24.お父さまの症状とこれからと
ちょっとうまくまとまってないような気が…
もしかしたら改訂するかもです。
「アンジェラ様、坊ちゃんが帰宅されましたが、すぐにアンジェラ様を呼んでくるようにと」
あのチーズ専門店にお出かけしてから数日後、久々に屋敷に戻ってこられたルーカス様が呼んでいるとローガン様に言われ、私は慌てて執務室を出て一階のロビーへと向かった。
螺旋状の階段を降りながら灰色の短髪を視界に捉えた私は思わず嬉しくなってその名前を呼ぶ。
「ルーカス様、おかえりなさい…と、あら、私ったら失礼しました」
階段を降り切って、彼の元に走って駆けよりそうになった私はもう一つの影を視界に捉え、その人物を認識して歩くのを止めて慌てて膝を折った。
ルーカス様と同じだけれどルーカス様より長く、ウェーブのかかった灰色の髪に、ルーカス様と同じアイスブルーの瞳。
そう、この国の王太子殿下、アーサー・ロイヤル・ウェリントン殿下がルーカス様と並んで立っていた。
「ああ、堅苦しい挨拶は省いてくれ、アンジェラ嬢。すこし君に話したいことがあってきたんだ」
挨拶の言葉を紡ごうとする前に、彼によってそれを止められた。
しかも、この間と違って完全に王太子モード。これは、気軽に話せるような内容ではないということ。この時点で王太子から話があるとしたら、お父さまの話以外には考えにくい。若干、緊張がよぎる。
「殿下、どうぞ応接室へ。アンジェラも付いてきてくれ。カスガ、とりあえずは茶を頼む」
「承知いたしました」
天下のカスガも王族の前だといつもの間延びした返事はしないのね…と妙なところに感動しながら私はルーカス様とアーサー様の後を付いて応接室へと足を運んだ。
「…アンジェラ嬢、ルーカスと山山羊亭行ったんだって?あそこおいしいよねー」
部屋に入るなり、王太子モードを崩してくださったアーサー様の態度にほっとする。
「ごめんね。一応僕がこんなキャラだって知ってるのは家族以外はルーカスとローガンとアンジェラ嬢、君だけのもんだから」
「いいえ、大丈夫ですわ。いつも通りのアーサー様でほっと致しました。というか、アーサー様のような王族でもあそこの店使われるのですね?」
確かに美味しかったけれど王宮御用達と呼ばれるような格式のお店かと聞かれるとそうでもなかったため、私は尋ねた。
「うん、お忍びでね。ルーカスとうちの奥さんとたまに三人で行くよね?」
「ああ、妃殿下もチーズ料理が好きだからな。肩肘張らずに食べれるから、お忍びで来たときは必ずあそこに行くんだ」
「まぁ、妃殿下まで」
「で、デートはどうだったの?何か進展あったの?」
「進展と言われると…ええと?」
どういう意味なのだろう。
「ルーカスに何か言われたり、されたりしなかった??」
にこにこ…というより、ニヤニヤとアーサー様が尋ねてきたので、私は素直に答える。まぁ、別に隠すことでもないもの。
「…鈍感なお前に付け込むとか、覚悟しとけとか言われ…」
「うわ」
「ちょちょちょちょちょアンジェラおちt…!」
「あとは…何かされたと言われると…両手首に口づけを落とさr…ふごっ」
「のーーーーーのーーーーーのーーーー!!!!!」
ルーカス様の美しいけどごわっとした手が私の口に伸ばされ、思い切り塞がれてしまった。
「うわぁ…手首、そりゃまた熱烈な…」
アーサー様が若干引き気味にジト目をルーカス様に向けられた。
「ルーカス…君って…そんな情熱人だったっけ…?」
ルーカス様が口を開こうとしたとき、こんこん、とノックの音が響き、カスガが入ってきて私は拘束から逃れることが出来、話は中断となった。
カスガがお茶の準備をしたあと、退室するのを見届けてから、アーサー様は今度こそ本題だと言わんばかりに少し身を乗り出して話し始められた。
