なおらい
ミネラルショーに付き合いで行った時の事だ。
昔は業者が買いに来る事が多かったそうだが、今は個人作家や趣味の石好きも多くなったという。
僕が同行したのは、個人のアクセサリー作家兼趣味で石を集めている人だ。
幼少期宮澤賢治の影響で石にも興味があったので、好奇心高く踏み入れた会場内の視界は楽しい美しいという煌めきで埋め尽くされていた。
化石から種々のカッティングされた宝石まで輝く会場内は心浮き立ち何時間でも居られるが、居る時間が増えれば増えるほど財布は軽くなる仕様である。
甲州貴石切子のあまりの美しさについ購入したルースを大事に懐にしまい、拳の中に入る大きさのファイヤーオパールに魅せられつつも、元々軽い財布から絞り出せる金額でも無し。
ただうっとり眺めるという迷惑な客が己である。
石の会の方々とひたすら楽しく地層と石の話をし、標本を購入したり貰ったり楽しい時間を過ごしふらついていると会場の隅にジオードクラッキング体験コーナーが目に飛び込んできた。
値段は思ったよりも安い。
鉱物の収集は水晶に始まり水晶に終わるともいうのは成程で、幼少の頃ねだって買ってもらった水晶は今でも宝物として枕元にある。この値段なら一つ加えてもいいのではないか、そんな風に思ってしまった。
店員と相談しながら内部の空洞を見たいがゆえに軽い石を選び、割る。
音を立てて割れた石をゆっくりと開くとそこは大小様々の水晶がひしめく庭のようでこれが自分の手の中にあるという心持ちは、一つの世界を手にしたかのような高揚感で満たされた。
家に帰り早速掌に収めたジオードをじっくりと眺める。
更に細かく見たくなり、しまい込んだルーペを取り出し中の不純物を含んだ水晶を好むまま辿る。
まるで妖精の住む世界のように玄武岩から伸びた六角柱状の水晶に混じった鉄の赤やトルマリンの緑、透明の先の岩石など見ていて飽きず、空腹の鳴りでようやっと2時間ほど経った事に気づいた。
が。
何か食べようにも冷蔵庫にも棚にも何も無い。
片栗粉か小麦粉を水で溶かして焼くかと思うが油を切らしていた事に気づく。
現金はミネラルショーで散財したのでおろさないと無い。
今日は日曜日で手数料を取られるからお金はおろしたくない。
キャッシュレス決済へ振り込んだ残金は二百円ほど。
使ったものは仕方ない。
美しく楽しい思い出を夢に持ち越し、今日は大人しく水道水を味わい、お腹を空かせたまま寝ようかと思った時、電話が鳴った。
多幸感と疲労感で飽和した脳が無視をしろとささやくが、うっかりタップしてしまい声が聞こえる。
先輩だ。
「やぁ、その声は晩御飯はまだ食べていないね?今からフグの一夜干しを焼いて東洋美人を飲みにおいで。
他にも食べ物はある。なに、君はウチに来て米を炊いてホットプレートでフグやイカを焼けばいいよ。早くおいで。」
と、勝手に言い電話は切れた。
前に家に行った事があるし、何より徒歩15分の距離。
購入した石たちと離れがたく、巾着に入れ鞄に仕舞う。
鞄を肩に掛け、携帯を手に家を出た。
急な呼び出しだ、手土産は不要であろう。
猫目の月を見上げながら川から上がる風を心地よく受けて先輩の家にあ、という間に辿り着く。
エントランスで先輩の部屋番号を押せばそのまま入っておいでと瞬時の対応と解錠音。
まるでインターホンの前に待機していたかのように。
やはり妖怪さとりなのかそれとも違うものなのか。
玄関の斜め前に辿り着きチャイムに触る前、扉が開かれたのには…もう慣れた。
にっこりと色も線も細い先輩が笑う。
「早く入りたまえよ」
招き入れられた室内は整然としている。
壁一面の本棚は良い趣味と財力と悪趣味を示していた。
まぁ、何度もお世話になっている本達でもある。
さぁさぁと背を押されて台所に立つと、真っさらなシンクの下に発泡スチロールの水色の大きめの箱。
音が、する。
まさか。
家主より先に箱を開けるのは、はしたない。
横を見やればにんまりと三日月の口元。
「開けるよぉ!」
大変珍しいテンション高い様子で蓋が開く。
うっはぁ!と叫ぶ、叫ばずにいられるはずもなし!透明なまだ動いているヤリイカにマトダイ、牡蠣に月日貝などなど。
そして箱の中に箱。
めっちゃ、めっちゃ音がする。
行くよと叫び声と共に開けられた箱から飛び出した!受け止めた!
