り戻して参りました。
併せて申し上げます、大宰少弐貞経、大友貞宗、島津貞久等が鎮西探題北条英時討ち滅ぼしましてございます。」
一陣の風が吹き上がると馬の蹄の音がどこからともなく聞こえ、ガシャリと甲冑が鳴る。
捧げ持たれた白布が開かれて、精悍な僧形が現れた。
「よう来てくれた。大儀であった。」
降ろされた目線と声は逞しく威厳高く、命を賭けるに値する将らしさに満ち溢れていた。
翻った草摺が縋り付きたくなる程神々しい。
ゆっくりと去って行く背中を見ながら拝殿に向けて跪く身体がゆっくりと倒れ始めたので慌てて支えると、自分より少し年嵩の若い男が目を閉じている。
先輩が駆け寄り脈を取って息を吐いた。
「大丈夫そうだよ、連れて帰るのを手伝ってくれるかい?タクシー呼ぶから」
一先ず無事なのが嬉しそうな先輩に頷いて、時代を超えても仕えるに値した主人に出会った、この人の中に入っていた人の話もいつか解りたいと願った。