「実はね、察しはついてると思うんだけど。…君のお父上について。ロビン…ええと」
「存じてます」
「そう、お父上のところに派遣させた医師なんだけどそいつから連絡が入ったんだよ。…薬の件、完全に真っ黒だったそうなんだ。証拠として、お父上の血液からは薬物反応が出たが、全く同じ食事を摂っている君の義兄からは何も検出されなかった。つまり使用人が混入した形跡はない。メイドにお茶を入れさせる時も必ず執事のスティーブンの監視下で行われるから、薬混入の可能性はほぼないと言っていいと思う。視察中は、レストランなどで全て済ませるのでそこで混入される可能性は低い。それらを全部除外した上で、唯一君のお父上が第三者が提供したものを食べる機会がある」
「…」
「…その顔は分かったようだね。そうなんだよ…。侯爵は視察から帰ってくると必ず夫婦の時間を作ってキャロル夫人が手ずから入れた紅茶を飲むらしいね。夫人が自ら動くのはそこだけだという証言もとってきた。使用人も不思議がっていたよ、その次の日からはなぜか夫婦の茶の機会であっても全部使用人たちに命じるらしいからね。」
私は言葉が出ない。数日前にまさかの可能性として示唆されたものが現実として突き付けられたからだ。
「まぁ、夫人がそれをしたという証拠はない、あくまで状況証拠があるというだけの状況なんだ。そして、記憶についてもだけれど、その薬の副作用で強い衝撃や出来事と遭遇すると稀に記憶障害を起こすことがあるらしいんだ」
「そう…ですか」
私の反応にアーサー様もルーカス様もおや?と首を傾げられる。先に口を開いたのはルーカス様だった。
「嬉しくないのか?アンジェラ。お父君の記憶を取り戻すかもしれない糸口を見つけたんだぞ」
「ああ。いえ、あの、嬉しくないわけではないのですが」
「…?」
アーサー様が続きを促すように首を傾げられる。
「…何度も言いますが…父のあの笑顔を見たのは久しぶりだったので。それがまた奪われることになるのは…少し辛いです、わ」
キャロルお義母さまを連れてきたときのあの父の笑顔。久方ぶりに見たあの心からの笑み。本当に…本当に本当に嬉しかったのだ。
「でも、それは虚構の愛だ。偽りの愛だ。…薬が無くなってしまったら、跡形もなく霧散してしまうような情だ。…お父君がそんなこと望んでいると思うか?」
ルーカス様の言葉に私はふるふる、と首を横に振る。判っている、こんなことは良くない。
「覚悟を…決めないといけませんね。そうですか。…キャロルお義母様はそこまでしてもお父さまの愛がほしかったのですね…」
やり方は褒められたものではないけれど、お義母様はそこまで追い詰められていたのかもしれない。そう思って言ったのに。
「「いやいやいやいやいやいやいやいや」」
ルーカス様とアーサー様の声がハモって私はびくっとしてしまった。
「えっ?」
「えっ?じゃないんだよアンジェラ。明らかに君の後妻はアークライト伯爵家の財産狙いだ。…独自に調べたが、レイブンと言う男は息子でもなんでもない。元々は身元不明者だ。爵位を継がせるためだけにキャロル」
「…まあ」
「伯爵家以上の貴族は、養子に譲爵の際は王家が身元を調査するというのは知らなかったみたいだね」
「そ、そうなのですね。私、てっきりお二人ともとてもお綺麗なお顔立ちをしていたので疑いもしませんでした」
「そんなにいい男なのか?レイブンというのは」
不意にルーカス様からむすっとした声が聞こえ、私は驚いて彼を見た。声の雰囲気に違わず面白くない顔をしたルーカス様がそこにいた。
「え、ええ。とても美しく…美丈夫と呼ばれるにふさわしい方かと…」
「俺よりもか?」
「ぶふぉぉっ!!!自分で言っちゃった!!!」
隣でアーサー様が王太子らしからぬ笑い方をしているんだけど…。