おが屑が床に落ちた。
慌てて蓋を被せてテンション高く二人はハイタッチした。
そう、生きた車海老である。
手に掴んだままのエビを急いで洗って、ペティナイフで素早くさばき、宮島醤油を垂らして二人で口にいれたらもうファイって飛び上がって手を取った。
飲み込んだ喜びに追加するように先輩が「僕の事好き!?」と既に日本酒を味わったいた後を隠そうともしない様子で言うものだから「好き好き大好きベクシンスキー、カディンスキー、ストラヴィンスキー、チャイコフスキー、ドストエフスキー、ニジンスキー、ガチンスキー!!!」と返せば肩を組まれて互いに大きく笑った。
心大きなくリクエストされるまま刺身やムニエル、天ぷら、鯛めし、盛りだくさん作りながら山口の銘酒東洋美人を飲みに呑んだ。
一升瓶が無くなる頃床にごろりと転がりながらの移動でソファの下に見つけた瓶に手を伸ばす。
引き寄せてみると、白州の緑ボトルだった。
一瞬何が何やらわからなかった。
だって白州。
思わず赤子を抱くように持ち先輩にここここここここれれれれれれ、と声を出す。
んふふ、と笑いを返され。
「のむ?」「飲みます!」
ここまでもわりかし遠慮無しだったが、ここから完全に無礼講になった。
なめろうにかける醤油を探して棚を漁れば見つけてしまったジョーキュウの粉醤油を遠慮なく使うわ、鯛めしをアゴ出汁で食べたりもした。
酔いもだいぶまわり、腹回りも限界を超えて横たわれば、3LDKの竜宮城で見上げた天井ではセルフでタイやヒラメの舞い踊りを楽しめた。
嗚呼酔っている。ひどく、酔っている。
ここが極楽というものかと感慨深く、床の冷たさと添い遂げる心持ちで右へ左へ体を揺らしていると自分が持ってきた粗末な鞄が目に入った。
そうだ、こんな多幸感を与えてくれた先輩にも自分のささやかな幸せを分けなければ人として劣る、見せなければ。
「しぇんぱい」と言えていただろうか。
ジオード割りの水晶とルーペを差し出せば、まん丸とした目で受け取り見始める。
そこには海があり山があり、妖精が居て、騎士がいて、飛仙がおり、龍がいるのだと説明。
そうかい、美しいねぇと返事をされ気分がいい。
こんなに優しく肯定してくれたのは今まで育ての親だけだったので、つい、嬉しくて嬉しくて、アンモナイトの真珠層が薄く虹色に輝く様の魅力を話す。
「これはいいものだ、実にいい。だが、暫くご飯を食べられないんじゃないかな?」
事実である。
2日、計六食分抜けばなんとかなる。
連続ではなく少しずつ減らせばいいのだ。
だがそれがなんだというのだ。
この魅惑的なモノが手の中にあるだけで、所有欲や美しいものをいつでも見られるという満足感が空腹を超越してしまう。
相変わらずだと笑いながら宝物を見せてくれてありがとうとアンモナイトを返された。
「これはいいね、きっと君に海の夢を魅せてくれる。
今君が枕元に置いている瑪瑙は山の夢を見せてくれているだろう?いつでも親御さんの所へ帰れる夢を。
そしてジオードは君を仙人にしてくれる、いずれも素晴らしいものだ、良い目を持っているねぇ」
手放しの褒め言葉が擽ったい。
それならばとジオードの片方を渡すといいのかい?と受け取ってくれた。
「しぇんぱいにも夢を。きっと、水晶の柱が天高く聳え立つ美しく強く守ってくれるお社の中で存分に馥郁たる様を楽しめますよぉ」
えへえへと思うまま言葉を紡いだ。
ふむ、と顎をさすり、ならばと立ち上がる。
「献上してもらおうか。これは丁度いい、さぁここに注いでおくれ、なみなみと」
差し出された白州のボトルを斜めにして、ジオードに注ぎいれれば、透明な液体の下の水晶達が踊っているように見えた。
ゆったりと、揺蕩うように口をつけて液体はジオードから先輩の体内へ移行する。
飲み干して逆さにされたジオードから滴る雫が自分の手の甲に落ち、勿体無いと舐め取れば、先輩が見た事ない顔で嗤っていた。
首を傾げれば、しかと、と囁かれるがそこから先は記憶が無い。
美酒と美食に酔い、くてりとした体のまま鉱石の冷たさの先に先輩が立っている。
ああ、繋がってしまったのか。
何故か、そう、思った。