「ええと、美しさの基準は人それぞれなので、一概にどちらが美しいとかは言えないんですけど…」
そう言って私はじぃっとルーカス様を見る。
灰色の短髪に、アイスブルーの瞳。端正なお顔立ちだけれど、それ以上に表情がくるくると変わる彼はいつ見ていても人を惹きつける要素しかない。口調は乱雑だけれど、飛び切り優しくて誰にでも分け隔てなく接することのできるような美しい心の持ち主で。
お顔だけの美しさだけで行けば、ルーカス様もレイブンお義兄さまもアーサー様も国宝級だとおもう。でも、それに心の美しさを加えたとしたら。
「…私『自身』はルーカス様以上に美しい人はいないと思っています。お顔ももちろんですが、私はルーカス様のお心がとても美しいから好きなんです」
「…っ!!!!~~~~~~~!!!!」
「ワーヨカッタネールーカース」
「なんで片言ですの?」
悶絶されるルーカス様と突然片言になる王太子サマ…ううん、謎。
「ああああもう、アンジェラと話してると調子が狂うなクソ…自分で埋めた地雷に自分で引っかかった気分だ」
「いらない質問をして話の腰を折ったのは君でしょうルーカス。で、これからのことなんだけど」
アーサー様が再び真剣な表情になった。顔つきと口調が王太子のものに切り替わる。私も思わず背筋が伸びてしまった。
「はい」
「…あれからまた薬の研究が深まった。薬は長期的に効果が持続するものらしく、三か月に一回程度の投与でいいらしい。そのぶん依存性は少ないみたいだけど、離脱症状がないわけではないみたいだ。で、だ。…いくら政治的な関与は少ないとはいえ、アークライト家は王家の大事な家臣であることに変わりはない。反逆をしたこともなく、謀反を企てたことも加担したこともなく、そして今まで大きな問題もなくきちんと税を納めてきた経緯もある。アンジェラの意向を聞いたうえで、この問題は王家預かりにしてもいいか?」
三か月に一回。ちょうどお父さまが視察から帰ってくる周期と一致している。すこし背筋が寒くなった。
そしてもう一つ。…王家預かり。もちろんその意味が分からぬほど愚かではない。一つに、これは王家が関与しなけらばならないほど大きな問題となりえるということ。二つに、中立を守ってきた我がアークライト侯爵家が王家に大きな貸しができるということ。アークライト侯爵家は決して小さな家門ではない。由緒正しき歴史ある家門だ。取り込めばそれなりの力になる。それをわかったうえで問うこの国の王太子はやはり一筋縄でいくような人間ではないのだと思う。狡猾さもきちんと備えている。
アークライト侯爵家が王家よりの立場になったところで当主であるお父様が国政に関心も野心もないため、政治的に大きな問題になるとは思えないけれど小さな諍いの火種くらいにはなりえるかもしれない。
正直、返事を躊躇ってしまう。私の一存で、決めて良い問題なのかどうかも分からない。
「即答しないのも、思慮深い証拠だよーアンジェラ嬢。…とりあえず王家預かりの話はあとにして、今後君がどうしたいかだけ聞いてもいいかなあ?」
アーサー様がいきなりいつもの砕けた口調になって私に問うてくる。王太子としての立場以上に、私をルーカス様の友人として認めているのだと言外に告げられているようで嬉しくなった。
「…ご配慮感謝いたします。私の願いは父の記憶が戻ること。そして…もし今のお父さまのお義母さまへの愛情が虚構の物だというのであれば…お義母さまが薬によってその愛を手に入れているのだとしたら…きちんとお父さまが薬からの離脱治療をしたうえで二人に問いたいと思います」
「何を?」
ルーカス様がそっと聞いてくれる。
「…お父さまにはお義母様を愛しているか。お義母さまは、お父さまを愛しているのか、をです」




